第15話 解決編 03

 わたしが指摘すると「ヒッ――」と、森園さんはしゃっくりみたいな声を出して体をピクつかせた。有馬さんは表情を変えずに涼しい顔で微動だにしない。


 その場にいた全員が2人に視線を向ける。


「なるほどな。確かにあんたの言う通りだ。ということは……やはり森園が犯人だったということか」


 大河さんの口調はとても冷静だった。


 森園さんはどうしていいかわからないといったふうに視線を泳がせる。まるで誰かに助けを求めるように……


 だが、その反応は自分が犯人ですと言っているようなもの。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。


「じゃが、正直言って彼女に人が殺せるようには思えんぞ?」


 辰雄さんはまだ森園さんが犯人であるということに納得がいってないみたいだった。


「そうですね。今の楡金さんのお話と森園さんのイスが壊れただけだという話を合わせると有馬さんが犯人の可能性も出てきませんか?」


「それはないと思いますよ未来さん。理由は、森園さんはわたしが探偵だと知らなかった。そして、有馬さんはわたしがそうだと知っていた。わたしが探偵だと知っていたのに有馬さんが殺人を犯すとは思えない」


「ち、違います! 私は犯人じゃないです!」


 その必死の訴えはわたしではなく自分を助けてくれそうな人に向けられていた。


「それじゃあ森園さん。今からあなたの部屋を見せてもらっていいですか?」


「え……。それ……は……」


 わたしの言葉の真意に気が付いたのか森園さんの顔色が明らかに変わった。


「どういうことだ? イスはもう確認済みなんだろう? だったら部屋を調べる必要はないんじゃないか?」


 大河さんが聞いてくる。


「いえ。わたしが知りたいのはイスじゃないです。わたしの予想が正しければ彼女の部屋には牛山さんの荷物があるはずなんです」


 前回森園さんの部屋に入ったときはそれらしいものを目にすることはできなかった。だけど調べていない場所はまだある、ベッドの下、クロゼットの中、ユニットバスの中……等々。


「そうか! 森園さんは窃盗目的で牛山さんを! ――やはり私の推理は間違えていなかったみたいだな」


「お前は犯人を間違えただろうが!」


 大河さんがすかさずツッコミを入れていた。


「えー、森園さんがドロボーだったってことー?」


「どうです? 部屋を調べても――」


 これ以上の反論は無理と判断したのか、わたしが言い終わる前に森園さんは糸の切れたマリオネットのようにその場にぺたんと座り込んですすり泣きを始めた。


「ちがっ、違うん、です……でもちがわなく、て。殺したのは、私、ですけど……みなさんの、物は……ぬすんで、ません」


 彼女は涙声で牛山さんを殺した件については認めてくれた。 


「えー、そなのー?」


「なんじゃ? そんな事を言いだしたら、あとから誰かがわしらの物を事件の現場に置いたことになるぞ?」


 まあ普通はそうなる。


 だけど、殺人を認めたのに偽装工作だけを否定すると言うのはちょっとおかしい。それに、牛山さんの殺害現場を見たときの森園さんの顔……あれが演技ではないとするならば、その可能性もなくはない。

 偽装工作を行えたのはコンシェルジュの2人だけ。森園さんがそれをやってないとなると必然的に有馬さんがやったことになる。そして、わたしの考えでは彼には偽装工作を行う十分な理由がある。――いや、むしろ彼だからこそ偽装工作に頼ったのだ。


 ――ここはひとつ賭けに出てみるか。


「森園さんの言うとおり。みなさんの持ち物を盗んだのは彼女ではありません」


「はぁ? 今お前が犯人は森園さんだと言ったじゃないか!」


 未だ組み伏されたままの鳥海さんが吠える。


 その姿がちょっと滑稽に見える。そろそろ開放してもいいんじゃないかなって思うけど、大河さんは彼の上から退くつもりはないようだ。


「わたしはさっき言いましたよ。わたしたちの持ち物を盗むことができたのはコンシェルジュの2人だけだって。そしてもうひとつ重要なことがあります。それは、。つまり犯人はそうなる前にわたしたちの中に警察や探偵の類が存在していることを知っていたということです……。何が言いたいかわかりますよね。有馬さん――」


 森園さんが泣きながら驚いた表情で有馬さんを見上げる。有馬さんは相変わらず直立不動。肯定も否定もしない。


 有馬さんと森園さんとの間で個人情報のやり取りはなされていなかった。だから牛山さんが殺された段階で犯人の発覚の可能性に至れた有馬さんだけ。


「待ってください。森園さんが牛山さんを殺害して有馬さんが偽装したってことは、共犯ってことなんですか?」


 ねねちゃんが疑問を口にする。


「うぅん。わたしの考えが正しければ、有馬さんは勝手に殺人現場の偽装工作したんだと思う」


「勝手にじゃと? どういうことじゃ?」


「あー! わかったー! きっと有馬さんは森園さんのことが好きなんだねー。だからかばったんだよー」


 真理絵ちゃんが無邪気な発言をする。本人に自覚はないんだろうけど、その言い方は冷やかしのようにも聞こえる。


「なんじゃ、そうじゃったんか」


 辰雄さんが真理絵ちゃんに調子を合わせる。


 わたしは有馬さんが眉をピクリと動かすのを見逃さなかった。


「じゃが好きな人のためとは言え、こういうのは関心せんぞ。男なら彼女に罪を償わせ、その隣でずっと支えてやるのが一番じゃ」


 また、有馬さんの眉が動く。何かに耐えているような……


 ――あ、これマズいかも!


「あのねー、森園さんは有馬さんのこと好きな――」


「真理絵ちゃんストッ――!」


 遅かった。


「ふざっけるなぁぁぁぁあああっっ!!!」


 有馬さんがカッと目を見開いて気勢を上げる。


 その豹変ぶりに誰もがその場を動けなかった。


「誰がこんなクソみたいな女をっ!!」


 有馬さんは叫びながら、隣にペタンと座る森園さんを蹴り上げた。彼の足は彼女の顔に見事にヒットし森園さんはそのまま後ろに仰向けで倒れる形になった。


「んなっ!」


 誰かの怯む声、そしてねねちゃんと真理絵ちゃんが悲鳴を上げて互いの体を抱きしめる。


 それでも有馬さんの暴走は止まらない。


「貴様のせいで! 貴様のせいでオレはっ!! オレはあああぁぁっっ!!」


 怒りで本性が出たのか口調が変わっていた。


「オレがこの事業を再生させるのにどれだけの犠牲を払ったと思っているんだ!! ええっ!! このままだとオレはぁぁあああっっ――!! あの女に――ッ!!!!」


 彼は喚き散らしながら仰向けになった森園さんの脇腹に蹴りを入れ、止めとばかりにお腹を思いっきり踏みつける。


 その時、明里がスッと席を立つのが目に入った。けど、それより先に有馬さんに近づく人物がいた。


 二階堂さんだった――


「なんだ、ワイン狂いか……俺は今虫の居所が悪いんだよ!! ワインのおかわりならあとに――ぶわっ!?」


 二階堂さんは手にしていたグラスの中身を有馬さんの顔に向かってぶちまけた。


「なにを!? ぐっ――!?」


 それから有馬さんの腕を取りくるりと回して背を向かせ、そのまま上に向かって捻り上げる。そして、そのままの体勢から足をかけて相手をうつ伏せに床に倒した。しかもワイングラスを持ったまま。


 その出来事はほとんど一瞬。――見事な体捌きだった。


「があああぁぁっっ!!」


 有馬さんが顔面を強打し声を上げる。


「誰か縛るものを! 早く!」


 行動したのは未来さんだ。


「これでよろしければ」 


 肩に掛けていたストールを差し出す。


「あぁ、それはわしが買ってやった――」


「今は人名が優先です! 物は買えばなんとでもなりましょう!」


 彼女の勇ましい声に辰雄さんが怯む。


「む。そ、そうじゃの……」


「感謝します」


 二階堂さんは未来さんにお礼を言って、ストールで有馬さんの腕を縛リつけた。流石にグラスを持ったままでは無理なので、代わりに未来さんがグラスを持っていた。


「よし、っと。ひとつ忠告しておこう。女性を傷つけることは許されない、何があってもだ。――しかし! ワインを侮辱することはもっと許されない!」


「えっ!? そっちなんですかっ!?」


 ねねちゃんのツッコミが入る。


 しかも、有馬さんはワインの悪口を言ってない……


「誰か足を縛るものをください! 持っていなかったらどこかから持ってきてください!」


「まかせろ!」


 大河さんが行動することで、自然と下になっていた鳥海さんが開放される。


「しかし、ただのワイン好きだと思っていたがやる時はやるんだね、二階堂さん……」


 鳥海さんは立ち上がり服を直しながら言った。


「ってか、二階堂さんって何者なの?」


 わたしはずっと気になっていたことをそのまま言葉にした。


 牛山さんの部屋にいたのは自分の持ち物があったからだとしても、江藤さんの部屋に現れた理由まではわからない。それから、屋上にあった細かなガラス片は多分割れたワイングラス。そして傍にあった赤いシミはワイン。そう考えると二階堂さんは屋上にいたことになるが、なぜ屋上に上る必要があったのか。


 彼の行動には謎が多すぎる。


「ん? 僕かい? そうだね、もう本当の事を言っても大丈夫かな」


「ほんとの……こと?」


 二階堂さんがああとうなずいて、「僕はね。――探偵なのさ!」と、白い歯を見せつけて笑った。


 一瞬の静寂――


「えええええぇぇっっ!!!?」


 明里を除く全員の驚く声が食堂内に反響した。

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