第16話 Chaos



「やったぁぁぁあああああああぁぁぁっ~~~~~~~~!!!」



 歓喜と疲労が混ざりあったような声がプラクティスルーム一帯に響きわたると、逆上陽菜さかあがりはるなは大きく両手を天井に向けてぐっと伸ばしながら、ふぅー、と長く息を吐いた。


「やりましたね逆上さん!」


 中条がそばに駆け寄ると両手を出す。逆上もそれに合わせて、互いにぱんっとハイタッチ。気持ちのいいくらい高い音が鳴った。

 よしあきも少し離れたところから手を叩いて称賛の拍手を送っていた。心の中で、おめでとうも添えておく。


 実のところ、よしあきは敢えて目標を高めに設定しておいた。

 以前よしあきが逆上とタイマンした際に、プロプレーヤー相手にも関わらず、その並外れた負けず嫌いについては嫌というほど理解していた。

 だから彼女のようなバイタリティ溢れるタイプには、絶対にやってやるという意識が募り、上手く機能すると思ったからだ。


 中条に関しても、部長を倒したいという明確な目的意識がある。

 元々実力が備わっていたというのもあるが、やはりそういう強い意志があることによって、より才能を伸ばしたといえるだろう。


 ともあれ、二人共最初の目標は達成することができた。

 中条は昨日の内に終わっていたものの、逆上はどうしても後一歩のところが届かずに、ヤケクソになって投げ出しそうな事もあったが……まぁ何とかなったようだ。


 逆上がこちらに向くと、ふふん、と誇らしげに胸を張る。


「どう?」

「……浮かれてるのはいいけど、まだまだこっからだからな?」

「分かってるって」


 とはいえ、現状はあくまでスタートラインに立ったに過ぎない。

 中条が言っていた例の部長達のチームに五分で張り合える状態を10とするなら、今は3か4くらいだ。

 それでも、一週間みっちりひたすらAIモードだけを練習した成果はきっちりと出ている。

 プレーにもひどいミスが減り、ある程度は様になっていた。

 これは間違いなく彼女達の精神力の賜物だろう。強靭なメンタルと、成し遂げたいというモチベーションがそうさせたのだ。


「ちょっとー? あのー、そっちだけで話進めないでくれますー? こっちにもいるんですけどー?」


 と、皮肉そうに声をあげるのは水瀬レン。彼女は今日はゲーミング・ラバーズには来ずに家から接続してプレーしている。

 よしあきのヘッドセットから漏れ出る音に気付いた他の3人が慌てて、「ごめんごめん」やら「悪い」やらと各々謝罪の言葉を返す。


「もうやりきった感だしてるのは別にいいんだけど、それよりメンバーはどうするの? 集まらなきゃ話にならないわよ」

「「「………」」」


 さっきまでのわいわいとした雰囲気が一瞬でお通夜になる。

 個人練習の方は順調に進んではいるものの、肝心のメンバーはあれから数日たった現在も集まっていなく、5人での練習試合は一向に始められそうになかった。

 中条が申し訳なさそうに口を開く。


「ご、ごめんなさい。学校で探したんですけど見つかりませんでした……。何ていうか、知り合いの部員はみんな自粛してるみたいで……」


 最後の頼みの綱であった彼女もどうやら駄目そうだった。

 逆上も大会をやってくれるような知り合いはいないらしいし、レンに限ってはプレーすることさえ言っていない。


「別にそんな謝る必要はないだろ。それより募集っていつまでだ?」

「確か今週の金曜まで、ですね」

「…………………………ガチ?」

「ガチです」


 思ったより時間がない。

 今年のオンライントーナメントは急な時期変更もあってか、例年よりタイトなスケジュールが組まれている。

 下手したら参加できるかどうかさえも危うい。そんな状況だった。中々オフラインで参加してくれる都合の良い人なんてそうそう見つからない。

 元々条件が厳しすぎるというのもあるが、こっちも色々と訳ありなのだから仕方ない。



 視界の隅には逆上がぐっと伸びをしながら、リフレッシュしていた。

 よしあきも一度コーヒーでも買いに行こうかと思ったところで、何やら不意に耳がざわざわとした感覚に囚われた。


(――なんだ?)


 そんな疑念が湧くと同時に、よしあきのすぐ後ろにまできていた中条が呟いた。


「何やってるんですか、これ?」

 

 そこには、女一人に対して男複数人が群がっている光景。広場のオープンチャットで堂々と喋っている。

 そういえば、いつぞやも見た気がする。

 そういうのにあまり興味がないからID名なんて全く覚えちゃいないが、結構いるものだ。


「あれはね……一種のロールプレイよ。姫プレイともいうわね」


 よしあきが説明しようとしたところで、ボイスチャット越しにレンが冷静な口調で代弁した。


「ロールプレイ、ですか?」

「戯曲とも言うわ」

「ぎ、戯曲……?」

「ええ、そうよ。ほら、あそこの中心にいる【るりちゃんっ】って子がお姫様役。それを囲んでいる男たちが騎士役なの」

「ただのタカリだろ……」


 あまりにもレンの解説には語弊があるような気がしてならなかったので、よしあきが丁寧にその実態を教えてやることにした。


「とまぁ、そんな訳だ。オンラインゲームじゃよくあることだから、別に気にしなくていいぞ」 

「へぇ、初めて知りました」

「まぁ、色々な世界があるんだよ。別に気にしなくていい。もしかしたら、あれも実は全員男かもしれないしな」

「え゛っ」

「所詮アバターだからな。性別なんていくらでも変えれるだろ」

「それでアイテムとか貰うって、ただの詐欺じゃないですか……」

「そうとは限らないわよ」


 レンが二人の中に割って入ると、


「貢いでいる方は庇護欲を見いだせることができるし、自分が貢がなきゃ生きていけないんだといった目的意識を持てる。逆に貢がれている方も承認欲求といった優越感を得られる。案外Win-Winよね」


 中学生という若さにしては、随分と冷静かつ客観的にあの集団を分析していた。


「なんか凄いですね色々と……」

「けれど、この関係を保つにはひとつ条件があって――」


 と、レンがまた何か語ろうとしたところで、


「あの!! 聞いてもいいですか?」


 さっきの姫プレイ集団とは明らかに別の女性の声が、ヘッドセットから聞こえてきた。

 どうやら喋っていたのは、赤髪のメイジアバターみたいだ。


 ID:【麒麟草】


 よしあきはそのプレーヤーを以前にどこかで見たことがあるような気がした。

 けれど、どこで会ったのかまでは思い出せない。

 気に留めることなくその様子を眺めていると、そのメイジアバターの女性は思いがけない発言を口にする。


「男性なのに、どうしてわざわざ声を変えてるんですか?」


 その言葉に広場にいたプレーヤー全員が戦慄したのは言うまでもないだろう。

 それはまさに禁忌タブーと云われている領域。決して触れてはならない暗黙の了解というものだ。

 それを彼女は平然と、他人の家に土足で転がり込むような要領でいともたやすく破っていった。興味本位、という理由で。


「………な、何を言ってるんだ!」

「そ、そうだそうだ!! 言いがかりだぞ!!」

「いい加減にしろ! あっちいってろ!」


 当然、周りを囲んでいた騎士たちから反発の声があがる。

 そして、その輪の中心にいた【るりちゃんっ】も嗚咽を漏らし始めていた。

 阿鼻叫喚ともいえるようなカオスな状態が一瞬にして広がっていた。


 だが、メイジアバターの女性はそんな状況に臆することなく、


「でもどう考えてもそれ、ボイスチェンジャーですよね? 明らかに人間の肉声じゃありませんよ」


 冷静な切り返し。

 それでもデタラメや憶測といった反発の声は止まない。


「私、仕事柄そういうのをやっているので分かるんです。若干声にノイズが混じっているんですよね。機械か何かで変えてるだけなんですよ。明らかに抑揚も不自然で人間味がないんです」


 その説明を傍で聞いていたよしあきは以前から気になっていた謎がようやく判明した。

 耳がざわざわする理由はそういうことだったのか。


 完膚なきまでの力説に、流石に周りを囲んでいた騎士たちも狼狽を隠せない。彼女の方に向き直り、釈明を求める。


「……【るりちゃんっ】。……嘘、だよね??」


 さっきまでの威勢はどこかへと消え失せ、今はもう明らかに声音を震わせて不信の方が勝っていた。


 そして【るりちゃんっ】はしばらく押し黙っていると、やがて、


「…………あ」

 

 と、一拍おいてから、


「………アホがぁぁぁあああああああああアアアアアアアアアアアアアアア!!! ボイスチェンジャーに決まってんだろうがよォおおおおオオオオオオオオオ!!!」


 そんな舐め腐ったような蔑んだ叫びが契機となり、男たちの咆哮が飛び交い、地獄絵図が加速する。

 罵詈雑言の嵐。リアルなら取っ組み合いになってもおかしくない状況だ。


「一番やっちゃダメなやつだこれ…………終わった…………」


 一部始終を見ていたレンが呆れたようにぼそりと呟いた。

 よしあきも、そうだな、と心の中でしみじみ同意する。触れないのがマナーみたいなところあるからなぁ……。


 そして、その災厄を引き起こしたともいえる張本人はというと。

 なぜかよしあきがいる広場の端の方にまで近寄ってきて、


「あの、【Flaw】さん!」

『え?』


 不意に声をかけられて驚いた。一体何の用だろう?

 ボイスチャットの方は、人がわんさかいる状態(さっきの祭りでチャンネル内にはめっぽう人が増えていた)でオープンモードでは使いたくなかったので、普通のチャットでよしあきは答えた。


「この間、AIモードでお会いしましたよね?」

『えーっと……そうでしたっけ?』

「はい。間違いなく会いました!! キャリーしてくれたの覚えてますから!!」


 一日に何十試合とLGをやる中で、たまたまマッチングするプレーヤーなんて相当印象的でないと忘れるのが普通。いちいち覚えているはずもない。

 その人に言われて、そんなのいたかもしれないなぁ、と思うくらいだ。


 そんなことよりも、よしあきにはさっきから何とも言葉にはできないような嫌な予感が立ち込めていた。

 いや、先程あの凄惨な光景を見てしまえば、誰しもがそう感じるに違いない。


 あの一つのコミュニティを破壊した、いわばコミュニティクラッシャーとも呼べる存在が自分に接触してきているのだ。さっきから背筋にぞわぞわしたような畏怖に近い感覚が襲っていた。

 回線エラーを装ってログアウトするかも悩んだが、それより先に彼女が口にする方が早かった。

 そして、嫌な予感というものに限って大体的中してしまうものなのである。


「――声聞いて薄々思ってたんですけど……やっぱり【Yoshiaki】さん、ですよね?」

「……は?」


 イレギュラーな質問に、思わずリアルの方で声が出てしまった。額にじわりと汗が滲む。


 何で知ってるんだ? もしかして漏らされたのか? 

 だとしたら、この間レンとタイマンした時にプラクティスルームにいたあの常連の輩しかいない。店長の口約束程度じゃ、甘かったとしか言いようがない。よしあきは

くそっ、と舌打ちした。

 赤髪メイジアバター――ID:【麒麟草】は言葉を続ける。


「どこかで聞いた事あるなって声だと思ってたんです。けれどその時は誰か思い出せなかったんですけど、後になってようやく思い出しました。実は私、昨年のサマーシーズン決勝戦見に行った事だって――」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 さっきのネカマ野郎と同じくらいの叫び声で、彼女の声を掻き消すように上書きする。


 逆上や中条に「……な、なにっ?」と怪訝な目で見られるが、そんなのは後だ。

 まずはこの女をどうにかしなければならない。

 メニュー画面からすぐさまフレンド申請を秒速五クリックに達する勢いでマウスを連打。

 彼女が承ると、すぐに個人通話モードで囁く。


「何が目的だ?」

「え? いや目的なんてないですよ? ただそうなのかなって思っただけで」

 

 焦りを募らせる一方で、もうひとりの冷静な自分がその言葉の真意を読めと命じる。


 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――。


「金か?」

「そんなんじゃないですって! 信じてくださいよー」

「じゃあ何だ? 居場所は言わないぞ」

「本人かどうか聞いてみただけですってー!」


 それから誤解を解けるまで三十分近くかかり、その間によしあきのTシャツは汗でぐっしょりと濡れていたのだった。

















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