1部 オンライントーナメント編

第1話 王者よしあき、涙の帰国


 ――ひゅーーーーーーーっ。

 

 窓越しからでも聞こえる、大きな、轟音とも呼べるほどの飛行音が幾度となくやってきては人々の耳を劈いた。

 空港のターミナル入り口にはざわざわと何人もの記者が集まっていた。どうやら誰かを出待ちしているらしい。

 けれど何十分経っても、その当人は一向にやって来る気配がなかった。もうとっくに彼が乗っていたであろう、【LAX(ロサンゼルス) to NRT(成田)904便】はこっちに来ているはずだというのに。おかしい。

 疑問に思ったのか、どこかの記者の1人が傍にいたアシスタントに向かって探しにいけと命じた。アシスタントはすぐさま頷くと、ショルダーバッグを置いて、小走りで中の様子を見に行く。


 ――数十分後。


 アシスタントがぜぇぜぇと息を切らせながら、戻ってくると脇目を振ることなく高らかに叫んだ。


「どこにも見当たりませんでした!!」

「なんだとっ!? ちゃんと探したのか?」

「はいっ! ですがどこにも……」


 考え込むように視線を遠くにやり、舌打ちを鳴らす記者。

 その声を聞いていたのか、他の記者もざわざわとし始めた。すぐさまどこかへ移動を始めたものもいる。


 だがそれは当然のこと。

 見つかるはずもないのだ。

 なぜなら――


「ふざけんなよ……」


 ――その当人は、トイレにこもっていたからである。


「なんであんなに出待ちしてんだよ……」


 訳がわからない。

 この一言で彼――よしあきの頭の中は埋め尽くされていた。いくらなんでも理不尽すぎる。

 先程、入り口の方をちらっと遠目から覗いてみたが、あまりの人の多さにびっくりした。

 みんなが目を煌々とさせて、まるでスクープネタが欲しいとでもいったようなギラついた視線を向けている。小型カメラを持って、ライブ配信をしている輩もいた。


 このままでは確実におもちゃにされてしまう。


 それを忌避したいがために、こうして今必死に抵抗しているのであった。

 もっとも、これからどうすればいいかといった最善策は全く講じれていないのだが……。


「どうすっかなぁ……」


 頭をカリカリと掻きながら考えるが何も妙案は思い浮かびあたらない。

 特にやることもなく手持ち無沙汰だったので、ポケットに入っていたスマートフォンを起動して、ちらっといつものサイトを恐る恐る覗いてみる。

 すると、そこには――


【よしあき出待ちスレ(LG強豪チームTEGを地に落としたあいつを許すな)】


『絶対許すんじゃねえぞ』

『あれだけ大口叩いてたのに、よくこっちに戻ってこれたよな。生きて帰れると思うなよ』

『春シーズンはいつも通り優勝してたのに、あいつが入ったせいで一気に7位まで落ちた』

『ほんとそれ。10位中7位って初なんじゃね?』

『たぶんそうだな。5年間くらいLGのプロシーン見てるけど、TEGはいっつも3位以内だった』

『八百長か?』

『まさか。単純に下手なだけだろw』

『だよなー。プレー見ててもあれはないわーって思ったもん。低レートでもやんねーよあんなの』

『やっぱ今どきマウスとキーボード使ってるのがオワコンなんだよ』

『それだよな。あいつだけだろプロでVR使ってないやつ』

『プロじゃなくて今はただのニートだろw』

『だなw』

『んな事より、出待ち配信見ようぜ。どんな面して戻ってくんのか楽しみなんだけど』

『それにしても、遅くね?』

『だな。逃げたのかもな』

『でもちゃんと空港は全方位確保してるらしいぞ』

『じゃあ今頃どっかにたてこもってんじゃね?』

『ありえるありえるww』


「…………うっ……」


 全身からサーッと血の気が引いていく。

 それ以上見るのはもう耐えられそうになく、ブラウザをそっとじした。


 ちなみに掲示板を見ている最中、よしあきは貧乏ゆすりでガタガタと床を鳴らしており、トイレにいた他の人間がそっと扉の方を怪訝な目で見つめていたが、そんなの今の彼には知ったことではない。


「だったらお前らが出ればいいだろーが……くそっ……」


 ありとあらゆる感情がこの場で爆発してしまいそうになるのをかろうじて残っていた理性で堪えつつも、やがてボソっとそう吐き捨てた。


 所詮はネットの匿名掲示板。相手にしていてはだめだ。こんな奴ら相手にしたところで何にもならない。

 そう自分を戒めつつ、トイレに籠る事を決めるのだった……。



 ◆  ◆  ◆



 2028年9月。


 科学界ではAIが発展してシンギュラリティが騒がれている中、ゲーム界隈では革命のような出来事が起きた。

《リーグ・グロリアス》

 世界中のコアゲーマー達が待ち望んでいたゲームが、ようやく世界で同時にサービスが開始されたのだ。

 期待を裏切ることなく設計されたゲーム性の高さに、またたく間に世界中で大人気となったPvPゲームである。

 広大なマップの中で、自分のカスタマイズしたアバターやスキルでプレーヤー同士で戦うことをメインとしたFree to Playシステムを採用した対戦ゲームだ。


 よしあきは、《リーグ・グロリアス》のJPサーバーでラダーランキング1位を取り、その手腕を買われ、アメリカの強豪eスポーツプロゲーミングチーム《Team・Elite・Gaming》――通称TEGに加入した。

 TEGは、NAノース・アメリカファンのみならず、世界中で愛されているチームだ。いうなれば、『リーグ・グロリアス』プロシーンにとっても花形のチームといっていい。

 けれど。


 そこから待ち受けていたのは地獄そのものだった。


 アメリカのリーグ大会ではほとんどボロボロといっていいほどの成績を叩き出し、ファンの期待を彗星のごとく裏切ってしまった。

 アメリカに出発するまでは空港まで駆けつけてきて応援してくれたファンもたくさんいたというのに、今ではもうアンチが湧くばかりだった。


 ――でも、仕方ないだろ?


「5vs5なんてほぼ専門外なんだから……」


 そう。

 よしあきが強かったのは1vs1部門だ。NAでは5vs5のチーム戦が標準形式であり、1vs1部門はあまり人気がなかった。もっとも、その1vs1部門でさえあっちではいい成績を残せていなかったのは事実だが。

 もちろん1vs1でも5vs5でもゲームの仕様そのものはほとんど同じなので、決して弱いわけではない。

 が、NAのプロシーンで活躍するには到底壁が高かったのである。

 それに加えてチームメイトとのコミュニケーションにおいて致命的な点があった。もちろんコミュ障だからではない。


 単純に、よしあきは英語がてんでダメだったのである。


 中学時代の英語の成績は3年間、2と1のオンパレードであり、5W1Hですら、はぁなにそれおいしいの? とそんなレベルだったからである。


 ゲーム内ボイスチャットに導入されている音声自動翻訳システムを使っても、肝心の部分で齟齬が生じてしまい、思った通りに伝わらないことが度々あり、それがゲーム中に悪い方向にへと繋がってしまっていた。


 更に海外といった慣れない舞台での緊張や食の違いなど諸々の事があって、TEGは10位中7位という今までにあり得ない順位を叩き出したのである。

 その影響を受けてよしあきは自主的にチームを抜けて、帰国し、現在に至るというわけだった。



 ◆  ◆  ◆



 ―――夜。


 周囲に最大限の警戒を巡らしつつ空港から出たよしあきは、タクシーで帰ろうと思い、ロータリーの前に来ていた。記者は逃げられたと思ったのか、諦めて誰しもがいなくなっていた。

 ふぅ……、と先程まで緊張で張り詰めていた全身を和らげるように息を吐き出す。

 しばらく待っていると、タクシーがやってきた。


「どちらまで?」

「ネットカフェ『ゲムラバ』まで」

「どこのです?」

「宇都宮」


 キャップで顔を隠しながら、ドライバーの質問に簡潔に答えると、窓越しから外を見つめる。

 管制塔のぼんやりとした光が、じわじわとなぶるように瞼に突き刺さってくるように感じた。












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