第16話 解決編 04

 大河さんが食堂に戻ってくるとその手には縄を持っていた。何に使うつもりだったのかはあえて触れないでおこう。


 その縄で有馬さんの手と足を縛り、最初に手を縛っていたストールはさるぐつわ代わりにした。辰雄さんがそれを恨めしそうに見ていた。


 手足を縛られた状態で床に寝転がる有馬さんを二階堂さんが見張ることになった。


 意識を失ってる森園さんは床に寝かせた状態で、傍に未来さんがついている。


 ほかの人はみんなイスに座っていた。


「これで一件落着か……」


 鳥海さんが安堵のため息をつく。


 一件落着――有馬さんが豹変してくれたおかげで結果的にそうなっただけと言えなくもない。白を切り通していた場合わたしの主張は通らなかっただろう。気を失った森園さんには悪いけど真理絵ちゃんに感謝だ。


「でも、有馬さんが森園さんをかばった理由がわかってないですよね?」


 ねねちゃんが疑問を呈する。


「そうじゃな。それにカメラマンの女性を殺したのも森園さんということでいいのかの?」


「だけどそれなら、高級そうなカメラやパソコンを真っ先に盗むと思うんですが……」


 どうやらみんなの中では森園さんによる窃盗の末の殺人の線で落ち着いているみたいだ。


 今この状況で森園さんの正体をみんなにバラす必要もない。これは同じ女性としてのせめてもの情けだ。


 わたしはみんなの疑問に対して推理の続きを話すことにする。


「有馬さんが偽装工作をした理由は会社を守るためだったんだよ」


「会社ぁあ?」


 鳥海さんが何だそれはと言ってくる。


「もしこの事件が世間に知れ渡れば、このディバインキャッスルの評判は落ちることになる。しかも事件を起こしたのが企業側の人間となれば尚のこと。そうなれば、予約でいっぱいだったはずの人気スポットは見る影もなくなる。そしてこの企画を運営してる会社もダメージを受ける。それを回避するために、少なくとも身内の犯行ではないということをわたしたちに示したかった……」


「いや、待て。俺たちの滞在が終わったあとで、俺たちの誰かがこのことを通報したら警察に調査されるよな。そしたら犯人は森園だとすぐにバレるんじゃないか?」


「たしかに大河さんの言いたいことはわかるけど、おそらく誰も通報しなかったと思います」


「何を言っとるんじゃ? わしだったらは通報するぞ」


「ほんとですか? わたしが辰雄さんと逆の立場だったら絶対通報しませんけど」


「なにぃ!? それでもあんたは探偵か!」


 鳥海さんが声を荒げる。


「残念だが……僕も彼女と同じ意見だ」


 どうやら二階堂さんも気が付いているようだ。


「なんだとっ!? あんたまでそんな事を言うのか! ワインの飲み過ぎで頭が――」


 二階堂さんが睨みを利かせると、鳥海さんが押し黙る。


「でも、どうして通報しないんですか?」


「それはね、ねねちゃん。現場にわたしたちの物が落ちてからだよ。少なくとも牛山さんの部屋には、大河さん、二階堂さん、未来さん、真理絵ちゃんの4人の物が落ちていた。もし警察に通報したらこの4人はまっ先に疑われることになる。参考人として長い間警察に通う羽目になるかもしれないし、最悪犯人になってしまう可能性だってあったんだよ」


 そこまで言うと、大河さんと辰雄さん、そして真理絵ちゃんの表情が固まった。


「しかも――」と二階堂さんがわたしの後に続く。


「僕らは最悪なことに、現場からそれらを持ち去っている。この場合警察からの疑いはますます強くなるだろうね。仮に警察が森園さんの犯行であることに行き着いたとしても、場合によっては僕らも証拠隠滅罪に問われていた可能性もある。」


 そう言うってことは、二階堂さんはわかってて自分のものを持ち去ったってことになる。それとも、警察の捜査が入る前に犯人を挙げる自身があったということなのだろうか。


 二階堂さんの言葉にわたしは補足を入れる。


「現場には何も落ちてなかったと口裏を合わせるって方法もなくはないけど、その場合現場から凶器が見つからないことになる。警察が凶器の捜索をしているうちにもしかすると大河さんにたどり着くことも考えられる。そうなったら、わたしたち全員が怪しくなってしまう……ってわけ」


 4人以外の人が通報した可能性もあるんじゃないかっていう考えもあるけど。真理絵ちゃんの友だちのねねちゃんはおそらく庇うだろうし、辰雄さんも自分の奥さんを庇うだろう。


 ただし――


「江藤さんは違う。牛山さんの部屋に彼女の物は落ちてなかったし、仮に落ちてたとしても彼女はこの事件を公にしてたと思う。なにせ殺されたのは有名芸能人でそのスクープを独占できる立場にいたわけだし。事件現場の写真もしっかり収めてたみたいだから。……だから殺された。口を封じるために」


 有馬さんは名簿をチェックしていたのだから、彼女がマスコミ関係の人間だってことは知っていたはずだ。おそらく牛山さんが殺された時点で彼女の運命は決まっていたのだろう。


 そして、有馬さんは牛山さんの殺害現場の写真が収められているであろうカメラとノートパソコンを破壊した。 


「そうか……それでそこに繋がるわけじゃな」


 わたしは辰雄さんに向かってうなずいた。


「有馬さんが犯人だったなんて……」


 そう呟いて、ねねちゃんが床に転がされている有馬さんを憐れむような目で見る。


「信じられん。会社を守るために人を殺すなど、本末転倒じゃないか」


 鳥海さんの言ってることはわかる。だけど、有馬さんは牛山さんが殺されたとき、外に出ようとしていた辰雄さんや真理絵ちゃんを規則だからと言って外に出そうとしなかった。

 普通に考えたら一刻も早く外に出て連絡すべき状況なのに、それをしなかったわけだ。犯人を知っていたからそれをしなかったのかもしれないけど、有馬さんの場合そうじゃなくても規則を優先してたはずだ……彼はそういう人なのだ。


 優先順位なんて人それぞれだ。たとえそれが他人から見たらおかしなことだったとしても……


「あの……? 思ったんですけど、さっきの通報の話を聞かなかったら、私たちは普通に通報していたんじゃないですか?」


 ねねちゃんの言葉で場がシンと静まり返った。


 言われてみればそうだ、わたしが話した内容に気が付いていたのは二階堂さんだけだったんだから、知らずにいればみんな普通に警察に連絡していただろう。


「あ、あはは……」


 わたしはバツが悪くなって頭を掻きながら作り笑いする。


「いや、有馬さんは楡金さんが探偵であることを知っていたのだからそれを利用するつもりでいたんじゃないのかな?」


 二階堂さんが指摘した。


「つまりなんじゃ? 楡金さんから今の説明が入ることを見越してわしらのもんを現場においたということかの?」


「まさか……」


 それってかなりの賭けじゃない? あり得ないと思うんだけど……


「ま、その話はもういいだろ。それより問題はここからどっやってバスが止めてある駐車場まで行くかじゃないか?」


「そう言えば、吊橋が落とされてるんでしたね」


「直通回線とやらも切れてるんじゃったな。 だったら連絡もできんと言うことかの。携帯も圏外じゃし……」


「いや、こちらが帰宅予定日になっても帰らなければ、本社の人間が不審がるんじゃないか? そしたら、連絡用の回線が切断されてることや橋がないことにも気がつくはずだ」


「おお、確かにそうじゃな」


「だとしても、最低でもあと1日はここにいることになるってことか」


「橋が直るまで帰れんじゃろうからもっと待たされることになるのう」


「えー、お休み終わっちゃうよー?」


 みんなが、これからどうやって帰るのかについて口々に議論しだす。だけどわたしは知っている。なにも心配する必要なんてないことを――


 それを説明しようとしたところで、「大丈夫ですよ」と二階堂さんが声を発した。


 二階堂さんのその言葉。つまり彼もあの事に気が付いてるということだ。どうやら彼が屋上に行った理由はわたしと同じってことだ。


「橋が落とされていたというのは有馬さんが付いた嘘ですよ。そしておそらく専用回線も切断などされていない」


 ――やっぱり。


「どうして嘘だとわかるんだ?」


「実際に見たからですよ。橋が落ちていないのを」


「見たぁ!? 外に出れないのにどうやって見れるんだ?」


「屋上さ」


 そう言って二階堂さんが天を指す。


「屋上か……まさかそんなところがあったとは驚きじゃな。あとでわしも見ておきたいもんじゃな」


「残念ですが、一般に開放されてはいないみたいですし、足元も悪いのでやめておいた方がいいかと」


 そうか……と辰雄さんが残念そうな表情になる。


「でも、どうして有馬さんはそんな嘘をついたんだ?」


 鳥海さんは不思議そうにつぶやく。


「ま、僕らに逃走を諦めさせることが目的でしょうね。退路や連絡手段がないと言われればここにいることを余儀なくされますからね」


「あの……結局のところ私たちは予定通り帰れるということでしょうか?」


「ん? ああ、そういうことになるね、お嬢さん。ただそれには城門の鍵を開けないといけないけどね」


 二階堂さんが床に寝転がる有馬さんに目を向ける。


 おそらく彼は素直に鍵を渡してくれないだろう。


 そうなると――


 わたしは気を失っている森園さんに目を向ける。彼女が目を覚ますのを待つしかないってことだ。


 …………


 森園さんをベッドで寝かせてあげてはどうかという未来さんの提案で、彼女は発案者である未来さんの部屋に運ぶことになった。そして今は真理絵ちゃんとねねちゃんが付き添っている。ないとはおもうけど、もし森園さんが目覚めて彼女たちに危害を加えたらまずいと思ったので、明里も一緒にいる。

 そして食堂には、残りのメンバー。有馬さんは相変わらず手足を縛られ、さるぐつわをした状態で床に転がしてある。ちょっと不気味に思えるくらいおとなしくしている。


「安心したらお腹が空いたな……」


 イスに座る鳥海さんがボソリと呟いた。


「確かに腹は減ってるが、森園があの状態じゃ飯にありつくのはしばらく無理だろう」


「なにっ!? あの女は人殺しだぞ? 人殺しの作る料理など……いや、さんざん口にしたが……」


「そうじゃな。恐ろしいことに、彼女はわしらを殺すつもりならいつでも殺せたということなんじゃな……」


 そして、それはおそらく有馬さんも一緒のはずだ。


「あの、調理場を勝手に使ってもよければわたくしが作りましょうか?」


「おおっ! それは名案じゃ。未来の作る料理は絶品じゃからな。みなさんにもぜひ振る舞ってやりなさい」


「でも、勝手に使っていいの?」


「緊急事態だ。私が許可しよう」


 鳥海さんが許可を出した。

 

 あんたになんの権限があるんだ……と、心のなかでツッコむ。お腹が減っているので敢えて指摘しない。


 結局、未来さんが全員分の食事を作ることになった。


「それにしても酷いじゃないか、君たち――」


 鳥海さんがわたしと二階堂さんを交互に見る。


「――探偵なんだったらどうしてさっさと名乗り出なかったんだ? おかげで私は嘘をつく羽目になったじゃないか!」


「さっきも言ったけど探偵だからって犯人候補には変わりないんだから。名乗ったって意味ないでしょ」


「そうだね、それにあなたが探偵だと名乗り出たあとに僕らが探偵だと名乗り出てたら、果たして信じてもらえていたか疑問だね。同じ場所に探偵が何人もいるなんて、正直あり得ないからね」


「結果的には2人いたわけじゃがな」


 辰雄さんがガハハと笑う。


「その通りだ。それに、君たちのどちらかが出てきてくれれば私は撤回してたさ」


「それやってたら、真っ先に疑われてたと思いますよ。鳥海さん」


「ま、事件は無事解決したんですからよしとしましょう。それに、鳥海さんはこのタイミングで事件を解決できたことに感謝しないといけませんよ」


「ん? どういうことだ?」


「僕の推理が正しければ、この事件……最低でもあと1人被害者が出るはずだった……」二階堂さんが人差し指を立てて“1”を表す。その立てた指をゆっくり鳥海さんに向ける。「そしてその被害者になるはずだったのはあなたですよ」


「な、なぜだ!? どうして私が殺されるんだ!?」


 ひどく動揺する。


「それは鳥海さん自身がさっき言ったんですよ。現場に僕たちの持ち物が落ちていたけど、楡金さん――いや、正確には卯佐美さんの持ち物だけが落ちていなかったと。そしてそれに加えて鳥海さん自身の持ち物も落ちていなかった……」


「わ、私は……探偵だったんだから関係ないだろ」


「違います。大いに関係あるんですよ。あなたの物が落ちていなかったのは、あなたが殺されてその現場に卯佐美さんの持ち物が置かれる予定だったはずなんです」


「ほ、本当なのか!?」


 鳥海さんは床で転がされている有馬さんを見る。だけど、有馬さんはさるぐつわのせいで話すことはできない。それがなかったとしても何も言わなかっただろうけど。


「じゃが逆のパターンもあり得るんじゃないか? 卯佐美さんが殺されて現場に鳥海さんの持ち物が置かれるという具合にじゃ」


「その可能性もなくはないでしょうが確率的に限りなくゼロですね。なぜなら卯佐美さんはペアチケットでこの城に来ていて、鳥海さんに比べて彼女は2人でいる時間が長い。だから、殺される確率が高いのは必然的に1人でいる時間が多い鳥海さんになるわけです」


 鳥海さんは顔が青ざめ口が半開きになっていた。


 二階堂さんの推理。それはわたしも考えていたことだ。わたしがそれに気が付いたのは、明里が「下着が盗まれた」とわたしに語ってくれ時だ。


 明里の部屋からはうさぎのペンと下着がなくなっていた。この城に来る前、わたしがそのペンを明里に貸したのを有馬さんは見ている。だからそれがわたしのもだと知ってたはずで、そうなると明里の部屋からは、わたしの物と明里の物が盗まれたということになる。

 そうしたら考えられるのは1つしかない。鳥海さんが殺されてその現場には明里の下着が置かれるはずだったんだ。

 さらにそれを鳥海さんの手にでも握らせておいて、『私は嘘をついてました。探偵ではありません。犯人は私です』みたいなことを書いた紙をテーブルにでも置いておけば、罪を被せることだってできる。


 その状況を想像するとあからさまに怪しいけど、嘘をついていたことと下着を握って死んでいるところが発見されれば、わたしと二階堂さん以外の人たちは「こいつならやりかねないな」みたいな空気にはなってただろう。


 明らかにおかしな点があっても、そっちより印象に強く残ることがあれば、たいていの人はみんなそっちに目がいってしまうものだ。さらにとどめと言わんばかりに有馬さんが本人確認のために書いた書類をみんなに見せて、彼が教師だったことを示せばより完璧となる。


 ガチャリと扉が開く音が聞こえ視線は自然と扉へ。そこからねねちゃんが顔を出す。


「森園さんが目を覚ましました――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る