第8話 練習



 二人はVR席が密集しているコーナーを抜けて、その奥にあるプラクティスルームへと移動した。

 さっきのオープンフロアほど広くはないが、このスペースは何といっても中心を囲うような楕円形のアリーナが広がっているのが特徴だ。


 アリーナの中心部にあるのは、棺型のコンソールではなく普通のどこにでもあるマッサージチェアのような椅子。それらが5脚ずつ向かい合って並べられている。

 オフライン公式大会もこのような形で試合をする形式が多いので、本番と同じような環境に合わせられているのだ。


 そこから視線を上部に向けると、100インチ以上の大画面モニターがアリーナの外側四方に取り付けられており、観客がどこからでも試合を見れるような作りになっている。


 プラクティスルームとよしあきは親しみを込めて呼んでいるが、ここはLGオフライン大会で使われている小さな会場だ。施設の貸出を行っていたりもする。


 薄暗く、誰もいないこのプラクティスルームをくるりと見回しながら逆上は言った。


「ここでやるの?」

「そうだが……何か問題か?」

「それは別にいいんだけど……」


 もちろんあっちのオープンフロアでも、ゲーム内で他人のプレーを見ることは可能だ。だが、直接教える場合にはこっちの方が楽だ。わざわざ寝転がってコンソールに入る必要もない。

 逆上は一瞬躊躇った表情を見せると、すぅっ、と聞こえるくらいに息を吸いこんでから言った。

 

「……なんでわざわざ隠れながらこっちに来たわけ?」

「…………いや、まあちょっとな」


 よしあきは罰の悪そうな口調で頬をかきながら、視線を反らす。


 さっきフードコートでチラリと時計を見た時、もう既に時刻は朝の10時を回っていた。休日になると、その時間帯から学生や社会人などがやってきてどんどん人が増え始めていく。

 ネットカフェでプレーされるゲームの6割から7割近くはLGだ。そのためよしあきの事を知っているプレーヤーは当然多い。

 よしあきはこっちに帰ってきたばかりだ。だから人前に出るといった行為は、どうしても足がすくんでしまい、躊躇してしまう。もう少しだけ、心の準備といったものに時間がほしかった。


「それよりスキルセットするんだろ? 早くやるぞ」

「え、ああ、うん……」


 よしあきは急かすような口調で、ごまかすように、逆上にゴーグルをつけろと促すのだった。


 逆上がVRゴーグルをセットしてゲームの準備をしている間、よしあきは隅っこからキャスター付きのモニターを引っ張ってきて配線などのセットアップを行っていた。


「準備いいか?」

「ん。大丈夫」


 逆上がゲームを起動すると、彼女から見た視点と同じ視点が隣のモニター上に表示された。


「じゃあやってみてくれ」

「分かった。……こう?」


 そういって試しているものの、モニターに映るアバターはまったく反応がないままだ。


「モーションを意識しろ」

「モーション?」

「ああ。何でもいいから頭の中でスキルをイメージしてみろ。それはメイジだから魔法系を思い浮かべるといい」

「……分かった」


 そこから逆上は、「魔法……魔法……」とぶつくさ呟きながら何度も何度も奮闘していた。すると数分くらい経ってようやく炎系のスキルが発射された。

 自分の描いたイメージと設定したものがある程度合致していれば、後はシステムが判別して自動でスキルが出るようになっている。


「あ、できた!」

「その感覚を忘れなければ大丈夫だ。後は慣れればいけるはず。最初は思ったのと違うスキルが出るかもしれないが我慢するしかない」

「分かった」


 そうして、逆上の全スキルの設定を終えると、30分程が経過していた。

 そろそろ眠気がやってきて、2階に戻って寝ようかと思った時、逆上がぽつりとこんなことを言った。


「ようやく出来たんだし、どうせならタイマンしない?」

「…………正気か?」


 逆上の発言はあまりにも向こう見ずで、耳を疑わざるを得なかった。よしあきは仮にも日本トップクラスのプレーヤーだ。それも1vs1部門なら敵なしといわれるほどの。


「でも、あんたのメインはPCなんでしょ? VR経験あるの?」

「まあほとんどないが……」

「じゃあ丁度いいハンデじゃない。それにどれくらい強いのかなんて、実際に対峙してみないとわかんないでしょ」


 確かにそれは一理あるかもしれない。


「もしかしたらワンちゃん勝てるかもしれないし」


 残念だがそれは万に一つもない。


「分かった。やろう」


 よしあきは大きく一回息を吸い込んでからゆっくりと吐き出すと、そばにある椅子に座る。それから肘掛けの高さや背もたれといったのを念入りに時間をかけて調整し、VRゴーグルを頭に装着して準備した。



 ◆  ◆  ◆



 1vs1の場合は、マップが従来の5vs5用よりも簡略化されており、ほとんど一本道になっている。レーンもミッドの1つだけしかない。

 よしあきのアバター:【Flaw】が、ミッドレーンのファーストタワーの前にある橋までやってくると、しばらくして互いの陣営のミニオンがレーンに到着する。敵陣のミニオンの後ろに追随するように【上り坂】が顔を出した。まだゲームに慣れていないのか、おろおろしており動きが拙い。初心者みたいだ。

 

 《リーグ・グロリアス》では、序盤は【レーンフェイズ】といってお互いに対面の相手と戦うことになる。レーンに向かって自動進軍してくる敵営のミニオンを狩り、それらをファームをしながら戦うといった流れだ。


 よしあきは、今回は敢えてレベル1にスキル・《硬化》を取った。《硬化》は、自身の物理防御と魔法防御を強化するバフスキルだ。

 けれども、AIモードのときのように仕掛けはしない。まずは様子を見ることを選択した。


 お互いにある程度の距離を保ち、睨み合う中で、【上り坂】は微かに手を前に出すようなモーションを見せる。すると僅かな詠唱の後、そこから紅い炎の球が鋭い弾速で直線方向に射出した。


 (――……火炎球ファイアボールか。それも貫通式のタイプ)


 貫通式は一定距離にまで必ずスキルが出るタイプのもので、ミニオンの後ろ側にいてもダメージが食らってしまう。

 【Flaw】のHPバーが2割程減少した。ポーションは持っているが、あえて使用せずにもう1度前に出て様子を見る。

 逆上はよしあきが自分の射程距離に入り好機と見たのか、もう一度、火炎球・《ファイアボール》を繰り出した。

 その瞬間。

 よしあきは《硬化》を使用した。【Flaw】の輪郭上に白い光のバフがかかり、防御力が上昇する。

 【火炎球ファイアボール】にはあたったが、今度はHPバーが1.5割程。さっきより5パーセントほど軽減されている。


(……いける)


 よしあきはもう一度、前に歩み出る。

 次に仕掛けた瞬間をよしあきは見逃さなかった。


(――今!)


 よしあきは、【火炎球ファイアボール】をサイドステップで避けて、一気に距離を詰めに行く。オートアタックで攻撃を入れた後に《ソード・ショット》を叩きこみ、更にそこから攻撃を繰り返す。逆上は今回ロールはメイジなので、物理防御自体は低く柔らかい。接近戦になればこっちの勝ちだ。

 上り坂のHPが0になり、よしあきがファーストキルを獲得した。


「え? あれ? もう終わり?」

「ああ」

「ていうか結構HP差あったはずなのに……なんで? こっちマックスであんた6割くらいしかなかったじゃん」

「そりゃあ逆上はメイジで、俺はファイターだからな。接近戦になれば俺の方が強い」

「……」


 簡単に説明してやると、逆上は口を噤んだままぐっと拳を握りしめていた。するとぷるぷると拳が震えはじめ、それらが全身へと連動していき、やがて口からぽっと言葉が漏れ出た。


「……い……」

「? なんか言ったか?」

「もっかい!」

「まあ別にいいけど……」


 それから何度もやるが、ゲームが始まって5分も経たずして決着がついてしまっていた。ベースからレーンに出るまでに1分近くはかかるから、実際の戦闘時間に換算すればもっと短い。


「もっかい!」


 よしあきの勝ち。


「……あー惜しかったでしょ! もっかい!」


 またしてもよしあきの勝ち。


「……あー後2割だったのに!」


 何戦してもよしあきの勝ち。


「そろそろロールを変えてみたらどうだ? わざわざメイジにこだわる必要なんてないだろ」

「いい! これでいく! 勝つまでやるから!」


 3日間まるまる寝ていない状態で勝負してもよしあきが勝てるだろう。それほどまでに差があった。


 逆上は半年ぶりにLGをプレイして、さっきスキルセットをようやく思い出したばかりなのだから、当たり前といっちゃ当たり前なんだが。


「何でそんなタイミングいいわけ? あたしのスキル分かってるの?」

「いいや。知らないぞ」


 当たり前だが、スキルにはどれにもクールダウンが存在する。 


 メイジといった魔法系のロールはスキルに依存しているものが多く、スキルがクールダウンの間にはオートアタックしかできないため、その間は無防備に等しい。

 加えて、逆上のようなLGに慣れていないプレーヤーだと、クールダウンが上がる度にスキルをばんばんと乱発してしまうから、自分から手の内を見せているようなものだった。

 だから敢えて、よしあきはさっき逆上の【火炎球ファイアボール】の射程距離に入ることで彼女にスキルを誘発させていた。そうすれば自ずと対面のスキル性能がどういったものなのか見えてくるからだ。


「VR経験ないんじゃなかったの?」

「レーンに着くまでに時間があるだろ? そこでちゃんと動作テストはしたからな」

「それにしても慣れすぎじゃない?」


 ゲームをやるにあたってのロジックはPCもVRも同じだ。それを脳で出力するか、手で出力するかといった違いに過ぎない。


「とりあえず今日はこれでお開きだな」

「えー! まだ全然やれるんだけど!」

「別に手合いならいつでもやれるんだから、まずはその覚束ない動きから直していけ」


 不満そうにボヤく逆上を横目に、よしあきはゲームから切断する。

 一瞬画面が暗転すると、すぐに広場へと転送された。

 そのままさっさとログアウトしようと思った時、中央モニュメントの向かい側から声が聞こえてきた。


『えー! そうなんですかぁっ!?』

『そうそう!』


 基本的にボイスチャットはパーティモードなどに切り替えてやるのがマナーだが、今は朝だし、このチャンネルには人がほとんどいなかったので気付いていないだけかもしれない。……それともそういう結束力といったものを見せつけたい集団か。


『あーじゃあ今度、私……あの衣装欲しいんですけど……』

『ああ、全然いいよ!』

『こっちなんてどう?』

『いや、こっちのドレスの方が似合うと思うよ』


 目を向けると、耳の尖ったエルフのような金髪の女アバターが1人と、彼女を囲うようにヒューマンやらドワーフやらといったアバターが3人~5人程で固まっていた。 

 恐らく雑談クラブか何かだろう。

 ゲーム自体はあまりプレーせずに広場でほとんどチャットしているだけみたいなタイプのプレーヤーだ。LGには結構そういう人も多いらしい。


「逆上。あっちの方で喋ってる集団見えるか?」


 個人通話モードでよしあきは逆上に話し掛けた。


「ええ見えるけど……それがどうかしたの?」

「何か……おかしくないか?」

「どこかって……普通にLGだったらよくいる人達じゃないの?」


 逆上はLG自体久々なので、ああいうプレーヤーがいることに特に何も思わなかったらしい。

 だが、よしあきにはさっきからあの集団にどこか違和感みたいなものがあった。なぜか不思議と耳がざわざわするような感覚に囚われていた。


「別に気にすることないでしょ。知り合いって訳でもないんでしょ?」


 逆上が素っ気ない口調で呟く。


「ああ全然違うな。見たこともない」

「じゃあ、ほっとけばいいじゃん」

 

 そう言われてしまえばそれまでだ。やはり何かの勘違いだったのかもしれない。

 よしあきはそう考えを改めると、ログアウトしてから、ゆっくりとVRゴーグルを外した。



 ◆  ◆  ◆



 あれから数日が経過していた。

 よしあきは、日中はほとんどサブアカウントのプレーヤーランク上げに勤しんでいた。

 ランクゲームは、ある程度ノーマルゲームやAIモードをプレーしないとやることができないようになっている。初心者のプレーヤーが、ゲームに慣れたプレーヤーと混ざらないように制限がかけられているためだ。 


「今日はやることやったからやるわよ!」

 

 突然後ろの扉が開くと共に、抽象的な言葉の連続でまくし立てるのは逆上だった。

 ちなみにこれは、「今日のバイトはもうやることを終えて暇になったから、これからタイマンするわよ!」という意味だ。

 何が彼女をここまで本気にさせるのかは知らないが、あれからバイトがある日は暇な時間があれば、タイマンを挑んでくるようになった。相当な負けず嫌いなのかもしれない。逆上は、まだ1勝たりとてできてはいなかった。


「ちょっと今から寝たいから30分後でもいいか?」

「むり。今日は絶対勝つから! 練習してきたし!」

 

 そう言って、ぴしゃりと人差し指を向けてくる。……元気な奴だな。

 けれども、こんなにやる気があるのを無視して放って置くというのも気が引ける。LGが好きという点では同じ同志なのだ。だとしたら無下にする必要はない。どうせ今は暇なんだから。

 よしあきは、分かった、と頷いてから、


「例のアレ、用意しといてくれ」

「ほんとよしあき、うど好きよね……」

「意外と美味いんだ。もしかして麻薬か何かでも入ってるのか?」

「そんなわけないじゃない。ただの酢漬けだから」


 よしあきは逆上に一度うどスティックをごちそうになったあれ以来、どっぷりとハマっていた。

 こんなにハマるのは中学の頃に飲んだレモン牛乳以来かもしれない。


 分かった持ってくる、とフードコートの方に行く逆上を横目に、よしあきは一度眠気覚ましのためにコーヒーを買いに自販機まで向かう。コーヒーを買い、席へ戻ろうとすると、向かいから店長が小走りでこっちにやってくるのが見えた。

 何か頼み事の類いかと思ったが、どうやらそうではないらしい。あまり焦っていないように見えたのと、少しニヤッとしたような表情だったからだ。 

 店長が手を挙げながら、よしあきの近くまで寄ってくると、快活な口調で尋ねた。


「おいよしあき! システムアナウンス見たか?」

「システムアナウンス?」


 はて、とよしあきは首を傾げた。


「何のことです?」

「ゲーム内のシステムアナウンスだよ。いいから見てみろって」

 

 店長に言われた通り、よしあきは席に戻る。そしてコーヒーのプルタブを開けながら、ゲーム内にあるお知らせのチャット欄に目を向けた。


 するとそこには――


 【第6回リーグ・グロリアス・ジャパン・オンライン・トーナメント開催のお知らせ】


 ――そう書かれていたのだった。












 







 


 


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る