第11話 対面


 現れたのは、子供らしさと大人らしさを同居しているような少女だった。


 僅かに赤みがかった黒髪が胸元までふんわりと曲線を描くように伸びていて、そこだけ見れば何とも言い難い妖艶さが溢れ出ている。

 しかし顔つきを見ると、目元や口元はどこかあどけなさを残していて、やはり中高生くらいなのだろうなと再認識させられる容姿。

 一見、逆上とは対照的に目の前にいる少女は大人しそうなイメージに見えたが、さっきからずっとよしあきは彼女から嫌な予感を感じ取っていた。

 そう。

 少女が煌々とした眼差しをこちらに向けていたからである。

 まるで天啓を得たとでもいったように――。


「な、なにかな……?」


 思わず顔を引き攣らせながら、よしあきはおずおずと答えた。


「こんな所で会えるなんて思ってもいませんでした!! 幸運の女神ってやっぱりいるんですね!!」


 そう言ってにっこりと満面の笑顔を見せると、ふいに顔を横に向け、確信に満ちたような表情で、よしっ! と右手で小さくガッツポーズ。

 そんな仕草を見て、更によしあきは不安に駆られた。

 ……ヤバい。なんだか物凄く嫌な予感しかしない。


「えっと……オンライントーナメントの参加希望、でいいんだよね?」

「はいっ!」


 元気よく返事をすると、彼女ははっと何かを思い出したように口を開く。


「……あ、言い忘れてました。私、中条あきねって言います。今年から鏡見高校の1年生なんですけど……――あの、それより聞いてくれませんか!!」


 と、唐突に声を張り上げると、中条は自分の所属している部活動の惨状な現状を話し始めたのだった……。



 ◆  ◆  ◆



「――というわけなんですよ!」

「それはもう女の敵ね」


 中条が話を終えると、逆上が間髪入れずにすぐさまそう答えた。

 お前それ言いたかっただけだろ。どっちかっていうと、弱者の敵って感じなんだが。


「よしあきさんは、どう思いますか?」

「え? 俺?」

「はい」

「どうと言われてもな……」


 20分近く、彼女から長々と説明を受けて思った事はただ一つ。

 すごくどうでもいい。その一点だけだった。

 それでも何か答えておかないと相手側の肩を持つような感じに見られるかもしれないので、「まぁそういう奴もいるもんだよ」といった具合でやんわりと受け流しておくことにした。


 正直中条視点の話だと、その部長とやらに色眼鏡で掛かっているので、どうともいえないというのがよしあきの本音だった。

 単純にその部長が、二部の人達に発破をかけたいという風にも見えなくもない。

 まぁ、やり方はなんとも雑っちゃ雑だが。


「その話をしたってことは、要するに部長を倒したいってことか?」

「さすがです! やっぱり察しがいいんですね」

「…………」


 中条の能天気な言葉に、今日一番の特大級の溜息が零れ落ちそうになった。


 よしあきは大会参加にそこまで積極的というわけではなかったが、かといって絶対に出たくないという訳でもなかった。

 店長に薦められたのもあるし、もし人が集まるのならやろう。

 そんな軽めの気持ちで入り口の所に募集の紙を貼っておいた。腕慣らしにも丁度いいかもしれない。


 けれど。


 これは予想よりだいぶ斜め下のメンバーが来てしまった。思わず頭を抱えずにはいられない。

 大会に出て何を目指すのかというのはもちろん人それぞれだが、なんというか、それはあまりにも目的意識がズレているような気がしてならなかった。


 とりあえず聞くだけ聞いてみることにしよう。

 一旦気を取り直して、よしあきは尋ねた。


「んと、今のランクはどのくらいだ?」

「プラチナです」

「上の方か? 下の方か?」

「真ん中くらいですね」


 LGにはランクモードが存在し、そこには【Elo rating】――つまり、実力測定ランクシステムが導入されている。

 ランクは下から順に、【ブロンズ】【シルバー】【ゴールド】【プラチナ】【ダイアモンド】【マスター】【ハイマスター】と細かく区分されており、ハイマスターのランキング上位500人はトップ500とも呼ばれている。

 そのランク帯は、アマチュアやプロプレーヤー達が跋扈しはじめ、日夜ランキング争いが行われている苛烈な戦場でもある。

 彼女――中条はプラチナ、それも真ん中くらいと言っていたので上位5%くらいに入る実力はある。全体としてみればほぼ間違いなく上手い部類といっていい。


「メインロールは?」

「マークスマンです」


 ということは後衛のキャリー。

 逆上はメイジだろうから、被ってはいないはずだ。


「私、どうしても部長達を倒したいんです!!」


 再度、中条はぴしゃりとよしあき達に向けて、高らかに宣言した。

 その瞳には決意がこめられていた。部長を倒す情熱だけに関していえば、他の誰にも負けないような炎の瞳。

 よしあきは真剣な表情で言う。


「やる気があるのは結構なことだが、その部長とやらのチームはどのくらいの実力なんだ?」

「去年のオンライントーナメントはベスト8って言ってました」

「それはかなりの強豪だな。相当強いぞ」


 と、そう答えたのは中条の後ろにいた店長だった。

 さっき中条をこっちまで案内した後、席を外していたが、いつの間にか戻ってきていたらしい。


「どのくらい強いんです?」

「ああ、お前は知らないんだっけか。ベスト8ってなると本戦でも結構上の方だからなあ……。そうだな……分かりやすくレートで言うんだったら、ダイアモンド上位からマスター下位クラスってとこだな」


 上位0・1%辺りのベテランプレーヤー集団だ。弱いはずがない。

 その辺りのプレーヤーになると、練習生としてプロチームに既に入っている者もいるくらいだ。

 でも、と店長は言葉を区切って、にやりと微笑みながら、


「もし倒せたら――最高に気持ちいいだろうな」

「ですよねですよね!!」


 店長の方にくるっと身を翻し、中条が嬉々とした表情で相槌を打つ。


 ――ジャイアントキリング。


 確かにそれはとても魅力的なシナリオだろう。

 即席チームがベテランを打ち負かす。もし成せるのなら、最高に盛り上がるに違いない。

 だがそれは通常では起こせないからこそ、ありえないからこそ、最高に盛り上がるわけで……。

 ほとんど成しうることは不可能なのだ。

 そのレート帯のプレーヤーと対面した時に、中条や逆上が耐えきれる可能性は極めて低い。

 恐らく序盤から地力差によるパワープレイでゴリ押しされてしまう。


「逆上さん、でしたっけ? 中々の猛者に見えますね……」


 中条は隣にいる逆上の方を見つめながら、感慨深い口調でボソッと呟く。


「いや、そいつは初心者だぞ?」

「え? そうなんですか?」

「半年やってなかっただけだから! それに前は平均くらいはあったし!」

「――という訳だ。全然そんな強いなんて事はないから安心していいぞ。間違いなくお前より弱い」


 そう言い切ると、逆上はムッとしたような表情でよしあきを睨めつける。


 昨シーズンのランクはゴールドと言っていたが、復帰したばかりでまだまだブランクが垣間見える。元来の実力を引き出すにはもう少し時間がかかるだろう。

 それよりも聞いておかなければならないことがある。


「それはいいんだが……逆上、お前は大会に出る気はあるのか?」


 この前店長は彼女を猛烈に推していたが、肝心の本人の意志を全く聞いていなかった。

 逆上が胸の前で腕を組み考え込む様子を見せると、


「んー、そうね。私はよしあきが倒せるなら何でもいいけど?」

「いや、俺は味方だからな?」

「じゃあどうすればいいわけ?」

「協力するんだよ……」


 俺に勝ちたいということしかこいつの頭にはないという事実を突きつけられたようで、ますます不安でしかなくなった。


「あ、そうそう。1つだけ約束は守って欲しい」


 ふと。

 よしあきは右手の人さし指をぴんと伸ばし中条に告げる。


「何ですか?」

「俺がここにいるってことは、絶対にネットとかに書き込むんじゃないぞ? 絶対だぞ? いいな?」

 

 これまでにないくらいのよしあきの気迫に、中条は気圧されるようにただただ大人しく首を縦に振り頷くことしかできなかった。

 


 ◆  ◆  ◆



「そういう訳だからしばらく部活には出られなくなるかも。ごめんね」

「ううん。全然大丈夫だよ」


 翌日。

 中条あきねは優ちゃんに昨日の事情を打ち明けていた。もちろん、彼があそこで生活している事は伏せつつ。


「そういえばあの後、結構長い時間話し込んでたと思うけど、大丈夫だった?」


 よしあき達と話を終えた帰り際、中条は優ちゃんが入り口の所にいなかったので、先に帰ったのかなと思いつつも、何かあったのではないかと少しばかり心配していた。


「それは、うん、全然問題なかった。店長さんが中に入れてくれたから」

「あ、そうだったんだ」

「うん。ドリンクもごちそうになっちゃった」

「良かったね」

「うん……」


 少し頬を染め、指先をもじもじとさせながら語る遊ちゃんの表情や仕草は何だかとても恍惚としていて、まるで恋する乙女のソレだった。

 優ちゃんが、ふと呟く。


「店長さんって、いくつなんだろうなぁ……。あきちゃん、年齢とかって聞いた?」

「特には聞いてないけど……」

「でも、30歳はいってないくらいに見えたよね。15歳くらい下でもいけるのかなあ……」


 とても言葉にはできないような背徳的な香りを漂わせていたが、あまりの優ちゃんの乙女っぷりに中条は何も言うことをできず、彼女の隣を何ともいえない複雑な心境を抱きながら、歩き続けた。









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