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「――と、今回の反省点はこんなところかな。やってみてどうだった?」

「正直まったく歯が立たなかったぞ……。同じスタートラインが嘘ってくらいあいつら強かった」

「……」

「ジャングルはまあそこまでだったけどね」


 試合後。

 軽く反省会を終えてそれぞれが感想を言ったり、愚痴り合って休憩していた。


「ちょっと私、軽く外出てきますね……」


 中条はすっくと立ち上がって、プラクティスルームから出ていく。

 表情に翳りがあって、思いつめているような感じに見えた。


(……大丈夫だろうか)


 もしかしたら想像以上に、さっきの試合が響いてるのかもしれない。

 正直ボットレーンに関しては、話になっていなかった。その差を見せつけられているからこそ、ショックを受けているのだろう。

 試合中もほとんど、「ごめん……」と謝ってるだけだった気がする。


「……ちょっと飲み物買ってきてくれるか? レン」

「……はぁ? なんであたし?」

「いいから行って来い。このカード貸してやる。おごりでいいから」

「………分かったわよ」


 レンは不服そうに唇を尖らせながらも、仕方なしにと言わんばかりにプラクティスルームから出ていった。


 あっちはレンに任せておけばいいだろう。

 それよりもこっちだ。


 よしあきはくるりと後ろにいるやつへと視線を向けて、


「……おい、大丈夫か?」

「……」


 逆上は反省会中、終始、どこか上の空だった。

 聞いても反応が乏しく、軽く笑ってごまかしている感じがして、ちょっと不安だった。

 ――もしかして、相手に何か言われたんだろうか。


「別に気にすることはないぞ。あんなやつらの言うことなんて――」

「……ぅぅぅ~~」


 逆上は顔を俯けたまま拳をぎゅっと握りしめ、声にならない声を漏らしたかと思うと、


「ぅぅぅぅぁぁああああああああああああああああああああ!! くっそぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


 溜めていた鬱憤を爆発させるかのように咆哮した。


「絶対あそこ勝てたでしょ!! ……いや、確かにあの7分くらいのシーンは罠でハメられたとしても、10分とか14分らへんは絶対勝てた!!!」


 確かに逆上は、レーン戦だけでいえば、惜しいシーンはいくつかあった。

 元々スタイルがアグレッシブということもあり、うまく噛み合ったのかもしれない。それにテクニック自体は悪くない。

 だからランクが離れていても、いい勝負ができていた。


「ねぇ、よしあきから見て、あたしどうだった?」

「悪くないと思うぞ」

「そうじゃなくて……どうすれば勝てたと思う?」


 よしあきは、思わず拍子抜けした。

 どうやら逆上にとって、ゲームの勝ち負けよりも、対面相手に負けたことが相当悔しかったらしい。


「もっとコミュニケーションを取ればいい」

「……どういうこと?」

「例えばそうだな……」


 さっき撮った試合の録画を再生しながら逆上に説明する。


「ここのシーンはお互いにHPが少なくて、どっちが勝っても負けてもおかしくないシーンだろ?」

「うん」

「ってことは、相手のジャングラーはリスクを考慮して、十中八九狙いにくるだろうな。それをカウンターできるように、伝えて、合わせてもらうんだ」

「相手はもう連携を取ってるってこと?」

「そうだ。だから敢えて、相手のレーナーは上手く距離感を保って、サイドからの奇襲ガンクの成功率をあげやすくするんだ。それにHPがない瞬間ってのは、キルするかされるかの瀬戸際だから、相手は目の前に集中せざるを得ない。横や後ろはがら空きになりやすい。そこでいかに冷静になれるかが重要なんだ」

「なるほどね」


 真剣な表情で頷く逆上。


 あとは連携面をもう少しあげていけば、ミッドレーンに関しては問題ないように思えた。

 もちろん実力差は歴然としてある。けれど、よしあきが思っていたよりもその差はこの短い月日で何とかカバーできるような気がしてきた。


 ――それよりも。


 もう一方の方が心配だ。



 ◇  ◇  ◇



「……はぁ、何であたしが飲み物なんて買いにいかなきゃいけないのよ」


 レンがため息をつきながら自販機コーナーの方に向かっている間、ずっと脳裏から離れない言葉があった。


 ――『なんでそんなところでやってんの?』


 さっき試合中、常磐から言われた言葉だ。

 頭の中にこびりついていて、離そうとしても、余計ノイズが大きくなってくる。


「あんなやつに何が分かるってのよ……」


 水瀬レンとて、上位プレーヤーの端くれ。

 当然、大会に誘われたことはあった。

 そして過去に一度、軽い気持ちで引き受けて、苦い後悔をしたことも――。


 歩いていくと自販機コーナーの傍らに、中条あきねが佇んでいるのが見えた。

 ソファの端っこにひっそりとまるで存在感を消しているように縮こまっている。悪いことをした子どもみたいに。


「……なにしてるの?」

「……………………あ、レンちゃん……。ははっ……」

 

 中条が気付いてバツの悪そうな笑みを向けると、すぐに顔を俯ける。

 相当落ち込んでいる様子だった。


「はぁ……」

 

 そういうことね、とレンは内心合点していた。

 きっとあいつは、彼女のケアをしてこいといいたかったのだろう。

 さっき、よしあきから受け取ったIDカードを使って、自販機の中から一番高い缶コーヒーを購入。

 ――これくらいは必要経費でしょ。


「ほら」

「……あ、いえさすがにいいですよ」

「いいからいいから」


 そう言って一方的に投げると、中条は慌てた様子で受け取る。ありがとう、と小さな呟きを聞きながら、レンはその横にすっと腰掛ける。


「どうしたの?」

「ほんと、情けないですよね……」


 ――自信喪失。

 自分の思っていたはずの距離に相手がいなかった。

 こういう世界ではよくあることだ。

 どれだけ練習をしても、届かないなんてことはよくある。

 猛者が集う高ランク帯の試合に揉まれていたレン自身、身に感じているからこそ、わかる。


「あたし、正直みんなとならできると思ってました。あれだけ練習したんですから。

 もちろんランクも全然違いますし、勝てるとは思ってなかったんですけど、そこそこいい勝負くらいは…………」

「考え、甘すぎでしょ」

「……え?」


 レンの容赦ない言葉に、驚いた様子を見せる中条。


「数日で勝てたら苦労しないし、プロプレーヤーなんてのも存在しないでしょ。あいつら何年本気でやってると思ってんの」

「ほんと、そうですよね……」

 

 かしこまった口調で、感情を押し殺すように、呟く。


 そんなしょぼくれた姿を見てると、なぜか無性にいらいらしてくる。


 中条は元々メンタルが強い方ではない。

 スポーツも体育やクラブの嗜み程度でしかないし、そこまで本気で何かを打ち込んだことなんてないから。


 でもそんなの知ったことじゃない。


「あぁもう! あんたが部長とやら倒したいんでしょ! だったら一番努力しなさいよ! ぐだぐだいってないでさあ!」

「けど……」

「けどもだってもない!!」


 周囲を引き裂くようなレンの叫びに、中条がびくりと肩をふるわせる。


「予選まであと3日しかないのよ!? そんな調子だったら普通にメンタルで負けるわよ? もうちょっとシャキッとしなさい!」

「………う、うん」


 肩を叩き、母親のように、諭す。

 中条の表情は戻っているようだったが、心の中で、やはりどこか不安を感じているようだった。



 そんな多少の不安を抱えたまま、よしあきたちは予選を迎えることとなる。



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