第12話 ――増えた仲間と



 放課後。夕刻。



 ゲーミング・ラバーズには、よしあき・逆上・中条の計3人のメンバーが集まっていた。

 後2人のメンバーに関してはまだ目処すら立っていないが、募集よりもまずは練習するのが先だろう。よしあきはそう考えていた。

 理由は二つ。

 逆上のブランクを早く克服させたいのと、中条の実力を見たかったからだ。

 そういう理由ワケで、昨日の今日で早速呼び出しておいた。

 のだが、


「それで? 何でこいつは、こうもすぴすぴと寝てるわけ?」

「さ、さぁ……?」

「というか何なのよこの書き置きはぁぁああー!」


 苛立たしそうに声を大にして言い放った逆上は、テーブルの上に置かれていた1枚の紙を指さした。

 そこには『ちょっと寝る』と、小学生低学年のようななんとも拙い筆致で書き殴られていた。


「ま、まぁまぁ……落ち着きましょう。もしかしたら私たちのために準備してて忙しかったのかもしれないですし。家庭教師とかって下準備の方が大変とかってよく言うじゃないですか」


 隣にいた中条が宥めすかすように言う。

 それに対して逆上は「確かに……」と納得していたような素振りを見せていたが、やがて耐えきれなくなったのか、テーブルにおいてある孫の手を取ってソファーに横たわるよしあきの頬をつんつんしはじめた。


「あんたね……! せっかく時間通りにこっちは来てあげたんだから、早く起きなさいよね」

「……」

「ていうか、ほんとこいつの肌しっろいわねぇ……うわっ、しかもやわらかっ。すっごい吸い込んでくんだけど」

「ほんと、赤ちゃん肌みたいですね」

「どうやったらこうもすべすべになるの……?」


 何やら恨みがましそうな言葉を呟く逆上。

 当然その手にこもる力もだんだんと強くなり始めてゆきやがて、ぐりっ、と日常では中々聞かないような奇妙な音が上がると、


「――いっでぇぇえええええええ゛えええええええええええええぇぇーーっ!!!」


 同時に、水中から魚が飛び跳ねるかのような勢いで、よしあきが高く舞い上がった。



 ◆  ◆  ◆



「さて、と。全員揃ったことだし今からAIモードをやるぞ」


 洗面所で顔を洗いすっかり目を醒ましたよしあきは、悪びれる様子もなく2人に向けてそう言い放った。


「………エラそうに」

「悪かったって。というか逆上お前、俺の顔で遊んでただろ?」

「……べべ別に、そ、そんなことないけど? ――それよりAIやるってほんとに言ってるの?」

「当たり前だ」

「何でそんなの今更やらなきゃいけないのよ」

「何事も基礎からに決まってるからだよ」


 AIモードを蔑ろにするプレーヤーは結構多いが、LGを始めたらどのプレーヤーもまずはそこからのスタートになる。初歩中の初歩だが、その初歩を疎かにしていては勝てるわけがないのだ。

 それにAIプログラムは、たくさんのプレーヤーの動きを機械学習している。決して役に立たない訳じゃない。


「まずは、そうだな……。最高難易度のUltimateをCS精度80%以上且つ3デス以内でクリアするところから始めようか」


 よしあきがそう口にした途端、「えっ」と中条の反応が濁る。


「絶対無理なんですけど……。そんなの今までできたことないですよ私」

「問題ない。やれば誰でも出来るようになってる」

「……」


 しばらく無言で顔をしかめていた中条が不意に言った。


「それって、どのくらいのうちにやらなきゃいけないノルマとかってあります?」

「目標は一週間以内だな」

「いっ、いっしゅうかん……」


 悲しそうに呟くと、目を細めて視線をどこか遠くに向けていた。

 上位1%のプレーヤーが出来るかも危ういレベルだ。それを一週間以内なんて無理難題といってもおかしくない。


「別に無理って事はない。案外何とかなるもんだぞ」

「そうなんですか?」

「ああ」

「そうそう。何とかなるって。余裕だって」

「逆上の言うとおりだ。ちなみにだが、こいつはこの間ようやく中級相手にいい感じに勝てるようになったくらいだからな」

「絶対無理じゃないですか……」


 目から一切の光が消え失せ、さっきよりも更に物悲しい視線を虚空へと投げる中条。


「ちょ、ちょっと!? そんな悲しそうな顔しないでよ。もうスキルはちゃんと思ったとおり出せるようになったから! それに、コンボも前よりは断然コツ掴めてきたし!」


 ほとんど初歩レベルのことを何の躊躇いもなく自信げにいう彼女にはある種の才能が宿っている。そう感じずにはいられない。


「中条さん、はもちろんVRプレーヤーだよね? じゃああっちいこーよ」


 逆上はすっくと立ち上がると、こっちについてきてと中条を手招きする。

 が、


「おいおいちょっと待て」


 そこを制すように止めたのはよしあきだ。 


「なによ?」

「中条は昨日二部がどうのこうの話してたから、てっきり俺はPCプレーヤーなのかと思ってたんだが……違うのか?」

「そんな訳ないから。それに中条さんもこんなボロっこい廃墟みたいなとこでやりたくないでしょ。――ね? そうだよね?」


 中条の取り合いが始まる。

 やがて2人の視線が中条の方に向かれ、答えを求められると、彼女は至極当たり前といったような表情で、


「私はどっちもいけますよ? 両刀ですから」

「「りょ、りょうとう……?」」


 同時にそう呟きながら、眉をひそめる。

 そんな2人の反応に対して「ええ」と鷹揚に頷く中条。


「今日はPCでやろうかなと思います」

「おお! そうかそうか」


 仲間が増えて、少し気分が舞い上がるよしあき。

 逆上は唇を尖らせながら、VRコーナーの方へと先に移動していった。


 それに続くように2人も一階へ降りて、PCコーナーの方に向かう途中でよしあきが言った。


「そういや、スキル構成はどんな感じだ?」

「今はこんな感じでセットしてありますね」


 そう言ってスマホを見せてくる。IDと連動してあれば、スキル構成等のデータは確認ができるようになっている。

 どれどれ、とよしあきは中条の方に少し顔を寄せて確認しようと思ったところで、反射的に顔をしかめた。


「何だこのキャラ……」

「可愛くないですか? クインビーって言うんですよ」


 IDとは別に名前まで付けてるらしい。ペットか。

 確かに名前の通り中条のアバターは女王蜂を模しているのだが、何とも言い難いような気持ち悪さを兼ね備えていた。夢に出てきたら間違いなくうなされる。

 妙齢の女子の感性はいまいち理解しがたいが、流行りのキモカワというやつなのかもしれない。

 気を取り直して、よしあきはスキル構成を確認した。


《ポイズンショット》・《毒まきびし》・《毒塗弾》・《一殺毒牙針》


 LGではプレーヤーが使う4つのスキルの内、必殺アルティメットスキル(ウルトとも呼ばれている)が必ず1つ設定されている。他の3つのスキルに比べてクールダウンが長い分、より強力となっている必殺技みたいなものだ。 

 中条の使うマークスマンの必殺アルティメットスキルである《一殺毒牙針》は、HP15%以下の相手を3秒かけて確実に仕留めることのできる確殺系の優秀なスキルだ。

 クールダウンは180秒とだいぶ長いが、これがあるだけで集団戦はかなり役に立つだろう。

 しかし、ひとつ気になることがあった。


「ブリンクスキルはなしか?」

「はい。自分はいれてないですね」


 ブリンクスキルは、一定距離を高速で移動できるスキルの総称の事で、LGではかなり重要なスキルだ。あるのとないのとでは、だいぶ使い勝手が違ってくる。

 敵に囲まれたときの逃げにも、追撃するときの攻めにも使えるかなり利便性の高いスキルといっていい。

 大体のプレーヤーは4枠のスキルの中の1つにこのブリンクスキルを組み込むことが多い。

 特にキャリーともなると集団戦のポジショニングがとても重要となるので、それが例えダメージソースでないとしても入れる人が多いのだ。


「ブリンクなしじゃ、かなり苦労しないか?」

「確かにポジショニングはとても難しいですけど……その分スキルセットはかなり強いので」

「まぁそうだな」


 本人がそれに慣れているのなら無理に変えない方がいいだろう。

 大会までは1ヶ月くらいしか期間が空いてない。慣れているものでやるのがベストだ。

 よしあきはそそくさとゲームにログインし、逆上と中条をパーティに誘い、3人でAIモードを開始した。

  

「おい逆上。そこはリコールタイミングだぞ。残るシーンじゃない」

「あーはいはい」


「中条はもう少し落ち着いてCSを取れるようにしたほうがいいな。ちょっと焦りすぎなように見える」

「は、はいっ!」

「……ねえ、なんかあたしの時だけ教え方雑くない?」

「そんな事はないだろ。次やるぞ次」

「休憩は?」

「あるわけないだろ。とりあえず5試合は連続でやるからな」


 よしあき自身もプレイしつつ、仲間の動きを見ながら、指示を出していく。


 そうして、初めての練習は穏やかに行われていった。



 ◆  ◆  ◆



「ほら、ジュースだ。遠慮はしなくていいぞ。どっちがいい?」

「……」

「聞いてるのか? 中条?」

「……えっ!? ……あ、じゃあ、そっちのオレンジの方で」

「はいよ。ちなみに逆上の分もあるからな」

「んぅー……」

「置いとくぞー」


 よしあきは二階の休憩室の方で休んでいた2人にジュースを渡すと、空いている椅子に腰掛けて、自分用の缶コーヒーのプルタブを開ける。


 逆上は、テーブルに突っ伏すようにくたーっと伸びていた。

 ただひたすらAIモードをやるというのは、何とも作業感が凄まじく、精神的にも苦行でしかないだろう。

 それに休みなく試合を連続でやるというのは中々に堪える。慣れてないと、段々とパフォーマンスが落ちていってしまうのだ。時間を重ねるごとに普段はしないようなミスが増えていく。

 大会本番では長時間になるケースが多い。だからそういう練習も兼ねて、敢えて休みなく連戦をさせておいた。長時間プレーしても安定したパフォーマンスを出し続けられるように。

 軽くコーヒーを呷ると、よしあきが中条に向けて言った。


「そういやさっきソフトインストールしたよな」

「ええ。するように言われたので、してはおきましたけど……」

「数値、いくつくらいだったか覚えてるか?」

「私は大体130くらいだったと思います」

「そんなもんか」

「そういえば、あれって何だったんですか?」

「APM測定ソフトだよ」

「えー、ぴー、えむ……?」

「ああ。時間あたりの操作量みたいなもんだ」


 正式名称は《Action-Per-Minute》。

 1分間辺りのプレーヤーの行動量を示す数値だ。

 プレーヤーの操作力を表す指標と言い換えると分かりやすいかもしれない。

 実力に直接作用するという訳ではないが、上位1%に入る上位ランクプレーヤーは大体平均APMは200を超えている。

 つまり、1秒に3回前後は何かしらのアクションを起こしているという計算になる。


「って事は、全然足りてないですね……」

「別に無理に増やす必要ない。数値を無理矢理あげたってちゃんと理解していなければ意味がないんだ。やっていくうちに自然とあがるようになってくる」


 そう話してると、店長がやってくる。 


「なんだよしあき。初日から女子相手にスパルタで扱いてたのか?」

「まさか。全然ですよ。店長が教えてくれてた頃の3分の1程度しかやってないですから。これからですって」


 よしあきがそう笑顔で返すと、周りの女子2名がぴたっと時間が止まったかのように硬直していた。


「それより何か用です?」

「いいや。ただメンテナンス道具を取りに来ただけさ」

「……なるほど」


 店長は部屋の奥にある棚から工具セットを取り出すと、右手に掲げ、一階の方へと戻っていく。


「ああそうだ。よしあき」

 

 と、その去り際。

 店長はふと何かを思い出したかのように呟くと、


「週末、お前に会わせたい奴がいるんだ。土曜の昼くらいに時間あけておいてくれ。よろしく頼んだぞ」

「はい……?」

「た・の・ん・だ・ぞ」

「はあ……。まぁいいですけど」


 いったいなんだろう? まあでも特に気に留めておくようなことでもないだろう。どうせ備品点検とかの手伝いか何かだ。それに、その時になったら分かることだろうし。


 よしあきは店長が言っていた事を頭の隅へと放り、今後の練習プランをどういったものにしていくかをゆっくり考えていた。



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