27話 


「練習試合、おっけー貰えました!!」


 夕刻。

 休憩室の扉が勢いよく開かれると共に、高らかとした清冽な声が響き渡った。

 

「因縁の相手と遂に直接対決かー。なんか熱い展開だよね」


 逆上が、腕を真上に向けてぐっと伸ばしつつ、弾むような声をあげる。

 しかし、それからすぐに中条の表情に翳りが生じる。


「けれど、そのぅ……向こうから条件がありまして……」

「……条件?」


 よしあきは、思わず目を細めた。


「オフラインで試合すること、だそうです」

「なんだそれ……」

「どういう意図なのかは私にも分かりませんけど……」

「え? それって、レンレンとかよしあきの素性がバレたってこと?」

「それはないでしょ」


 よしあきと中条の方に視線を右往左往させる逆上に、レンがすぐさま反論する。


「その部長とやらが、あたしたちに興味あるようには思えないからどう考えても。それに――」


 言葉を区切ると、視線をちらりとよしあきの方に向けて、


「こいつの行動範囲はどうせここしかないんだから、エンカウントしないでしょ。店の中ですら帽子かぶって隠してるんだし」

「余計なお世話だよ!!」

「でも事実でしょ」

「…………………」


 正論なだけ、返す言葉がないから困る。

 最近の子はまったく生意気だな、と爺くさいことを思うことしかできなかった。


「これって、こっちのメンバー確認でも兼ねてるんですかね?」

「まぁ、いきなり啖呵切ったからそれもあるだろうけど……」

「単純にプレッシャーかけにきてるんでしょ」


 レンが、よしあきの言葉の続きを遮るように割って入る。

 中条は眉をひそめつつ、レンの方を向いて、


「…………プレッシャー?」

「そ。あっちからしたら自信あるって思われてるんでしょ。だから直接徹底的に叩き潰すことによって、後々有利になるって作戦なワケ」

「……と、いいますと?」

「向こうからしたらそこまで興味もないと思うけど、もしもの事態だってあるかもしれないから、予め策を使うに越したことはない。もし本戦で当たったら、予習した分、難易度が下がるんだから。イレギュラーは減らしておきたいってことじゃないの?」


 実際その通りだと思う。

 こういったオンライントーナメントで一番警戒しなければならないのは、ぽっと出のチームだ。

 なぜなら実力が未知数な分、戦いにくいから。

 経験者なら昨年の動画などが残っているので、そこから対策を練る事ができるが、新人チームはそうもいかない。


 レンが一息つくと、言葉を続ける。

 

「ま、でも本戦に行けるのなんて、ほとんど常連チームばっかだけどね。知らないチームだとしても、大体有名なアマチュアプレーヤーが混ざってるし」

「へぇ、詳しいんだな」

「そ、そりゃ……日本の中じゃかなりおっきな大会だしそれくらいは見るわよ。普通するでしょ?」


 と、レンは周りに同意を求めるように言うものの、反応はなんとも乏しい。

 

「俺は分からんな……出たことはあるっちゃあるが……昔のことだからな」

「あたしは最近存在を知った」

「私は名前くらいは耳にしたことがあるくらいですね……詳しくは見てないです」


 中条も逆上も、ほとんど競技シーンなんて今まで興味なかったので無理もない。

 それを見てレンは、「聞くんじゃなかった……」と激しく後悔したような表情を浮かべていた。


「それで、どうします?」

「んー。申し出はありがたいが、その条件は無理だろうな。こっちには一人絶対来れないヤツがいるし」

「そうだよねー……」


 長柄だ。

 あいつだけは結局こっちに来れないからどうしようもない。


「譲歩してもらうしかないだろうな」

「じゃあ明日また聞いてみますね」



 その日は結局、そこで話を切り上げて、練習に取り組むこととなった。



 ◇  ◇  ◇ 


 

 翌日。 

 いつものように自分の席で、LGをプレーしていると、後ろの扉が勝手に開く。


「起きてるー? というか、生きてるー?」

「ああ今日は大丈夫だ」


 大体一番に《ゲーミング・ラバーズ》に来るのは、逆上が恒例となっていた。

 逆上にも、もちろん学校生活はあるが、放課はバイトメインで部活には入ってなかったため、バイトがない日には特にやることもなく暇だったからである。


 そして中条やレンが集まるまでの時間、休憩室で穏やかなティータイムを過ごしたり、よしあきにマンツーマンで教えてもらったりしていたというのが日課となっていた。


「ねえ、よしあき」

「……ん? なんだ」

「一気に上手くなる裏技とかないの?」

 

 今日の分を教え終わると、唐突に声をかけられたかと思いきや、とんでもないことをほざき始めた。


「あるわけないだろ……すぐに上手くなれたら苦労しない」


 ゲームといえど習熟には時間がかかる。

 一見簡単に見えてその実難しいからこそ、プロプレーヤーが存在し、大会が盛り上がるのだ。


「やっぱそうだよねー」

「俺だって、一応7~8年近くやってるんだからな」

「あれ? LGってサービス開始したのが、それくらいじゃなかった?」

「ああ。開始直後からやってる」


 うへー……と何やら怪物でも見るような視線を向けてくる。

 それから立ち上がり、ぐるりとその場で回転してみせると深呼吸しつつ、


「はぁ、復帰したてじゃ無理かー……」

「いいや、諦めるのはまだ早いだろ」

「ほんと? 何かあるの?」


 ぱぁっと、表情が光り輝く。

 モチベーションの高さは逆上陽菜の強みともいえる。この中で一番高いといってもいいんじゃないだろうか。

 残りたった数日でも、やり方次第では劇的に伸びるだろう。


「ああ。ところで聞いておきたいんだが――」


 よしあきは口角をあげて不敵に笑いつつ、試すような口調で逆上に言った。


「体育好きか?」



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