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「……え?」


 休憩室に入るや否や、中条は目を丸くした。 

 なぜなら……


「73! 74! 75! ちょっとペース落ちてるぞ!」

「……はぁっ、はぁっ、わかってる!」


 そこには体育教師のごとく手をパンパンと叩き数を数え上げるよしあきと、定間隔で左右に横跳びを繰り返す逆上。


「……82! 83! 84! 後15秒だいけるぞ! もっと早く!」

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ! ……わか……ってる……っての!」


 どうみても反復横跳びだ。


(いつからここは体育会系部活になったんだろう……?)


 何度も目をぱちくりしてみるが、目の前の光景は変わってくれることはない。


「あ、あのー……?」

「……ん、あぁ、中条か。お前も後でやってくか?」

「いえ、それはちょっと……。どうして急にスポーツテストみたいなこと始めたんですか?」

「反射神経を上げるためにやってるんだよ」

「へぇ……それって効果出るんですか?」

「……コツコツやっていかないと無理だな。一週間そこらじゃまず不可能と考えた方がいい。反射神経を上げても、相手のスキルモーションをしっかりと予測しなきゃ意味がないからな」


 中条が考えていたことを先回りするかのように、よしあきが答える。


「やっぱり……」


 何となくだけど、中条は納得していた。

 そんな一朝一夕で身につくものじゃないと最近の練習試合を通して学んでいたからだ。

 コンマ一秒の細々としたプレーが試合の命運を分けるのだと嫌というほどわからされた。


「だけど、今更じゃないですか? だって後少しで予選始まりますよ」

「一番最短で上達するには何が大切だと思う?」

「……え?」


 唐突な質問に困惑する中条。


「……努力ですか」

「まぁ、遠かったり近かったりだな」

「じゃあ何ですか?」

「モチベーションだよ」


 よしあきが、くすりと微笑みながら言う。


「逆上は一番モチベが高い。向上心は一番伸びるファクターだからな」


 二人で話している最中にも、軽快なステップで逆上は横跳びを繰り返している。

 疲労の色は見られるも、動きはかなり俊敏。

 元々、中学の頃から部活をやっているなんてことを予め聞いていたから、運動神経は良さそうに見えたけど……想像以上だった。


「ねぇ、ところで……今、……何回?」

「…………………あ、忘れた」

「はぁ~~~~~っ!?」


 逆上は疲れと怒りが混ざったような声をあげて、ぺたんと床に座り込み、よしあきをじっと睨めつける。


「……ん!」

「なんだよその手は」

「つ・か・れ・て・る・の・! それくらい分かるでしょ!」


 どうやらおごれということらしい。


「……分かったよ。何がいい?」

「カフェオレ」


 今日くらいは仕方ない。

 やる気を削ぐのも本意じゃないしな。



 ◆  ◆  ◆



「それで、どうだった?」


 よしあきが一階まで降りてカフェオレをおごった後に、中条に訊ねる。

 内容は勿論、部長たちのことだ。


「はい。それなんですけど、オフラインが駄目ならオープンボイスチャットをONにしろといってきました。それ以上はダメだと」


 オープンボイスチャットとは、対峙する相手とボイスチャットができる機能だ。

 ゲーム中でも、相手プレーヤーと直接会話することが可能になる。

 といっても、ゲーム内で近くにいないと相手プレーヤーの声は聞こえてこないようになっている。

 つまり、現実リアルで会話する時と同じ。


 一応オープンボイスチャットは大会本番でも使えるようにはなっているものの、いちいち敵と味方で切り替えしなければいけない。


 それは、面倒だからという理由で使うやつなんてほとんどいない。


 それに相手プレーヤーに暴言吐いたり煽るのはマナー違反だし、下手したらルールに抵触して失格もありうる。


 わざわざリスクを冒す必要がない。


「……それって、どういうこと?」

「正直分からん……」


 部長たちの真偽は分からない。

 ただ、どうにもきな臭さだけが立ち込めている。


「でも一つ言えるのは――」

「のは?」

「たとえ何を言われようとも、飲まれずに自分のプレーを徹していればいい」


 重々しい口調で告げると、逆上と中条は気圧されるように静かに頷いた。





 ――大会予選まで、後5日。

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