第13話 解決編 01
食堂に集められたわたしたちは、鳥海さんの推理を聞かされた。
彼の推理が進むに連れてわたしの中の不安が大きくなっていく。理由は彼の推理が完全に的はずれであり、しかも犯人として上げようとしている人物にも予想がついたからだ。
面倒くさいことになりそうだなと思わずにはいられなかった。
そして……
「犯人はあなたですよ――」と、鳥海さんはビシッとわたしを指さした。
――あぁ、やっぱりそう来た。
ほかの人たちの視線が集まる。みんな怪訝な表情でわたしを見ている。
「ここにいるメンバーの名前には十二支に関する字が入ってるんです。しかし楡金さんの名前にはそれがない。そうなれば当然彼女が疑われる。ですが楡金さんはそれを逆に利用しようとしたんです。『犯人がそんな単純なミスをするはずがない。これは犯人がわたしに罪をなすりつけようとしているんだ』とね。そう主張すれば自分は容疑者から外れると思ったんでしょう」
そんなアホな……その主張が通るのならその逆も言えてしまう。そう思わせといて実はやっぱりわたしは犯人じゃない……と言ったふうに。
もうちょっとまともな推理で犯人扱いされれば疑われるのも仕方ないかもしれない。だけど今の鳥海さんの推理で犯人扱いされるのはシャクだ。しかもそれをここにいる全員が信じて疑わないのだから目も当てられない。
これは完全に探偵というバイアスが掛かることでみんなの思考がロックしてる証拠だ。
「白状したらどうだ。あぁん?」
鳥海さんは挑発するように語尾を上げる。
「期待に添えなくて悪いけど、わたしは犯人じゃないですよ」
「犯人はみんなそう言うんですよ」
ごもっとも。
「そこまで自信たっぷりなら、わたしの質問に答えてくれますよね?」
「ん? あ、ああ、もちろんだとも」
わたしの反論を予想できていなかったのか、鳥海さんが少したじろいだ。
「それじゃあまず、牛山さんを殺した凶器は何だったんですか?」
鳥海さんは何だそんなことかと鼻で笑う。
「ナイフだよ、大河さんのな。それは君も知っているはずだろう」
「だったら大河さんが犯人ってことになりません?」
「おい! 俺は犯人じゃねぇ!」
「でもさっき、犯人はみんなそう言うって、鳥海さんが言ってましたよ」
そう言うと、大河さんが物凄い剣幕で鳥海さんを見る。
鳥海さんは慌てた様子で、
「大河さんは犯人ではないですよ。あからさますぎですからね。これは、大河さんを犯人に仕立て上げようとする真犯人の策略です!」
「だったら、わたしはどうやって大河さんのナイフを手に入れることができたんですか? ――もちろん大河さんは常に部屋に鍵をかけてましたよね?」
大河さんは「ああ」とうなずいた。
「それは、あれだ……そう! ピッキングだ。ピッキングに違いない」
明らかに今思い付いた様子だった。
「わたしピッキングなんてできないですよ。――でも、明里ならできるよね?」
明里が「はい」と返事をする。
「――ってことは明里が犯人ってことですよね?」
「そんなわけないだろう! 明里さんが犯人なわけないじゃないか!」
鳥海さんが怒りを露わにする。前から思ってたけどこの人は明里に対してかなり強い思いがあるみたいだ。
「なぜです? 明里なら大河さんの部屋に入れるんですよ?」
「君はさっきの話を聞いてなかったのか? 江藤さんの部屋には明里さんのペンが落ちていたんだぞ。だから明里さんが犯人などあり得ないんだ」
わたしは「はぁ」とため息を付いて止めのセリフを言うことにする。
「ちなみに、さっきから鳥海さんが言ってるうさぎのペンって、わたしのだから」
「なっ、なにを馬鹿なっ!」カクカクと壊れた人形のように首を明里の方に向ける。「ほ、本当……なんですか? 明里さん……?」
明里がはいそうですと答える。
鳥海さんがが明らかに動揺する。
「つまり、さっきの鳥海さんの推理に当てはめると明里が犯人ってことになりますよね? 明里はピッキングができて、事件の現場には明里の持ち物が落ちていなかったんですから」
「明里さん。正直に言ってください。あなたが犯人なんですか?」
「いいえ。違います」
その言葉を聞いた鳥海さんはほっと胸をなでおろす。
「犯人じゃないそうだ」
「――って、おい!」
思わずツッコんでいた。さっき言った“犯人はみんなそう言う”って言葉はどこにいったんだ……
「いい加減白状したらどうだ?」
今までのやり取りで、どうしてそんなに自信が溢れてくるのか……
「鳥海さん、僕からもひとつ質問していいかな?」
――二階堂さん……?
思わぬところからの援護射撃に正直驚いた。それは鳥海さんも同じらしく彼は面食らっていた。
「……え? ええ、もちろん、いいですよ」
「動機が知りたいな。彼女はどういう理由で牛山さんを殺したんだい?」
「ああ、それですか。――じつは、牛山さんの部屋から彼の荷物が消えていたんですよ。さすがに何も持たずにここに来たということはないでしょうから、誰かが持ち去ったと考えるのが普通でしょう?」
どうやら鳥海さんもその事に気が付いていたらしい。
「ふむ。つまりあなたは窃盗目的で彼女が牛山さんを殺したと思っている……ということですか?」
「ええそうです。楡金さんは事情聴取のときに職業はフリーターだと言っていましたから収入も大したことないのでしょう。ですから、普段からそういったことを繰り返していたのでしょうね。お誂え向きにもここはディバインキャッスル。ここに来るお客さんは皆お金持ち。盗みには事欠きません」
「ちょっと、それって偏見ですよね? 差別ですよ差別」
「あなたの行動がその職の価値を貶めてる事に気が付いたほうがいいですよ」
鳥海さんは勝ち誇った表情を見せた。
彼のその表情を見ていると、いい加減怒りの感情が湧き上がってくる。
そんな思いが先行して、立ち上がろうとテーブルに手を付いたとき、ついつい力みすぎてしまった。わたしがテーブルを叩く音が食堂内に響くとみんなの視線が一斉に集まる。それを意に介さずイスから立ち上がる。
「おい! なにを!?」
そんなわたしを見て大河さんもイスから立ち上がろうとする。
「大丈夫ですよ。逃げるとかそういうのじゃないですから。ただ、証明したいだけです。自分が犯人じゃないってことを」
立ち上がったわたしは全員の顔が見える位置まで進む。
必然的に鳥海さんに並ぶ形になる。
「ははぁーん、読めたぞ。君は適当に犯人をでっち上げるつもりだな? だが素人には無理だよ。引っ込んでなさい」
「素人じゃないですよ。――だって、わたし探偵ですからね!」
「なんじゃと!?」「そうだったんですか!?」「すごーい!」
みんなが驚きの表情を見せる。
まあそうなるだろう、みんなから見れば同じ場所に探偵が2人もいることになるんだから。
「へ……? ふっ……あっはっはっはっ。言うに事欠いて探偵とは笑わせてくれる。君は事情聴取のときにフリーターだと言っていたではないか!」
鳥海さんは今のわたしの言葉を信じてないみたいだった。
「鳥海さん。あなたはわたしのあとに明里の事情聴取をやりましたよね。そこで明里はわたしの秘書だって言ったはずですよ。おかしいと思わなかったんですか?」
「おっ、おお思ったさ。だからなんだというのだ」
「それを疑問に思ったなら疑問のままにせず調べるべきだったんですよ……探偵なら尚のこと……」
そう言うと、鳥海さんは押し黙った。
「そんなことより、あんたの推理を聞かせてくれないか? 当然、調べてはいたんだろ?」
大河さんに言われ、わたしは「わかりました」と答えて――
「でも、まずは自分が犯人じゃないことを証明するのが先です」
「そんな事を言って、どうせ犯人がわかってないんだろ?」
鳥海さんはなぜか勝ち誇ったように笑みを作っていた。
いつまで笑っていられることやら……今から起こることを考えると不憫に思えなくもなけど、それはわたしを犯人扱いした報いだと思って受け入れてもらおう。
「それじゃあまず最初に。――この中にずっと嘘を付き続けている人がいたら、その人はとても怪しいと思いません?」
「どうしたんじゃ、急に? そんな人がおるのかね?」
辰雄さんが疑問の声を上げる。
「しかも、その人物は殺人事件が起きたあとの事情聴取を受けていません」
みんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「あの……何を言っているのですか?」
未来さんが恐る恐るといった感じで尋ねてくる。
「そーだよ。だってー、あたしたちはみんな探偵さんと会話したでしょー。リレーみたいにタッチ交代したよー?」
真理絵ちゃんが人差し指を頬に当てて首をかしげる。
「そもそもその人物はリレーのメンバーの中に含まれてなかったんですよ」
「まさか、誰かが入れ替わっているとか言わんよな?」
大河さんは睨むようにわたしを見る。
「あれ? ここまで言ってもわかんないですか? ――いいですか、事情聴取を受けていない人物というのはこの人ですよ、こ・の・ひ・と」
そう言って、わたしは隣に立つ“彼”を指さした。
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