第14話 VS
やって来たのは、想像よりもかなり小さな女の子だった。
首元辺りまで伸びた優雅さを思わせるような銀髪、スラリとした顎、吊り上がった攻撃性を示す眉、色素の薄い翡翠色の瞳。
前髪はちょうど頭上にゴムで軽く束ねてあり、小さくきれいな額を覗かせ、フェミニンな私服姿で身を包んでいた。
第一印象は、なんというか、とても異質だった。あまり見ない髪色や顔立ちだからなのかもしれない。
だが、
それ以上に何よりも異質だったのは、雰囲気だ。
身体の大きさはどこからどう見ても子供そのものだが、彼女から放たれる並々ならぬオーラだけはおかしかった。
明らかに女子中学生が纏っていいソレではない。阿修羅か何かだ。
(これのどこが奥手なんだよ……恨むぞ店長……)
よしあきは心中で嘆いた。
ほんとうに詐欺にでも遭ったような気分だった。
「ねえ」
しばらくお互いに向き合った後、よしあきを鋭く捉えたまま彼女が唐突に呟いた。
「あなたはいったい、こんなところで何をしているのかしら?」
彼女――水瀬レンの第一声は、ありとあらゆる感情が凝縮されたような声だった。
「何を、って言われてもなあ……? 今はちょっと訳あって、ここにご厄介になってるってだけなんだが……」
「……っ!」
その質問はちょっと不思議に思ったが、特に考えもなしに正直に答えると、キッとさっきよりも一層凄まじい殺気が放たれる。
それに気圧されるように、よしあきはビクッと上半身を仰け反らせた。
店長から軽く話は聞いていたけど……想像以上だ。思春期の子は何を考えているのか本当にわからない。
「…………そ、それよりチームに入ってくれるんだって? とっても助かるよ。ちょうどメンバーが足りなかったんだ」
「…………で………」
気を取り直して、よしあきがめげずに一歩前に歩み寄ると、それと同時に彼女が何かを口にした。
が、顔が俯いているせいか聞こえない。
「ん? なんかいったか?」
「全然違う! そんなんじゃないから! 勘違いしないで! あなたみたいな二流プレーヤーに教えてもらうことなんてこれっぽっちもないからっ!」
水瀬レンは容赦なく言い放つ。
店中に響きわたるような甲高い声に、なんだなんだと近くで談笑していたギャラリー達が続々とこっちに集まってくる。
「おい、なんだ?」
「痴情のもつれか?」
「いや、違うみたいだぞ」
「じゃあタイマンか?」
「それはあるな。じゃあ若造か嬢ちゃん、どっちに賭ける?」
「500円、若造にベット!」
「じゃあ俺は大穴狙いで嬢ちゃんに300円いこうかな!」
「若造に有り金オールインいくぜ!」
勝手にざわざわとし始める。
その独特な雰囲気に慣れていないのか、レンはぷるぷると小刻みに身体を震わせていた。相当イライラしているようだ。
そんな喧騒に包まれる中、よしあきは小さい声でさらっと彼女に囁きかけた。
「どうせなら勝負するか。ハンデどうする?」
「…………は?」
理解できない、といったように口をぽかんと開けるレン。
「どうしてハンデなんかつけるわけ?」
「なんだ、なしでいいのか?」
「……っ!」
そんな上からの発言に対してレンは眉間にシワを寄せて表情を歪めると、
「あたしこれでもマスターランクなんだけどっ!? バカにしてるわけっ!?」
思いっきり叫ぶ。
途端、周囲のギャラリーが再びざわめいた。
「おい、マスターってまじかよ!? くっそつええじゃねえか。やっぱ俺嬢ちゃんの方にするわ」
「俺も俺も!」
「おい、それじゃ勝負にならねえだろ。誰かは若造に賭けろって」
「嫌だよそんなの」
勝手に外野で過熱するギャラリー達。
マスターランクは、人口比上位0・1%に入るレベルの上位ランカーだ。滅多にお目にかかれるものではない。
そんな声を気にするともなく、よしあきは言った。
「別にそんなつもりはなかったんだけどな……。ま、とにかくここじゃ他の客の邪魔になるだろうから移動するぞ。ついてこい」
「ちょ、ちょっと!? どこいくの!?」
急な流れについていけずあたふたしているレンに、よしあきは軽く立ち止まると顔だけくるりと振り返ってから言った。
「――もっと盛り上がる場所にだよ」
◆ ◆ ◆
よしあき、レン、並びにギャラリー一同は、プラクティスルームにへと足を運んでいた。もちろん店長には許可は取ってある。
互いにセットアップを終えると、よしあきが口を開いた。
「何試合勝負がいい?」
「1試合で十分よ」
「そうか。分かった」
レンの勝ち気な発言に、よしあきはあくまで冷静さを貫いて対応する。
こういう輩は今までに山程見てきていた。自分にはLGの才能があるのだと信じ込んで自惚れている。
周りより上手かったからと自信過剰になっているタイプだ。アマチュアゲーマーには多い。
「へぇ、スナイパーか。珍しいな」
ピックフェーズ中、よしあきがレンのロールを見て不意に感想を漏らす。
マークスマンのサブジャンルに該当するロールだが、弾数制限やリロードといった特殊な制約があるせいか使っているプレーヤーはほとんど見かけない。かなりレアだ。
「いいのか? 1vs1にはあんまり向いてないと思うが?」
「大丈夫。これで私、何度も格上に勝ってきてるから」
「ならいいけどな……」
そんなやりとりを交わしてるうちに、試合が始まった。
◇ ◇ ◇
先手はよしあきからだった。
序盤の低レベルからガンガンと接近戦に持ち込み攻撃を仕掛けに行く。
スナイパーであるレンは大器晩成型のキャリータイプなので、序盤はそれほど強くない。言ってしまえば、そもそも1vs1が強くない。
だから、ファイターであるよしあきがこの試合に勝つのは、相当な実力差がない限り、明白のことだった。
相手がスキルを繰り出したのを見てから、一気に攻め込み、まずはファーストキルを獲得する。
「………………あっ……くっ……!」
やってしまった、といったような呟きと、唇を噛みしめるような声が漏れる。
「さっきまでの威勢はどうした?」
「……まだ……全然楽勝だから……!」
よしあきの挑発に対して、虚勢を張るような声を上げながらも水瀬レンは諦めずに足掻き続けていた。
「……全然……戦えるから……!」
よしあきは一度レンと距離を取って、ポジショニングを修正し、再び攻め込む構えをする。
(――これで決めてやろう)
レベル6以降、ずっと使わずに残しておいた
【Flaw】がその場から中空へ空高く舞い上がると、【Gabriel】のいる位置めがけて勢いよく突っ込んでいく。
そして、【Flaw】が突進した位置を中心に衝撃波が炸裂した。同時に、激しい砂煙が立ち上がる。
誰しもが終わった、と。そう確信できるほどの刺さり方だった。
だが、
――彼女は諦めていなかった。
「……いまっ!」
「……? ッ……!?」
思わず息を呑んでいたのは―――攻めていたはずのよしあきの方だった。
何が起きたのか理解できなかった。気づけばHPバーが0になり、よしあきがやられていた。あっという間の出来事に、一瞬、頭が追いつかなかった。
レンは敢えて前方に入り込む事で、よしあきが放った
そこから反転して、完璧に自身のスキルコンボを繋げ、1キルを返していたのだ。
突進系のスキルモーションには使用後にわずかにだが硬直が発生する。レンはその隙を見逃さなかった。
「なかなかやるじゃん」
劣勢からの巻き返しは、よしあきの目からみても見事なものだった。
絶対に負けたくないと思わせるような粘り強さがある。そういった気概がひしひしと感じられた。
「当然よ。それより甘いんじゃない? もしかして鈍ってんじゃないの?」
「言うじゃねえか」
「落ちたわね」
「そんな調子に乗ってていいのか? まだ勝負は終わってないぞ?」
「ええ。だって、これくらいで倒せるなら次も余裕だもの」
レンの余裕綽々といった発言に、よしあきは何も返すことなくただ黙り込んだまま一度手をほぐして、次の戦闘に備える準備をした。
◇ ◇ ◇
そこからは一転して、ほとんどよしあきの独壇場だった。
「どうだ?」
「っく……!」
先程とは別人のように動きが打って変わって、寸分の隙も与えない慎重さに加えて、尋常ではないほどのプレッシャーを放っていた。
「ほら、そのラインは甘いぞ」
「……え?」
油断していたところを一気に《クラシック・リープ》で詰め寄って、《ソード・ショット》を叩き込み、相手のHPを一気に削っていく。
「まだ浅いな」
「……はぁああ? 嘘でしょっ!? 何で生きてるのよっ!?」
それを何度か繰り返し、先程築いたHP差の有利をキルへと繋げていく。
予想外の行動の連続にレンの精神は乱れ始めていた。こうなってしまえばもう巻き返しは望めない。
メンタルが崩れれば合理的な考えが出来ず、感情的になってしまい、プレーそのもの支障が出始めるからだ。
つい数分前まで互いに1キル同士でほぼ拮抗状態だったのが信じられないくらいに、よしあきが圧倒的に優位を築いていた。
「ま、こんなとこだろ。もう勝ち目はないぞ」
よしあきが3キルに対してレンが1キル。
このくらいの差がついてしまえば、1vs1ではほとんど勝負が決しているのと同じだ。
ゲームを終えるとよしあきが言った。
「その歳で、しかもスナイパーの割にはかなり上手だな。なかなか才能あるんじゃないか?」
「しょ、初期スキルに負けるなんて……! それもあんなにHP差あったとこから……! くぅぅぅ~っ……!」
レンはぎゅっと袖口のあたりを強く握りしめて、心底悔しそうな表情を浮かべていた。
素直に負けを認めているところを見ると、本来の性格はそこまで悪くないのかもしれない。ちょっと好戦的かつ情緒不安定気味なところはあるが。
「でも、やっぱり本物だってことは分かったわ。さすが日本で一番だっただけあるわね」
「「「………えっ?」」」
レンの発言に、その場にいたほぼ全員がまるで吹雪でも浴びたかのように硬直した。
流石のよしあきも、そのカミングアウトには驚きを隠せなかった。店長がその件に関しては、内緒にするよう伝えてくれていると思っていたから。現に最初会ったときは特に何も言ってなかったはずだ。
「よしあきって、もしかしてあの?」
「おいおいマジかよ……」
「だとしたらあの強さも納得だが……」
視線が一箇所に集中する。
キャップの中を見せろと皆が訴えていた。
観念してよしあきがキャップをゆっくり取ると、それを見てみんな目を丸くしていた。
「まさか、こんな近くにいるなんてなー。びっくりしたぜ」
「今度また見せてくれよ!」
「ああ! さっきの試合は中々震えたぜ! 嬢ちゃんもあのアウトプレイはかっこよかったぞ!」
「あの【Yoshiaki】相手に返せるなんてなあ!」
ぱちぱちと拍手があがる。
案外友好的に接してくれて助かった、とよしあきは安堵した。
「……おいおいこれ大スクープじゃねえかよ…………って、え?」
どさくさに紛れて逃げようとしていた一人のギャラリーが、アリーナの出口付近で待ち構えていた店長に肩を叩かれ、ビクッと身体を震わせていた。
それから店長は、その場にいる皆に向けて声を大にして言った。
「みんな、この件に関しては内密でよろしくな? 頼むよ」
店長は満面のアルカイックスマイルを見せていたが、その表情に隠れていた空恐ろしさに全員揃って「はい」と頷くことしかできなかった。
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