第6話 店長との再会、よしあきの決意
「なかなか上手いじゃない!」
よしあきがAIモード難易度:【Ultimate】を終えると、逆上が椅子の背面を掴みながら高らかに叫んだ。
何様だよ、と心の中で愚痴るも、どうせこいつにどんなイヤミを言っても無意味なんだろうなぁ……、と思い口にするのを諦める。割り切るのは大切だ。
「これで満足したか?」
「とっても!」
曇りのない返事に、よしあきは嘆息するしかない。
さっきプレーしたときよりも多少結果はマシにはなっていたものの、まだ納得しきるには至れないラインだった。
その場で、天井に向けてぐーっと伸びをすると逆上が言った。
「あぁー……、あたしもLG久々にやろっかなぁー……」
そう独り言のように呟くと、何やらチラりと意味深な目配せをしてくる。
さっきからずっとなんだが、椅子の上部をぐらぐらと動かしてきていてウザい。
その場で少し首を上に向けると、逆なんとかはやっぱりこっちを見下ろしていた。
覆っている形になっているせいで、さっきからフロアの明かりが若干暗くなっていて鬱陶しいことこの上なかった。
「なんだよ……」
「べっつに~?」
何やら言いたげな顔で一瞬こちらを一瞥したが、すぐにそっぽを向く逆上。なんなんだよほんとにこいつは。
よしあきがキーボード脇においてあるコーヒーに口をつけて、ほっと一息吐く。するとそれを見ていた逆上がふと口を開いた。
「そういや思ったんだけど……何でVR使わないわけ?」
リーグ・グロリアスをVRでプレーした方が確実に強くなれるのは、プレーヤーの中では周知の事実だった。
現に、プロプレーヤーもVRが対応された途端にこぞって乗り換えていた。
理由は単純明快で、反応が今までよりも素早く行うことができるからといったその一言に尽きる。従来行われていたはずの相手の動きを読んで、脳で理解し、運動神経を伝って、キーボードまでに入力するといった動作が、全て脳内で完結するようになった。
つまりVRを使えば、後半部分である脳から運動神経を伝って手で入力するといった動作が一切必要ない。秒数にすれば、それはたった10ミリ秒といったごくわずかの差でしかないが、その差はプロの世界ではとても大きなものとなる。
実際、VRゴーグル《Octopus》の登場で《リーグ・グロリアス》のプロシーンは格段に競技レベルがあがったとも言われているくらいだ。今どきプロプレーヤーでVRを使っていないのなんてよしあきくらいなものである。もっとも、その彼も今はもうプロではなくなってしまっているのだが。
「別に。大した理由じゃないけどな」
よしあきはそういって言葉を濁すと、そっと瞼を伏せる。逆上は疑問に思いつつ、目を細めると、やがてぼそりと言った。
「なんか……お前には言いたくない、みたいな顔してるんだけど?」
「おお! よくわかったな」
「――っ!」
くしゃりと顔を激しく歪める逆上。――ああもう、ほんとにこの男は!
そんな彼女の様子を見て、よしあきはしてやったりといった感じでくくっと鼻で笑っていた。
と、その時だった。
ガチャッと裏口から、戸の開く音がした。
このフラット席の一番奥の特等席には、すぐそばにスタッフルーム専用の扉があり、更にその奥の外にある裏口自体が近いので、朝のこういった静かな時間帯は誰かが入ってくるとわかるようになっている。
足音は一切の迷いなく、こちらの方に近づいてきて、やがてすぐ後ろにある扉が開く。
「おう、よしあきじゃねぇか!」
会うのは久方ぶりというのにも関わらず、まるで、いつも会っているような快活な口調で挨拶してくるのは店長だ。
よしあきよりも10センチ以上小さい小柄な体躯ながらも、身体つきはがっしりとしており、肌は小麦色に焼けている。
髪はダークブラウンの短髪で、30歳近いといえど、大学生と並んでも遜色ないくらいにはまだまだ若々しく見える。
現在はここ――ゲーミング・ラバーズの店長兼オーナーを務めている人で、よしあきもアマチュア時代には店長にいろいろとお世話になった。
そして柏浦は、リーグ・グロリアス初期のプロプレーヤーでもある。
リーグ・グロリアスは、サービスを開始しておおよそ8年ほどが経過する。そのシーズン1やシーズン2といった、いわば日本LG界の初期のプロシーンを支えてきたプレーヤーといっても過言ではない。今は引退して、ここで店を切り盛りしながら、LGの講習会を開いていたりなんかもする。
「店長、また焼けました?」
「ああ。最近海行ってるんだよ」
「……海?」
よしあきは眉をひそめる。
「わざわざ他県まで行ってるってことですか?」
「いやいやそうじゃない。最近うちに日焼けマシンを導入してな。それがVR対応だから、毎日海に行けるんだよ」
「な、なるほど……」
なんだそれ、とよしあきは内心苦笑する。店長らしいといえば店長らしいのかもしれない。
久々に会ったということもあり、お互いに軽く現在の近況なんかを数十分話し合ったところで、店長が肝心の話を切り出した。
「それで……よしあき。お前FA宣言はしたのか?」
店長の問いによしあきはそっと目を伏せると、静かに首を横に振って答えた。
チームを抜けた以上、よしあきはFA宣言を行使することができる。
FAはフリーエージェントといって、他チームとの自由契約ができる状態及び選手のことだ。
よしあきは日本でも有数のLGプレーヤーであることは間違いない。SNSなどといったメディアを利用して、FA宣言を行えば、どこかしらのチームからは十中八九、声がかかるだろう。
けれど、まだ行えていなかった。気持ちの整理がついていなかったのだ。
そんな反応を見て店長も自然と押し黙ってしまう。店長は、そうか、と静かに呟いてから、壁にかけられた時計の方に視線をやるとそっと腕を組んで言った。
「まぁ、ゆっくり考えるといい。お前はまだ若いんだからな」
諭されるように言われ、よしあきは頷くほかなかった。
「それでなんですけど……」
よしあきは一瞬言葉を切ってから、
「……しばらく……こっちにいても……いいですかね……?」
頬をかきながら、苦笑するように言ったものの、肝心の声はところどころ掠れてしまっていた。
よしあきが発した言葉というのは、詰まるところ、自分がアメリカで喫した悲惨な結果を受け入れる言葉であり、プロとしてやっていけなかったという事実を認める言葉でもあった。自分の実力のなさを受け容れる。それは日本で常にトッププレーヤーだった彼にとっては、筆舌に尽くしがたいほど重い言葉だったのだ。
「それくらいは任せておけ」
頼りがいのある店長の言葉に身をあずけるかのように、よしあきはゆっくりと首を縦に振った。それから、休んできますと言葉を残し、休憩室のある2階の方へと移動していった。
◆ ◆ ◆
逆上は途中であの場をそっと離れて、一人でVR席に向かっていた。なんとも物々しい雰囲気が漂っていて、いたたまれなくなったからだ。
空いている席に会員証を差し込み、席に横たわる。カプセル型コンソールに入るのは久しぶりだった。臨場感を味わうために、ムービーなどで使う人は多いが、いちいち横になったり被ったりといった工程が面倒で、逆上はあまり使っていなかった。
横になると、備え付けられているVRゴーグル・《Octopus》を装着する。
端末横に付けられた電源ボタンを押すと、英語や数字の羅列が並んでから、すぐに画面上にプログラムが立ち上がりOSが起動する。
もうすでにBMI《Brain-Machine-Interface》は使用可能な状態になっているので、頭の中で言葉にするだけでいい。
(――《リーグ・グロリアス》、起動)
一瞬、画面が暗転すると、すぐさま《リーグ・グロリアス》が起動した。
ID:【登り坂】
自分の名字をもじっただけのシンプルなID名。それが逆上陽菜のゲーム内でのキャラクターネームだ。
ログインして《広場》に飛ばされると、朝の時間帯にも関わらず、たくさんの人で賑わっていた。楽しそうにチャットで談笑している者もいれば、スキルモーションをクリエイトしてる者もいる。プレーヤー人口に限っていえば、《リーグ・グロリアス》は数あるオンラインゲームの中でも群を抜いて多い。
けれども、今の逆上にはチャットなどのそういったものは関心がなく、一刻でも早くゲームをプレーしたい衝動に駆られていた。先程、彼――よしあきのあんなにも淀みなく洗練されたプレーを見て、自分もあんな風に動かしてみたくなったのだ。
逆上は、ゲームの中に飛び込むために、頭の中でトリガーとなる言葉を念じる。
(――
一般的なMOBAは見下ろし型である俯瞰視点のものが多いが、《リーグ・グロリアス》では3人称視点を採用している。元のゲームがMMORPGとなっているので、その名残らしい。
久々のゲーム内の雰囲気に、逆上は思わず圧倒されそうになった。グラフィックは現実と見間違いそうになるくらいに精細で、独特なタッチで描かれたオブジェクトは、北欧地方の人里離れた深い森に迷い込んでしまったような不思議な感覚を与えてくれる。
画面右側には、ゲーム内マップである《グロリアスの森》が上から見た図で表示されている。ベースであるこの要塞と配置されているタワー付近だけが明るく照らされており、あとのマップの半分以上は暗く霧がかかっていて真っ暗だ。
反対の左側には、今しがたマッチングしたメンバーのアイコンとそれぞれのHPバーやMPバーが緑と青で表示されている。
画面下部には自分のキャラクターのHP、MP、スキル、ステータス、所持金、アイテムといった項目といったパラメータ。
これが《リーグ・グロリアス》の画面UIだ。VRでも、PCとプレーする場合と基本的に表示画面は変わらない。
自分の傍にはランダムでマッチングされたオンラインプレーヤーが他に4人。
妖精のような可愛らしいアバターのプレーヤーもいれば、大柄の闘牛を模したような中々にいかついアバターのプレーヤーもいる。
「はい! 自分サポートやります!」
初めに声を挙げたのはピエロみたいな格好の独特のアバター。顔のペイントがなかなかにリアルで狂気を感じる。
【ロール】は、プレーヤー同士で相談しあって決めなければいけないというのがLGにおいての共通ルールだ。
オンラインマッチングだと、被ってしまうこともあるために、プレーヤーは基本的にいくつかの【ロール】のスキルページを持っているのが一般的である。
【メイジ】【マークスマン】【タンク】【ファイター】【サポート】
おおよそ必要になるといわれているのがこの5つだ。
【アサシン】といった近接火力職や【デバッファー】等といったものも加えると戦略の幅は広がるが、基本的にこの前衛x2、後衛x2、サポートx1の構成が作れれば問題はないといわれている。
話し合いの末、逆上は【メイジ】をやることになった。彼女は元々、メインロールであるのは【サポート】だったが、久々だし、それにこれはAIモードで練習みたいなものだから何でもよかった。
自陣の要塞には3つの入口がある。それぞれに道がのびていて、ところどころ暗いものの、定間隔で配置されるタワーが視界を提供してくれている。
上の道を行けば山があり、中央に行けば橋があり、下に行けば谷がある。演出として描かれているだけなので、高低差といったものは特にない。
これらはそれぞれ【トップレーン】、【ミドルレーン】、【ボトムレーン】と呼ばれている。《リーグ・グロリアス》ではキャリーである【メイジ】は一般的にミドルレーンに行くのがセオリーだ。
【ピックフェイズ】を終えて、ゲームが開始するやいなや、魔法攻撃が上がるリングとポーションを買い、ミドルレーンに向かおうとした。
だが、そこで思わぬアクシデントが発生した。
(………あれ?)
目の前にある自分のアバターが思うように動かないのだ。前へ進もうと思っても、中々進まない。もしかして壊れているのか? 一瞬そう思ったが、まだ決めつけるには早計だろう。そう思い、1度スキルを発動してみる。だめだ。全くもって反応しない。
「どうしたの? ベースにいるけど大丈夫?」
「放置……じゃないよね?」
逆上が全く動いていない様子を見て、心配そうな声がいくつか飛んでくる。
「ちょっとBMIがバグったのかも……」
周りのみんなを安心させるために、逆上はそう答えるしかなかった。じゃあ仕方ないね、再起動してみたら? といった声が返ってくる。それを聞いて逆上はホッとした。もしこれがPvPモードだったら何を言われたか分かったもんじゃない。
(あぁもう……何でこんなタイミングで……)
焦燥と苛立ちばかりが募る。けれどもBMIはうまく作動しているはず。
試合前には必ずロード中に点検が入る。もし、不具合があればゲームから弾かれるようにシステムが組まれている。
結局。
ゲームに一度も参加できぬまま、逆上は1人ベースに待機状態で、ただ周りのプレーヤーたちに不可解な目で見られつつ終えていくのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます