第2話 再スタートを切る。


 ――《リーグ・グロリアス》。

 

 正確にはMMORPG・《Sky Castle Online》にサービス開始から2年後に導入されたPvPアリーナモードである『グロリアス戦争』をリメイクしたものだ。

 それがVRゴーグル・《Octopus》に対応したことで話題となり、たちまち人気を博した。

 ジャンルはMMORPGの要素を踏襲しつつも、戦略性を絡めているRTS《リアル・タイム・ストラテジー》を含んだMOBAというジャンル。


 MOBAとは《マルチプレーヤー・オンライン・バトル・アリーナ》の略で、2つのチームに別れて、敵プレーヤーを倒しながら、装備を整えて、拠点破壊を目指すスタイルのゲームである。

 装備といった概念は、ゲーム中のMMORPGとは別扱いになり、そこでは誰しもが平等のラインで闘えるような仕様。

 そんなFree to Playシステムが一躍大人気となり、その母体となるゲーム会社・《Astral》社がそのゲームを主体として新しく作り上げたのだ。


 何といってもこのゲームで一番魅力的なのが、《Octopus》に備わっている脳波測定システムBMI・《Octa》である。


 BMIとは、BrainーMachineーInterface《ブレイン・マシン・インターフェース》の事であり、脳に流れる電気信号を読み取るプログラムの総称だ。

 これによって、キーボードやコントローラーといった入力インターフェースが一切必要なくなり、頭の中ですべてが完結できるようになった。


 即ち―――。


 頭の中で自分がイメージした通りに、自身のキャラクターをスタイリッシュに動かせるというわけだ。

 そんな夢のような画期的なシステムによって、自分自身が作り上げたアバターだけでなく、スキルモーションをも自らがカスタマイズすることができることとなった対戦ゲームのいわば革命的なゲーム。


 それが――――《リーグ・グロリアス》である。



 ◆  ◆  ◆



 ――栃木県宇都宮市某所。



 数時間かけて所定の場所に着くと、料金を払いドライバーに礼を言って、タクシーから降りた。

 外は春にしては寒い風が吹き荒ぶと、よしあきはきゅっと肩をすくめた。

 時刻は深夜1時を回っていた。

 けれども眼前に映る店は、今にしては古臭いネオンの看板が営業中との文字が煌々と輝いている。若干、「営」の上の部分が消えかかっているが。


 ――サイバーネットカフェ・《ゲーミング・ラバーズ》。


 昔変わらぬ、今にしては古臭い外観を、感慨深い思いで眺める。

 ここは、よしあきが学生時代に根城にしていた場所でもあった。

 プロになる前――すなわちアマチュア時代にお世話になった思い出の場所だ。


 自動式のドアが開く。

 店内は外と変わらない程、薄暗かった。街灯の代わりとなるモニターの電気がひっそりと息をしているかのように明滅するのみだった。当然だ。今は深夜で常夜灯に切り替わっている。眠っている客も多いので、静かにするのがマナーだ。


 カウンターにいる薄緑色のエプロンを羽織っていた男店員が怪訝そうにこちらを一瞥する。見ない顔だった。新しい人かもしれない。

 よしあきはカウンターの方まで向かい、会員証と身分証を掲示する。


「席は? どっちにします?」


 どっちにしますとは、オープン席か個室かという意味ではない。


 PCを使うか、VRゴーグル《Octopus》を使うかという意味だ。

《Octopus》並びに《リーグ・グロリアス》の爆発的人気により、ネットカフェでもそういった専用の席が設けられるようになったのだ。VR席は棺の形を模したカプセル型といったものが多く、寝転がってプレーするのが主流となっている。半円状に密閉された空間が、よりゲームの世界に取り込めるようになっているらしい。

 けれど、よしあきには関係ない事だった。


「PC、シングルの一番奥で」


 そう、簡潔に告げる。

 よしあきは《Octopus》を使っていないのだから。何なら必要すらなかった。

 フラット席の一番奥に入る。長らく使われてない形跡が残る一世代前のPCがお出迎えしてくれた。


 よしあきは長年使っていた椅子に久々に腰掛けて、モニターの電源をつける。すると、全身に全盛期のあの頃の感覚が戻ってくるように感じた。


 この席は店長が、よしあきの為に、取っておいてある特等席のようなものだった。


 椅子の傾き、モニターとの距離、明滅具合。

 そういった全てがよしあきの最適パフォーマンスを出すためにだけにある特別席といっても過言ではなかった。この席を1年間近くこの状態のまま保ち続けてくれた店長には感謝しかない。

 

 1時間近くにわたる長いアップデート(1年間やっていなかったから当然のことだが……)を終え、久々にJPサーバーにログインしようと思ったところで、キーボードに添えられていたよしあきの手が止まった。


 ―――……IDが、ない。


 正確には安心してログインできるという言葉が前につく。彼のメインIDである《Yoshiaki》はもちろんこのJPサーバーには存在するが、ログインした時点で周囲に俺の存在がバレてしまう。今は土曜日の深夜。やっているプレーヤーが最も多い時間帯だ。下手したら、またどこかで拡散されかねない。


「別のにするか……」


 よしあきは【新規キャラクター作成】のボタンを押して、一からキャラクターをつくり直していく。スキルは独自にアレンジできるといったが、それはVRでプレーしているプレーヤーだけだ。PCでプレーしているプレーヤーは既存のスキルからいくつかを取捨選択するだけに限られる。

 しかもこれは《リーグ・グロリアス》をプレーするにおいては決定的に不利となる。

 なぜなら、スキルモーションが相手に知られてしまっているからだ。

 敵プレーヤーと対峙したときに、キャラクターのスキルモーションの初動、軌道、射程、といったものは全て自分の武器になる。通常では、敵と闘いながらどんなスキル構成を組んでいるのかを学んでいく場合が多い。けれど既存のスキルを使用するということは、パブリックであり、相手に知られている可能性が高いのだ。モーションもシンプルで分かりやすいものが多く、回避されやすい。


「ま、こんなもんでいいだろう」


《クラシックリープ》 《ソード・ショット》 《硬化》 必殺スキル:《覚醒飛翔波》


 極めてシンプルなスキル構成。キャラクターとしてみるなら、特にこれといった特徴もなく弱みもなく、いうなれば器用貧乏だ。

 それでもよしあきは気にすることなく、【作成完了】をクリックする。するとすぐさまAIプログラムが起動して、算出中の文字が表示される。スキルのモーションを確認して、それに見合ったダメージやクールダウン、射程距離などといった細かいデータが設定されていく。


 スキルモーションの組み合わせによって、そういったパラメータは調整される。

 自らがオリジナルで作ったものでも、そのスキルのどれもが高ダメージでクールダウンも強すぎたらゲームバランスの崩壊を招いてしまう。だからそういった細かいデータは全てAIプログラムが行うことになっている。登録された何億といった大量のデータからランダムに値を設定するのだ。

 しばらく経過してデータの設定が終了した。


 最後にキャラクターID名をどうするかだが……。


「そうだな……」


 よしあきは、何にしようかと少し逡巡した後。


「ま、これでいいか」


 軽く呟きながら、よしあきは【決定】のボタンを押す。



 キャラクターID:【Flaw】


 

 それがよしあきの新しい《リーグ・グロリアス》でのキャラクター名となった。


 

 


 









 

  









 

 

 




 


 

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