24話 常磐海 その1


「最近海、調子いいよね。なんかあったの?」

「いいや。別に」


 花菱灯の問いに対して、部長である常磐海は部室から窓の方を見つめながら冷静に答える。

 校舎のグラウンドには運動部の疲労を匂わせる掛け声が響いて聞こえてきた。


「これならトーナメントも勝てそうだね」

「……ああ。そうだな」


 回答は心ここにあらずといった感じ。

 横にいた花菱灯が「どうしたん?」とフランクに訊ねるものの、答えは帰ってこない。


 常磐海は先刻のことを思い出していた。


『私たちと練習試合をしてください!!』


 先日の合同会議の際、抵抗してきた二部にいた少女がそのように申し込んできたのである。


 はじめは冗談かと思った。

 勝てるはずがないのに挑んでくるなんて向こう見ずもいいところ。或いは、茶化しにきたか。

 すぐに追い返そうと思った。

 こんなやつ、相手にしていてもしょうがないのだから。


 けれど、そうじゃなかった。彼女は本気だった。

 黒い瞳は純朴で、それでいてまるで烈火のごとく燃え盛っていた。 

 情熱の炎に満ちた眼差しに、常磐海は無意識に気圧されていた。

 彼女から迸る、尋常ではないプレッシャーに。

 今朝の光景を思い返す度に、思わずニヤりと笑みが溢れる。

 ――楽しくなってきたじゃねぇか。


「それより練習試合、次どこなの?」


 残念なことに、予定は既に埋まってしまっている。

 ベスト8の強豪チームともなると、練習試合をしてほしいという要望が全国から後を絶たない。

 当然実力差があってはただ時間を無駄にしてしまうだけなので、いつも本戦に出られるような相手チーム複数をローテーションで回していた。


 だが、こうしてはいられない。

 それ以上に面白いのを見つけてしまったのだから。


 ポケットからスマホを取り出して、マネージャーに電話をかける。

 コール音が響く中、常磐海は灯に向けて、笑いながら言い放つ。


「ちょっと試してみたくなったのさ」

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