第9話 始動



 ――『リーグ・グロリアス・ジャパン・オンライン・トーナメント』



 それは、毎年日本で行われているLGのオンライン公式大会である。

 規模は数あるLGオンライン大会の中で最も大きく、参加チームはおよそ5000にものぼる。一年に一度のビッグイベントだ。


 「どうやら今年は普段より早い時期に行われるらしくてな。募集は3日後から始まるらしい」


 腕を組みながら店長が言う。


「どうしてこの時期なんですか?」


 例年なら、このオンライントーナメントは秋から冬にかけて行われる。

 今はスプリングシーズン真っ只中であり、プロプレーヤーがリーグ戦を行っている時期。わざわざ被せたりなんてしないはずだ。

 ここで活躍すれば知名度が格段に上がり、プロチームにもスカウトされやすくなる。

 そのためシーズンオフの秋から冬に新しい選手を育てて、来年の春先に起用していくというのが日本LG界の通例みたいな所があった。

 店長が答える。


「今年はLGの世界大会が日本で開催って決まったからな。時期が被らないよう調整されたんだ」

「なるほど。そうだったんですね」


 そういやそんなのもあったなあ、と心の中で納得していると、店長が思いがけない事を口にした。


「……出ないのか?」

「……へ?」


 突拍子もない発言に口があんぐりと開く。

 何を言ってるんだこの人は?


「暇なら出ればいいだろう」

「いやいや、無理ですって」


 よしあきは首をぶんぶんと振って全力で否定する。


「というか、ここに募集は5vs5部門のみって書いてあるじゃないですか。そもそも俺以外にメンバーなんて誰もいませんよ」


 近年ではLGは5vs5部門が主流になりつつある。1vs1よりもアクションがド派手で、ストラテジー要素が多く、観ている側もそっちの方が面白いからだ。


「それはお前が探すに決まってるだろう」

「探すって言われても……」

「一人いるじゃないか丁度いい子が」


 そう言って、肩口を通してくいくいっと後ろを親指で指し示す。逆上の事をいっているのだという事はすぐにわかった。


「本気で言ってるんですか?」


 正気とは思えない。

 だってあいつは最近LGを復帰したばかりだ。スキルもついこの間、ようやく思い出したばかりなのに大会だなんて……。あまりにも無謀すぎる。


「俺はいいと思うけどな。向上心あるだろ」

「向上心だけで何とかなるわけじゃないんですよ……」


 それならここで休日に朝から夜までプレーしている廃人プレーヤーにでも声をかければいいだけの話だ。わざわざ彼女を選ぶ必要なんてない。


「そもそも俺が出たらいろいろとマズいですよね……? プロは出ちゃダメなんじゃなかったでしたっけ?」

「いや。ここに現役のプロ選手は除くって書いてある。今はチーム抜けててフリーなんだから大丈夫だろ。問題ない」

「…………はあ」


 なんだか横暴な気もするが。

 もしそれを考慮したとしても、色々と言われそうな気がしてならない。

『憂さ晴らし』『格下狩り』『いじめ』なんていう根も葉もない噂があちこちと飛び交うのが目に見える。


「でも、全くやる気がないってわけじゃないんだろ?」


 店長は一瞬表情をキリッとさせ顔を引き締めると、


「――そうじゃなきゃ、寝る間も惜しむようなあんなハイペースで休みなくサブアカウントのレベル上げなんてしないだろ。違うか?」

「……」


 よしあきは店長の問いに無表情なまま僅かに目を細める。うぐっ……見られてたのか。


「ま、俺は期待してるからな」


 ぽん、と背中を叩くと、店長は身を翻して元の場所へと戻っていった。



 ◆  ◆  ◆



 栃木県某所。

 あるのは大きな運動場と、東西に長く伸びたどこにでもあるような校舎。

 放課後とあって運動場からは、陸上や野球といった部活の混ざりあった掛け声や甲高いノック音などが鳴り響いていた。

 鏡見かがみ高校。

 その特別棟校舎の一室にて。 

 そこにいた1人の女子生徒は拳を握りしめ、歯噛みしながら、並々ならぬいかめしい表情で教壇の方を見つめていた。

 中条あきね。15歳。先月高校デビューを果たしたばかりの1年生である。


「ごめんね? こんなことになるなんて思ってなくて……」


 諭すように、隣にいる子に話しかける。

 返ってくるのは言葉ではなく。

 首を微かに振り、大丈夫だよ、といった意志表示だけ。

 けれども、彼女の足はぷるぷると小刻みに、まるで子鹿のように震えていた。

 私の隣にいる優ちゃんは、先輩達から迸るプレッシャーにすっかり怯えてしまっている。

 それを見てると、本当にこんな場所に呼んでしまった私の方が申し訳なく思ってしまう。


 せっかく来たのにどうしてこんなふうになるんだろう? ただ私はLGを楽しみたかっただけなのに――。LGの面白さを友達の優ちゃんに知ってもらいたかっただけなのに――。

 同じクラスで意気投合した彼女にLGの魅力を知ってほしくて、やってみない? と誘っただけ。

 それなのに――。


(あいつのせいで……!!)


 再び、教壇にいる男を睨みつける。


「いやぁーやっぱさすがっすねー部長。蘇生スキルメタを切り拓いただけありますよ!」

「はんっ! あんなもん上位プレーヤーなら誰でも分かってたさ。ま、俺の方がちょっと見つけるのが早かったってだけだがな」


 のうのうと話している姿を見ていると、苛立ちがこみ上げてきてしょうがない。


 ここは――鏡見高校eスポーツ部の部室である。

 今日は全部員を召集して行われる合同会議の日だった。

 教壇にある椅子に足を組みながら、ギラついた鋭い眼差しで見下ろすのは部長・常磐海ときわ かい。その少し横でへつらうようにしているのが副部長・可児将太かに しょうた

 どちらもLGジャパンオンライントーナメントだけでなく、数々の学生大会などでも毎年上位に入賞しているベテランプレーヤーだ。

 2人の名前から海将ジェネラルコンビとも呼ばれており、LGアマチュア界の中ではなかなかの有名人だった。


「そういや、LGジャパンオンライントーナメントの募集がもうすぐ開始するって発表がされたんだってなあ?」


 そう言って、ばんばんと黒板を指示棒で叩く常磐部長。

 放たれる威圧感はこの場にいる一部の人間を除いて、ほとんどを恐怖に陥れていた。王といっても過言ではない。


「やりたい奴はさっさとチーム組んで出た方がいいぞー。ま、二部の奴等はどうせ出ても勝てねえだろうけどな」

「なんせVRが使えないんですもんね」

「このご時世にPCでLGやる奴なんていねえよなあ??? カカッ」

「そうっすよねー。あんな旧世代の遺物でやるなんて、ただのごっこ遊びですもんねー」


 ははっ、と周りの一部のメンバーが吊られて笑う。嫌な空気が伝播する。

 二部の人はそれに対して、肩を竦めて、居心地の悪い思いを抱いたまま、ひたすら押し黙る。

 萎縮して、ただひたすら自分の存在感を消すしかない。

 早く終わってくれ、と。

 そう祈るだけ。



 鏡見高校eスポーツ部には全学年合わせて計80人以上の部員が在籍している。そしてこのeスポーツ部は現在2つに分けられている。


 ――それが一部と二部だ。 


 今年からこの鏡見高校eスポーツ部に作られた振り分け制度。優秀なプレーヤーは一部へ。それ以外は二部へとふるいがかけられる。

 二部にはいれば当然VRなんて使わせてもらえない。一部の人が全部専有してしまってるから。

 それに練習部屋も実質一部の独占状態となっているせいで、練習時間もほとんどないのが現状の二部の有様だった。練習がしたくても出来ないのだ。


 中条あきねはLGを子供の頃からプレーしていた。年数でいえばもうかれこれ5年近くになる。

 実力的に見ても、一部の人と混ざっても遜色ないレベルだ。

 けれども彼女の目的は友達と楽しくやりたかったという一点だけに尽きる。だから彼女は敢えて二部に行く事を選んだ。

 不満を抱きつつも、二部で楽しく教えあいながらLGをプレーしていた。

 だというのにこれだ。明らかに二部の人が、下手だからといって、コケにしているのが一目瞭然だった。


「おい」


 と、唐突に。

 身を切るような部長の鋭い声が響いた。


「何を不満そうにこっち思いっきり睨んでんだよおい! そこのお前だよ! お前!」


 指しているのは私だった。恐ろしい視線が向けられ、合わせるように周囲が一斉にこっちを向く。


「どうした? 何か言いたい事があるならいえばいい」


 どくん、と心臓が跳ね、握りつぶされているような心地だった。

 額からじわりと嫌な汗がにじみ出る。無意識に足も震えてしまっていた。

 言葉が、思うように出ない。


「文句があるんだったら、今すぐに勝負してもいいんだぞ? 1vs1でも5vs5でも、かかってこいよ。すぐに潰してやる」


 好戦的な台詞を次々と口にする部長。

 もちろん受けて立つなんて張り合える訳がない。常磐部長がこの場にいる誰よりも強いからこそ、発言できる台詞なのだから。それをみんなが認めているのだから。この場においての絶対王者。


「えー5vs5って、あたしも駆り出されるってこと? ちょっとめんどいのは勘弁してよねー。勝手に1人でやっててよ」


 と前の席の方から女子の気怠そうな声が挙がり、先程までの険悪な空気が徐々に緩和されていく。 

 声の主は花菱灯はなびし あかりだった。部長・副部長がいるチーム”Sky Knights”のメンバーの一人。

 部長・副部長達と同じチームというだけで、彼女に対してあんまりいいイメージはもてなかったが、この場だけは本当に助かった。

 ありがとう。そう心の中で呟く。


「ほんとにどうしてこうも多いんだか……ちょっとはつええのが来るかと思ってたのに期待ハズレだったな」

「別に気にすることないじゃん。もう来月には大会はじまるんだからさっさと練習試合くもーよー」

「お遊びの馴れ合いグループに気にかけたってしょうがないっすよ。俺たちは俺たちでやっていかないと」

「だなー」


 呑気に前でざわざわと雑談に興じる一部のメンバーたち。


 別に遊んでいる訳じゃない。それは1ヶ月間、私が二部にいて身をもって学んだことだ。しっかりみんなLGについて教えあっているし、向上心だってある。彼らは彼らなりに努力しているのだ。まだ経験数が浅いから下手なだけ。時間が経てば、もっともっと強くなるはずだ。

 

 だから、気付けば。 

 中条あきねは椅子から立ち上がって、反論していた。


「――で、で、でも!! 私たちだって真面目にやってるんです!! PCしか使えなくたって必死に頑張ってるんです! それに――」


 場が静まりかえる。けれども口は止まらない。続ける。


「それに!! いるじゃないですかPCでも強いプレーヤーだって!!」

「「「…………」」」


 沈黙が続く。

 ようやく自分の犯した過ちに気付き、たちまちかぁっと頬が真っ赤になりすぐさま顔を俯ける。

 常磐部長は、ふぅ、と呆れたように息をつくと、


「あ~……それは国内最強とかいわれてた【Yoshiaki】の事か? 確かに日本では強かったかもしんねえけど、あっちでは散々だったじゃねえか。所詮、井の中の蛙なんだよ」

「そうっすよそうっすよ。結局勝てなきゃ意味ないんすからね」

流行メタに乗れなかったカスだしな」


 そんな必死の抵抗も、侮蔑の込められた口調で吐き捨てられ。

 笑われるだけ。

 少数派で一年生の私は逆らうことは決して許されないのだ。


「ま、張り合ってくるその度胸だけは認めてやるさ。最近は二部の奴等なんて口すら出さなくなったからな」


 部長が言うように、周りにいる二部の人達はほとんどが気まずそうに視線を逸らしていた。


「俺が部長に就任した頃、絶対倒して赤っ恥かかせてやるなんて言ってた連中はどこに行ったんだろうなあ?」


 結局、誰も勝てていない。

 部長のその言葉が、全てを物語っていた。


「……あー、そうそう」


 ふと部長が。

 神経を逆撫でするような声で思い出したように言う。


「今年から二部でトーナメントに出たい奴らは、メンバー表を俺にちゃんと提出すること。いいな?」

「――っ!?」


 それはこの場にいる二部の人達を驚かせる発言だった。

 どうして自由参加のはずのオンライントーナメントにそんな縛りを受けなければならないのか。まったくもって理解できない。


「当たり前なんだよ。雑魚であることは別にいいが、雑魚が俺たちに迷惑をかけるのはよくないからな。鏡見高校eスポーツ部の名に泥を塗って欲しくねえんだよ」


 ――そうだそうだ。

 ――確かに。

 ――わざわざ一回戦負けするくらいなら出る意味ねえよなー。


 前席の方から同調の声が沸く。


 部活でトーナメントに出る場合は学校経由で応募するのがルールとなっている。

 上位に入れば、学校の名を広められるからだ。今ではLGの強さは学校を選ぶインセンティブとなっている。LGの強いプレーヤーに奨学制度を導入しているという学校もあるくらいだ。

 事実、海将コンビのお陰で鏡見高校の入学希望者は増え、eスポーツ部にはたくさんの人が入ってくるようになった。

 ざわざわと周囲が騒いでると、部長が制すように続ける。


「別にいいんだぜ? 嫌なら辞めてくれれば」


 鼻をふっと鳴らし、あざ笑うと、


「お前らみたいな雑魚には、だぁれも興味がねえんだからなあ? 負け犬らしく退部届でも出して、クソみたいな部活だったとほざいてればいい」

「…………」


 何も言い返せず、ただ歯をくいしばることしかできなかった。

 夕日はいつもより早く沈みかけていた。


 






 


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