第13話 週末



 夕方から夜にかけて、毎日ひたすらAIモードだけを連戦する日々が続いていた。


 時間が経つにつれてコツを掴んできたのか、逆上も中条も両者共に成績はのびていいった。


「あーもう!! 後ちょっとなのに! くっそぉ……」

「今日はこれくらいにしとくぞ」

「まだできるって!」

「いいややめておいたほうがいい。1試合前と比べてだいぶスコアが落ちてる。それ以上続けても後は落ちていくばっかだ。また明日だな」


 むぅ、とボイスチャット越しでもわかるくらいに不満げに唇を尖らせる逆上。


 金曜日時点での逆上陽菜の最高戦績は、CS精度76%のデス数は5。

 一方で中条は、CS精度83%と目標値は超えれるようにはなってきたものの、デス数は7とまだ多い。

 どちらもこの時点では達してはいないが、このままいけば難なくできそうなレベルだった。


 ――そうして迎えた土曜日。


「昼からはちょっと外に行くぞ」

「……外? 急になんで?」

「そりゃあリフレッシュするためだよ。息抜きも大切だ」

「別に私はそんなのなくても全然いけるけど」

「いいや。軽く時間を空けた方が、案外伸びるときだってあるんだよ」

「――おい、よしあき。ちょっといいか?」


 午前の練習を終えて昼食を食べながら、逆上や中条と午後の予定について話をしていると、店長から声をかけられた。

 立ち上がり、ドアの方へと移動する。


「どうしたんですか?」

「この間言っただろ。会わせたいやつがいるって」

「え? ……あー、そういやそんなのありましたね……」

「その反応、忘れてただろ?」

「いやまあ……」


 よしあきは申し訳なさそうにきゅっと肩をすくめる。

 頭の中にはずっといかに早く彼女たちを上達させるか、ということしか頭になかったから、すっかり忘れていた。


「ちょっと今から会ってやってくれねえか?」

「まぁ、少しならいいですけど……」


 練習を優先したいのか渋った表情で、デジタル時計や逆上達をちら見するよしあきに対して、店長はにやりと笑うと驚きの言葉を口にした。


「ちなみにその子は、お前らのチームの新メンバーの予定だからな。今日から早速加えてやってくれよな」


「…………はぃいいいいっ!?」


 ◇  ◇  ◇


 しばらく事情を聞いて、ようやく話を理解した。


「まあそういうことなら別にいいんですけどね」

「なんつーか、奥手らしいからなぁ……。自分でもあんまりLGやってるって事はいえないんだと」


 女の子で、それも思春期真っ盛りの年頃となると、中々自分からは言いづらい面もあるのだろう。

 中条みたく高校生くらいになると割り切れる部分もあるのだろうが、中学生だとまだ難しいのかもしれない。


「けど、実力は相当なもんらしい」

「へぇ……そうなんですか。だとしたらこっちとしても心強いですけど。でもその子って、店長の親戚なんですよね……?」


 だとしたら、中々言いづらい。

 店長は親バカみたいな節があるからなぁ……あっちに非があるのに、こっちのせいにされても困る。


「あぁ。その件、なんだがな――」


 店長は不意に言葉を切ると。


「ビシバシ教えてやってくれて構わない、と彼女の母親から言をもらってるから容赦なくいっていいぞ」


 よしあきの思っていることを見透かすように、そう言い切った。


「ビシバシって……」

「いけるだろ。それと後お願いがあるんだがな――」


 よしあきは店長のお願いに二つ返事で頷くと、キャップを目深に被り、階下へと降りて、やってくるであろう彼女を待つことにした。



 ◆  ◆  ◆



 叔父さんに呼ばれたのは、今週の頭の事だった。


「……え? どういうことお母さん」

「いや、遊真がね――あんたからいうと、叔父さんでいいのかな? ――で、その叔父さんがもしLGに興味があるんだったら大会に出てみないかって」

「……え?」


 唐突な母親の発言に、水瀬みなせレンは目を丸くした。

 どうして大会に誘ってきたのかということではなく、どうして私がLGをやっている事を知っているのかについてだ。言った覚えなんてないのに――。


「何で私がLGやってるってこと知ってるの?」 

「…………あ」

「もしかして言ったの!? ねえ、お母さんっ!?」


 レンは語気を荒げ、激しい口調で母親に向かって攻め立てる。


「別にそんなの気にしなくていいじゃない、レン。それに遊真は元々そっち方面の人だったんだから、理解はある方よ?」

「そ、そうだけど……!」


 叔父さんがリーグ・グロリアスの元プロプレーヤーだったことは知っている。大会の動画も何度か見たことある。

 だがしかし。

 だからといって、そういう問題ではないのだ。

 自分でも何だか言いようのない複雑な気持ちに囚われていると、お母さんが洗い物をしていた手をタオルで拭きながら言った。


「何か今ね、ちょうど大会に出るメンバーを捜してるらしいんだって。……オンライントーナメント、っていうの? ま、お母さんあんまり詳しい事は分かんないけどね」

 

 もちろん知っている。LGプレーヤーなら誰しもが興味を惹く一大イベントだ。

 アマチュアゲーマーである水瀬レンにとって、そんなの知らないはずがなかった。

 母は言葉を続ける。


「興味があるなら行ってみたらいいんじゃないの? ほら、遊真の店はこっからでもそんなに遠くないんだし」


 叔父さんの店は家から電車で30分圏内のところにある。行けない距離ではない。でも、行ったことはない。

 自分の足で、自らそういった世界に足を踏み入れたことはまだなかった。どうしても躊躇ってしまう。


「いい。断っておいていいから」

「そう? 遊真が、来てくれたら物凄いサプライズがあるって言ってたけど」

「別にそんなの興味ない!」


 はっきりとそう言い切って立ち上がると、自分の部屋へとそそくさと戻っていく。

 幼稚園児じゃないんだから。そんな子供騙しみたいな謳い文句で釣られるわけがないのに。


 ◇  ◇  ◇


 学校では、男子はいつもLGの話で盛り上がっている。メタがどうだとか、ランクがどうだとかいった話だ。

 けど最近は、オンライントーナメントの話題で持ちきりだった。それほどまでに、この時期の開催発表は異例だったともいえる。


「俺たちも組んで出てみる?」

「いいなそれ!」

「じゃあ俺も空いてるなら参加したい!」

「いいぞ。ロールとかどうする?」

「俺、アサシンいくー!」

「俺はメイジにしようかな」


 自分の席で頬杖をつきながら、男子の会話を聞くことに徹する。

 興味がないわけではないけれど、きっと釣り合わない。話の内容からなんとなくそんな気はしていた。


「男子ってほんと、ゲームの話ばっかだね」


 前の席にいる円歌まどかが、こっちに振り向き呆れながら言う。


「そうだね」

「レンはゲームとかするの?」

「……えっ、私?」

「うん」


 思わぬ方向から質問が飛んできて、レンは目を丸くした。


「いやぁ別に……あんまりしないかなぁー?」


 あはは、と笑いながら誤魔化す。


「だ、だよねー。でもレンって、ゲームとか上手そうだよね」

「え? 急になんで?」

「スポーツとか上手じゃん。全然やってないのに凄い上手いよ」

「そ、そうかな……?」


 円歌に「そうだよ」とはっきりと言い切られ、なんだか照れくさくなって、思わずそっぽを向いてしまう。

 確かに運動系の部活には、これまでに何度か誘われたことはあった。けれど、どれも同じように断っていた。

 LG以上に熱中できるような気がしなかったから。

 でも、だからといって、自分から公言する勇気もないんだけど――。


「そういやさ、よしあきがこの辺りにいるって噂を聞いたんだけどよ」


 遠くから聞こえてきた男子の発言にぴくり、と。

 反射的に耳が動く。


 日本LG界において、彼の存在は無くてはならないと言い切れるほどの伝説的なプレーヤーだ。

 けれど、最近ではすっかり音沙汰がなくなってしまっている。

 本当にどこへ行ってしまったのか。噂ではLGから身を引いたんじゃないかとまで言われている。

 そんな憶測の域を出ないデタラメ、信じてるはずもないけど。

 でも、と。

 私の中に宿るもう一人の自分が囁きかけてくる。


(――もし、ほんとにそうなのだとしたら?)


 許せるわけがない。

 勝手に満足して、あっちでは力不足だったから辞めるなんて、絶対に許さない――。


「………」

「……レ、レン? だ、大丈夫? ものすごい怖い顔してるけど?」

「……あ、ごめん。何でもない」


 円歌に心配そうに言われ、首を何度か横に振り意識をあいつから取っ払う。いけないいけない。気にすることなんて全然ない。

 それから程なくして先生がやってきて、一限目の授業が始まった。

 けれど、気を緩める度にさっきの事を思い出してしまい、しばらく授業には集中できなかった。


 授業が終わり放課後になると、机の横に掲げられていたスクールバッグを手にして、素早く帰宅した。

 十五分程歩いて家に着く。自分の部屋には机の上に白黒調の小さな機械が置いてある。

 VRゴーグルだ。

 元々母親が持っていて、もう使わなくなったからあげるとちょうど10歳の誕生日に私にくれたのだ。

 着替えを済ませ、一度一階のリビングにある冷蔵庫からペットボトルを取りにいってから、部屋に戻りゴーグルを装着した。

 リーグ・グロリアスにログインすると、華奢で幼い顔立ちの人型アバターと共に、IDが表示される。


 ID:【Gabriel】


 これが私のIDだ。昔読んだ本に書いてあったキャラクターから取った。

 もう本のタイトルはなにか忘れてしまったけど、その名前だけは気に入っていて覚えていた。 


『そういや、なんかリークあったらしいんだけど、栃木の方に行ったって』

『へぇ、そうなんだ。何やってんだろーな』


 ゲーム内でも、なぜか不思議と今日は彼の事を耳にした。

 その言葉を耳にするだけで限りなく黒に近い灰色の感情が私の中を支配する。


『それって、ホントなの? いまいち信用ならないんだけど』

『らしいぜ』

『外で歩いてるのを見たって書き込みもあったな』

『へぇ……』

『それでさ、【SakuraFront】っていたじゃん? 元プロの』

『ああ、そいつがどうした?』

『匿ってるんじゃないかって噂も出てて』

『! ごほっ……ごほっ……』


 急に知っている名前が出てきて、水を飲んでいたレンは思わずむせた。

 それは叔父さんのリーグ・グロリアスのプロ時代のID名だったから。


『おい大丈夫か? 【Gabriel】?』

『……な、何でもないわ』

『そうか……ならいいけどよ』

『どうせ水でも飲んでてむせたんじゃねえの?』


 デイルが心配そう言葉を漏らすと、テイルが茶化すように笑う。

【テイル】と【デイル】。この2人はオンラインで知り合ったフレンドだ。


 たまたまランクゲームで遭遇した2人とフレンドになって、その後、誘われるようになり、次第に仲良くなっていった。私のことを女だからといって、普通に接してくれるのが、どことなく心地よかった。

 だから今はこうして3人でプレーしている事が多い。


『ねぇ、今の話ってほんと?』

『匿ってるの話か? らしいぜ。出処はその辺だから何とも言えねえけど。でも――』


 デイルは言葉を切ると、


『火のないところに煙は立たないって言うからな。案外気付いてないだけで、そばにいるかもしれねえな』


 含みありげにそう言って笑う。


 ふと前にお母さんが言っていた話が頭の中で想起される。――物凄いサプライズがあるって言ってたけど。


 それが何なのかは全く知らない。分からない。けれど、私の中で何かが繋がってくるような気がしてならなかった。

 抜け落ちていたパズルのピースが埋まっていくような感覚。けれど全てを埋めきるにはまだ足らない。


 残りのピースは自分の足で取りに行かなければならないのだ――。


 ◇  ◇  ◇


「ねぇお母さん。まだ前に言ってたやつって間に合う?」


 夕食時。

 私はお母さんに尋ねた。


「前に言ってたやつって?」

「あぁ、物分かり悪い! 叔父さんの!」

「ああ、あれね……。連絡はしてないから別にまだ大丈夫だけど……急にどうしたの? 心変わり?」

「別に!」

「別にって……」

「どうしても気になる用事ができただけ!」


 信憑性も定かではない情報群が、もう既に私の中では、ほぼ確信に近い何かに変わっていた。

 だから、どうしても直接行って確かめなければならない。

 


 そうして私は新たに一歩を踏み出す――。







































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