第19話 コーチング


「5人目のメンバーが決まった。これで何とか参加には間に合う」


 翌日。

 よしあきは二階の休憩室で彼女達に先日の旨を伝えた。

 ちなみに今日は珍しくレンがゲーミング・ラバーズに来てくれていた。こっちに来るのは初めて会った時以来だ。


「そうなんだ。で、誰々? 可愛いの?」

「ほんとですかっ!? ありがとうございます!」


 興味津々だったりホッと息を吐くような様子の中で、水瀬レンが鋭い口調で肝心の件を切り出す。


「それで? 強いの? その子とやらは」

「……未プレイだ」

「……はぁっ!? 冗談じゃないでしょっ!?」

「冗談でこんな事言うと思うか?」

「……」


 段々と理性を取り戻し冷静になっていくレン。少しして、特大サイズのため息が漏れるのが聞こえてきた。


「はぁ~~……。一応乗りかかった船だしちゃんとやるけど……ま、本戦に出ようと思うなんて無謀もいいところね」

「……え? そ、そうなんですか?」

「当たり前じゃない。もしかしてあなた大会見たことないの? 少なくとも本戦なんてダイアモンド以上のベテランプレーヤーしか来ないわよ」


 オンライントーナメントは『予選』と『本戦』の2つに分かれている。

 一ヶ月後から予選が行われ、256チームを1ブロックとし、各ブロックの優勝者が本戦に進むことができる。


「で、あんたが言ってたその部長とやらだっけ? あれはシードのはずだから、たぶんスタートは本戦から。その時点で今のわたしたちとはとてつもない差があるの」


 部長・常磐海率いるチーム《Sky Knights》は、昨年度ベスト8という結果を残しているため今年はシードで本戦からのスタート。

 だからまずは予選で優勝しないことには、中条のいう部長チームと戦う権利すら与えてもらえないのだ。


「でもまだやる前から決まってるわけじゃ……」

「無理よ無理。現実を見なさい。本戦にはプロの卵のような選手だって混ざってくる。初心者がいて勝てるような大会じゃないの。はっきりいって足手まといにしかならないわ」

「それは……そうかもしれないですけど……」

「念の為に言っとくけど、端からあたしやよしあきに頼る気でいたら絶対に負けるわよ?」


 レンのかなり厳しめの口調に、さすがの中条も、うっ、と尻込みする。


 だが実際レンの言う通りだった。本戦と予選は試合のレベルが桁違いといっていいくらい違う。

 対戦相手の事は念入りに調べるし、そのチームの傾向や弱点だって予選の試合を見返して研究してくる。

 弱いところを突いてくるのは当然だ。そうすれば簡単に勝利を手に入れられるのだから。


 それはまさに青春生活全てを、LG一本に賭しているといっても過言じゃない。

 偽りなくゲームに全身全霊の情熱を注いでいる奴らが、本気でこの舞台でやり合う。

 だからこそ、アマチュア大会の中で一番盛り上がるのだ。


「それより……ほんとにこれで大丈夫なの?」


 心配そうな面持ちでレンが訊いてくる。そんな様子を見てよしあきは膝に手を乗せながら椅子から立ち上がると、


「ま、やれるだけやってみるさ」


 そう微笑みながらプラクティスルームの方へと足を運んでいった。



 ◆  ◆  ◆



「さて、早速教えて行こうと思うんだが……ルールは分かるか?」

「まぁ少しなら……」


 何とも不安にさせるような言い方だった。これは一から教えないと駄目なパターンだ。


「ゲームに関していえば、RPGみたいにレベルを上げて装備を整えていって敵を倒す感じだな。RPG系のゲームならやったことあるだろ?」

「それはあるけど……」

「じゃあ大体の要領はそれでいい。とりあえずお前にはサポートをやってもらおうと思ってる」

「サポートって? ヒーラー的な?」

「まあそんな感じだ」


 ゲームに関しての知識はあるらしい。


「ロールをサポートに設定して、後は右下にあるランダムボタンを押せ」


 スキルカスタマイズが面倒な時にはランダムで生成することもできる。

 よしあきが現在使っている初期スキルの組み合わせのようなものだ。


「作ったけど、これでいいのか?」

「ああ。それでもうプレーはできる。早速ゲームに入るぞ」


 ゲーム内へ移ると、「すっげーリアルでなんか不気味だなぁ……」と長柄が感想をこぼしていた。


「とりあえずこれを見ろ」


 よしあきは画面共有モードに切り替えて、長柄にマップを見せながら説明する。


「マップの左下と右上からそれぞれ繋がって伸びている道が3つあるだろ? これがレーンっていうまあ道みたいなもんだ。上からトップレーン・ミッドレーン・ボットレーンって呼ばれてる。見たとおりそのまんまだから大して難しくはない。序盤の戦闘はその画面中央辺りにあるタワーのちょうど間くらいでやると思っておけばいい」


「あ、ああ……分かった」

「ちなみにマップをクリックすれば拡大できるし、その場所の状況も見えるぞ」

「おお、ほんとだ……すげぇ……。ところでさ、この方眼ノートみたいにマス目が入ってるのはなんでなんだ?」

「ああそれか。それは敵の位置を知らせたりするのに使うんだよ」


 LGのマップには、線が細かく書き込まれ位置が区分けされている。

 イメージとしてはチェスや将棋の盤といったものを想像すれば分かりやすい。

 マス目は9x9の計81マスから成っており、a~iと1~9までを使用して細かく番地が割り振られている。

 数え方はチェスと同じで横列がa~i、縦列が1~9という仕様だ。


 つまり、青チームのベースである左下から『a-1』。対の位置にある赤チームのベースとなる右上は『i-9』。

 そして、ミッドレーンの中心となる真ん中は『e-5』となる。


「それって結構大事なのか?」

「ああ、めちゃくちゃ大事だ。一人じゃマップを見る量ってのは限られるからな。基本的に自分が行くレーンの対面相手がいなくなったら報告する。これはきっちり徹底してほしい」

「見えなくなったら言えばいいのか?」

「ああ。それでいい」


 あれ? と何か疑問に思ったのか長柄が首を傾げる。


「これってレーンってのが3つしかないのに、チームには5人もいるんだろ? どうするんだ?」


「1人はジャングルっていうこのレーンの間にある森の中をうろうろするのがいる。ここにもモンスターがいるからなそいつを狩って奇襲ガンクしたりするんだよ。そして残りの1人は全部だな」


「ぜ、全部?」


「ああ。といっても最初はボットに行って、マークスマンのシッターをするって感じだな。キャリーってのは序盤は弱いから介護しないと簡単に死んじまうんだよ。今のサポートはそれが定跡になってる」


「へぇ……」


「ほら、ミッドレーンはタワーからの距離が短いだろ? ここはわりかし安全だからキャリー1人でも何とかなる。でもボットやトップになると、戦闘場所からタワーまでの距離が長いから結構危険なんだ。だから安全にファームできるように介護するって感じかな」


 へー、と長柄から棒読みのいかにもな生返事がかえってくる。


「ま、百聞は一見にしかずだしさっさとAIモードからやっていくか。最初だから、難易度は上から二番目のやつで行くぞ」

「…………はっ!? お、おいっ!? 急に言われても無理だって! チュートリアルからやらせてくれよ」

「こういうのは習うより慣れろなんだよ。見て覚えた方がはやい」


 LGを教えてもらう生徒の立場としてはコーチの言うことに頷くしかない長柄。

 わずかに引きつった笑みが込められた表情を含みながらも、よしあきの指示にイエスマンのごとく従っていくのだった。



 ◆  ◆  ◆



 よしあきがコーチングに励んでいる頃、二階の休憩室ではダイニングチェアーに中条と逆上、ソファーにレンという形で雑談に興じていた。


「ねえねえレンちゃん」

「……」


 愉快そうな口調で、テーブルから軽く身を乗り出しながら逆上が聞く。どうやら久々のレンとの再会にテンションが舞い上がっているようだ。


「ねえ……レンちゃん?」

「……」


 しかし、レンは相手にするのも面倒といった具合で無視を決め込みつつ、傍にあるカフェオレを手に取ってちびちびと飲む。馴れ合いは別に嫌いではないけど、なんか面倒くさい。


「レンレン?」

「……」

「って、よしあきの事好きなの?」

「ぶふっ! ごほっ……ごほっ……!」


 あまりの突拍子もない発言に思わず吹き出した。


「どどどうしてそうなるわけっ!?」

「いや、なんていうか……レンレンってめちゃくちゃLG上手いじゃん? あたしらのチームに参加しなくても引く手数多だと思ってたのにどうしてかなーって」

「それは………」

 

 確かにいないわけではなかった。

 レートが上がり、オンラインでそこそこ注目を浴びてから、他の同じ実力くらいの人達から何度かそういったのに誘われた事はあった。

 けれどどうも乗り気になれなかった。

 やっぱり女だからと思われる事に抵抗があったし、チームでやるというのは漠然としていて想像がつかなかった。

 そんな中で彼――【Yoshiaki】の事を訊いた。

 帰ってきて以来、消息不明と云われていた彼の噂を。

 彼の存在は、レンの中でそんな障壁を突破してしまうほど大きなウェイトを占めていた。


「それとあいつの事だけ名前呼びだよねー。私とかあきちゃんには、あんたーとかあなたーなのに」

「あっ、言われてみれば確かにそうですね」

「……っ!」

「あ、気付いてなかったんだ……」


 自分でもそのことに今気付いて、ぴくりと背中を震わせるレン。LGはプレーヤーIDで呼ぶのが普通だから、ほとんど無意識にそう呼んでいた。

 自分の中からこみ上げてくる羞恥の感情を誤魔化すかのように、すぐさまポケットからスマホを取り出して画面に意識を向ける。


「それにしてもねえ……ふぅん、やっぱあいつって相当凄いんだね。レンレンをここまでさせるなんて」

「私も名前は知ってましたけど……どれくらい凄いのかはあまり……。日本で唯一、本場であるアメリカに行ったプレーヤーだとしか」

「それ結構じゃない? 私なんてここでバイトしててお客さんからそういうのを耳にしてたから、たまたま覚えてただけだよ」


 そんな二人の会話を聞いていると、レンのスマホを握っている手がぷるぷると震えていく。

 よしあきの事を以前から動画や大会などで見ていたレンとしては、見過ごせしておけない発言の数々だった。


「はじめ会った時はほんと失礼な奴だったけどね……ていうかネットで見たけど写真と全然違くなかった?」


「それは確かに思いましたね。以前メディアに出てた時に比べると、だいぶやつれてたというか……たぶんアメリカでよくない成績を取って、こっちに帰ってきたのが影響しているのかもしれません」


「あああれかー。記事見たけど散々書かれてたよね……。やっぱりアメリカだとレベルが段違いなの?」


「ど、どうなんでしょうね……?」


 ばんっ!

 突如二人の会話を遮るかのようにレンが思いっきり机を叩くと、がむしゃらにこう叫んだ。


「――あいつはそんなに弱くないッ!! 絶対に弱くなんてないんだからっ!!」


 力強い口調で、まるで自分に言い聞かせるかのように叱咤する。

 それから、レンちゃん……? と心配そうな表情でこっちを見ている二人に対してギッと荒々しい視線を向けると、

 

「それとあんたたち、ほんとにLGプレーヤーなの!? あの【Yoshiaki】よ? 日本でこれ以上上手いプレーヤーは出ない奇跡の逸材とまでいわれた彼を知らないってどういうこと!? そ、それに――」

 

 目を瞑りながら、部屋中に響き渡るほどの声で言い放つ。


「それに憧れるのは当然でしょ!!」


 真剣な表情で喋るレンの姿に、二人は呼吸を忘れてしまうほど圧倒されていた。

 それからしばらく沈黙が続いた後にぽつりと中条が言う。


「ごめんね。聞いててイヤだったよね……」

「ご、ごめん……」

「い、いや別にそういうわけじゃなくて……」


 いたたまれない雰囲気にこっちが萎縮してしまう。


 ただ単純にLGプレーヤーとして、思うがままのことを伝えていた。

 レンのような高く険しい頂を目指して登り続ける上位プレーヤーなら、きっとそれは誰しもが思っているであろうこと。

 常にその頂点に君臨していた彼のことを憧れない人なんていないのだから――。


「レンちゃん。大ファンだったんだね」

「ああー、だから参加してくれたとか?」

「……ちち違うっ! 別にそんなんじゃなくて!」

「そんな照れなくていいと思いますよ? ファンなら誰だって悪口とか言われたら許せないですから」

「ほんとにそういうんじゃなくて!」

「前々から思ってたけど、レンレンってつんでれ?」

「もういいっ!」


 レンは林檎のように頬を真っ赤に染めながら抗弁するも、無理だと悟りぷいっと反対の方を向いて膝頭に顔をうずめて縮こまる。


「あ、拗ねちゃった」

「…………」


 三人の仲は深まったように見えて、中々埋めにくそうな溝が出来ているのだった……。



 ◆  ◆  ◆ 



 マップ探索やゲームの流れなどを軽く説明しつつ、一通りプレーを終えると長柄が言った。


「この敵強すぎだろ! これほんとにAIなのか?」

「まぁ、最近のAIはめちゃくちゃ進化してるからなあ。そんな気にする必要なんてない。そのうち慣れる」


 結果としてはそれはもう散々だった。 

 スキルも正確に当たらないどころか不発ばかりで、敵との距離感もまったくとして掴めていない。おまけに動きも止まっていることが何度かあって、殺して下さいといっているようなムーブだった。


 しかし最初はそんなもの。誰しも初めた時から上手いなんて事はあり得ない。

 スポーツと同じで、何度も経験しながら感覚を身に着けていくしかないのだ。


「というか、ほんとに何してるか分かんなかった」


 LGは戦略要素のあるゲームなので、初心者はどうプレーするのが最適なのかが分からない。だから気付いている内にゲームが終わってしまっているなんて事もざらにある。


「まあ、タワーとかそういった細かいシステムについては知れば知るほど段々と分かってきて面白くなってくる。――そういやお前、どこに住んでるんだ?」


「急に何だよ……。一応埼玉だけど」

「じゃあ割と近いな。ちょうどいい。暇なら週末栃木の方にまできてくれよ。今から住所のURL貼るから」

「ちょちょちょちょちょいちょいちょい! 待て待て待て待て! そんな急に行けるわけないだろ!?」

「来れないのか?」

「だから急すぎるって! それにオンラインで出来るんだから別にわざわざ会う必要なんてあるのか? それじゃだめなのかよ?」

「いいや、可能ならそっちの方がいい」


 指導をするのならオンラインでやるよりもちゃんと会って喋った方が、受けている方も身になることの方が多い。

 オンライン上だと生身の人間が遠くにいるように感じてしまい、どうしても希薄になってしまう傾向がある。真剣さも伝わりにくい。

 それに意見の食い違いがあった場合は、実際に会って話した方が早く解決が進むのだ。

 だからLGのプロプレーヤーはどのチームでも全員ひとつのゲーミングハウスで寝食を共にしているのがほとんど。

 そうした方がコミュニケーションや連携といった質をより高められるから。


 勝つためには、自分のちからの尽くす限り最善の努力はする。

 一ヶ月以内と期間が限られている今、取るべき策はとっておきたいというのが本音だ。


「それに金だって結構かかるだろ。言っとくが学生に数千円は大金なんだぞ」

「それなら全然心配ない。交通費くらいだったら俺が出してやる。余った分は小遣いにしていいぞ。バイトだと思え」


 よしあきはきっぱりと言い切るも、長柄は渋った様子を見せる。

 破格の条件を提示しても、さすがにその年齢で一人で県外に行くというのは経験がないのか踏み切るには難しいようだった。


「ちょっと考えとく……」

「分かった。けど一度くらいはこっちに来てくれるとこっちとしても助かる」


 その話を終えると長柄に断りを入れてから、よしあきは休憩室へと戻っていこうとした時――。


「あ」


 と長柄がぽつりと言葉を漏らす。


「そういや名前聞いてなかった」

「ああ。俺はよしあきだ」

「年は?」

「そんなもん別に気にしなくていい。みんなよしあきって呼んでるからそれでいい。さん付けは不要だ」

「分かった。よしあき、ね。よろしく」


 会ってから数日、少し遅めの自己紹介を交わしたのだった。











 

















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