第14話 解決編 02

 みんながわたしの指の先にいる人物に注目する。


 その人物は――鳥海おさむ、その人だ。


 場がシンと静まり返って、「ぶわっはっはっ!」と辰雄さんがお腹を抱えて笑いだした。


「何を言い出すかと思えば……当たり前じゃろ。探偵さんは取り調べをする側の人間であって、される側の人間じゃないんじゃからのう」


「では聞きますが、もし彼が探偵ですと名乗り出たときに、じつはわたしも探偵ですと名乗り出ていたらわたしは事情聴取されなかったんですか?」


 ほんの少し凄みを利かせて発言すると、


「そりゃあ……まぁ、そうなったじゃろうな」


 辰雄さんは目を泳がせながら言った。


「なるほど……だったらみんなも探偵だって言えばよかったんじゃないですか? そしたら事情聴取を受けずに済んだでしょ?」


「馬鹿を言うな。嘘をついて探偵だと名乗り出る奴がいるか。そんな事して何のメリットがある?」


「メリットならありますよ大河さん。現に探偵だと名乗り出た彼は事情聴取を受けていないじゃないですか。しかも、ここにいる全員が彼が犯人である可能性を今の今まで考えていなかった……ですよね?」


 全員の顔を窺うように一瞥する。


「まさか!?」


 ねねちゃんが弾かれたように鳥海さんを見る。それに呼応するかのように全員の彼に向ける視線が疑惑の視線に変わっていく。


「みんな勘違いしているみたいだからハッキリ言っとくけど、探偵という職業は免罪符にならない。殺人事件が起きた現場にいたのなら、当然犯人の候補の1人として扱われる。もしこの場に警察がいたら鳥海さんもそういう扱いを受けてたでしょうね」


「つまり、どういうことなんでしょうか?」


 みんなが鳥海さんに視線を向ける中、彼から視線を外さずに未来さんが尋ねてくる。


「彼は嘘をついたんですよ。自分は探偵だ――とね。そうすれば、自分はまっ先に疑われなくなるって思ったんでしょう。――そして、事実彼が犯人ではないかと疑った人は誰もいない。あとは探偵のフリを貫き通して3日間を過ごせばいい。もしもその間に犯人っぽい人を見つけたらそれを指摘するだけ。正解ならそれでいいし、間違っていてもみんなは信じたでしょう……なにせ“探偵”の言葉ですからね」


 鳥海さんがバツの悪そうな顔で後ろに一歩さがった。


「このやろうっ!」


 それを見た大河さんが鳥海さんに向かって飛び掛かって行く。鳥海さんは振り返って食堂の入り口へ向かおうとするが、あっと言う間に追いつかれ床に組み伏されていた。


「よくも騙してくれたな!」


「い、痛いッ! ――ち、違うんだ……私は、嘘は付いたけど……犯人じゃないんだ!」


「今さら何を言っとるんじゃ!」


「そーだよー」


 辰雄さんと真理絵ちゃんが怒りを露にする。


「うーん。それにしても不思議だ」


 二階堂さんがワインの入ったグラスを回しながら言った。


「君はなぜ、彼が探偵ではないとわかったのかな?」


「最初にそう感じたのは事情聴取のときです。あのとき、わたしは鳥海さんに名前と職業を聞かれたんですよ。それで、ちょっとおかしいなって思ったんです」


「どうしてでしょうか。わたくしも名前を聞かれましたが……見ず知らずの他人だったのですから、名前を聞くのは当たり前ではないでしょうか?」


「未来さん、覚えてます? わたしたちはここに来る前――バスに乗る前です。そのとき書類に名前と職業を書いて本人確認しましたよね? で、それは有馬さんが持ってるわけですから、いちいち聞かなくったって確認できたんですよ。――ちなみにわたしは見せてもらえましたよ。それによると彼は探偵ではなく教師だそうです。もちろん本当に探偵で身分を隠していた可能性もありますが、さっき彼は自分で嘘を付いたと言いました。つまり、探偵ではない人間がわたしを勝手に犯人扱いしただけってことです。……どうです? これでもまだわたしが犯人だと思います?」


 今の説明で二階堂さんはなるほどと納得してくれたようだ。


 そしてほかの人たちもわたしが犯人じゃないということを認めてくれるようだった。


「先生が嘘をつくなんて、正直呆れました」


 ねねちゃんが鳥海さんに軽蔑の眼差しを向ける。


「ふん、語るに落ちるとはこのことだな」


 大河さんが組み伏した鳥海さんに吐き捨てた。


「大体ですね、どうしてあの十二支理論でわたしを犯人にできると思ったんですか? ストールがマフラーの代わりで羊。ねねちゃんの眼鏡ケースに貼られているシールは豚のシール。完全にこじつけじゃないですか」


「たしかに……言われてみればそうですねぇ……」


 一瞬でもわたしが犯人だと疑った面々がバツの悪そうな顔をする。


「皆さん! 騙されてはいけませんよ! 世の中には個人情報保護法というものがあるんです! コンシェルジュの2人がそう簡単に他人に情報を開示するわけないですよ!」


 鳥海さんはまだわたしが嘘をついてると思っているらしい。


「ふむ、確かに一理あるぞ。規則に厳しい有馬氏がすんなり見せてくれるものかね?」


 たしかにあの有馬さんがすんなり名簿を見せてくれた理由についてはわからない。だけど――


「まぁ、事態が事態ですし。わたしが探偵だったからじゃないんですかね?」


 有馬さんの方を見ると、彼は静かに佇んでいるだけで、肯定も否定もしない。


「でもまぁ、探偵だからといって簡単に信じちゃいけないですけどね」


 今回の鳥海さんのように嘘をつく人だっていることだし……


「つまりお前は探偵だと嘘をついて情報を盗み出した。そして、挙げ句私を犯人に仕立て上げようとしている。ということだな」


 鳥海さんは往生際が悪すぎる。


「あのですねぇ、わたしは本人確認のとき職業欄に“探偵”って書いたんですよ。だから、少なくとも有馬さんはわたしが探偵だって知ってたんです。だから名簿を見せてくれたんです!」


「本当……なのか?」


 鳥海さんは信じられないと言った表情で有馬さんを見た。


 有馬さんは「はい」とうなずいた。


「知っていたならなぜ教えてくれなかったんだ! そしたら私はこんな事になってなかったはずだ!」


「他人のせいにするなよ人殺しがっ! お前が嘘をつかなければよかっただけの話じゃないのか!?」


 大河さんの正論に、わたしはうんうんとうなずく。


「だからさっきも言っただろう! 私は犯人ではない!」


「俺たちを騙しておいて、まだ言うか!」


「痛い、いたいぞっ! やめんか!」


 大河さんが鳥海さんの腕を締め上げる。このままだと本当に怪我人が出そうなので、そろそろ大河さんを止めることにする。


「大河さん、そのくらいでいいですよ。彼が犯人じゃないのはほんとです」


「なん……だと? 一体どういうことだ!?」


 大河さんが鳥海さんを組み伏せたまま尋ねてくる。


「それじゃあ、最初に約束したとおり。次はわたしの推理を披露しようと思うんですけど、その前に牛山さんの正体について話しておく必要があります」


「正体……?」


 わたしの発言に対して半数以上の人間が当惑している。


 そうじゃない人は明里と二階堂さんとコンシェルジュの2人だけだ。


「牛山さんは、じつは芸能人なんですよ。――しかもあの伊集院アキラです」


 食堂が驚きの声に包まれる。


「そうだったんですか!?」


「なんてことじゃ……すぐ近くにそんな有名人がいたとは……」


 どうやら全員が伊集院アキラを知ってる様子だった。


 ほんとに有名な人だったんだ……


「そっかー、だからずっとサングラスとマスクつけてたんだねー」


「正体がバレるのを嫌った、ということでしょうかねぇ」


「あれだけの騒ぎを起こした奴だ、無理もないだろう」


「そうか! どこかで見た顔だと思ったが――。いやまて、つまり伊集院アキラが殺されたということなら、それは大ニュースではないのか!!」


 鳥海さんの言葉で食堂がさらにどよめきだつ。


「はいはい。その話はとりあえず置いといて、わたしが言いたかったのは、牛山さんは13人しかいないこの閉鎖空間の中でさえサングラスとマスクを手放さなかったくらい警戒心が強い人だったってことです。その牛山さんがどうやって殺されたのかって考えるのが大事なんですよ」


「なるほど」


「ちなみに部屋には争った形跡はなかったし、どこかで殺されて部屋に運ばれてきた形跡もなかった。そうなると犯人は牛山さんの顔見知りか、もしくは犯人を部屋に入れざるを得ない状況だったかのどちらかです」


「殺されるとわかっていたのに犯人を迎え入れたんですか?」


「つまり、俺たちの中に牛山の知り合いがいるってことか?」


「あるいはこの中の誰かに脅されていたかですね?」


 みんなから出た質問にひとつずつ答えていく。


「牛山さんは自分が殺されるなんて思ってなかったはずです。そして犯人も殺すつもりはなかったと思います。それから、知り合いがいるかについてですが、この中に知り合いがいると仮定した場合、どうしてその人はペアチケットで予約を取らなかったのかという疑問が出てきます」


「なるほど。じゃが、こうは考えられんか? 最初は牛山氏は1人でここに来る予定だったのが、彼の知り合いがそれを知って後から予約を入れた……どうじゃ?」


「確かにその可能性もなくはないですね。だけどディバインキャッスルの予約は早くて3ヶ月、遅いと1年待ちなんですよ。あとから知ったからと言って同じ週に予約を入れるっていうのは厳しいと思います。それに、少なくともわたしはここに来てから牛山さんが殺されるまでの間に、彼がこの中の誰かと親しくしているところを一度も見てないんです」


「言われてみれば……わたくしもそうですね」


「ふ、ふん。だったらこの中に牛山を脅してた奴がいるってことになるな」


「おそらくそうです。そして、ここで重要なのが牛山さんの部屋にイスが2つあったことです」


「イスぅ? それの何が疑問なんだ?」


「鳥海さんは覚えてないんですか? ここに着いたとき有馬さんはこう言ってたんです。『部屋の中に置かれているものはすべて1人分だけだ』って。ということは、


「そうか! あのとき感じた違和感の正体はそれか! ――だったら全員の部屋を調べてイスがなくなっている部屋の主が犯人ということだな!」


 今すぐ確認すべきだと言う鳥海さんに対して「その必要はないです」とピシャリと言った。


「すでに調べ済みですし。今はもうイスが別のものに変わってるので確認してもムダです」


「なんじゃ? いつの間に調べたんじゃ?」


「事情聴取の後みんなの部屋の窓を調べてまわりましたよね? あのとき、すべての部屋のイスをチェックしてたんですよ」


「おお! 鳥海氏より実に探偵らしい行動じゃ!」


「その結果全員の部屋にイスがあった。……ただし、1人だけイスの種類が違っている人物がいたんです」


「だ、誰なんだね!? それは!?」


「それはですね。――彼女です」


 そう言って、わたしは森園さんを指さした。


 わたしの指摘に全員が驚きを隠せないでいた。


 当の森園さんはと言うと、


「ち、違います! 私は殺してません! それにイスは壊れてしまったので娯楽室のものを一時的に使っていただけです!」


 今までの森園さんからは想像できないような力強い発言だった。だけど、適当な理由を付けて反論してくることは織り込み済みだ。


「なるほど、まあ仮にそうだとしても、今回の事件で少なくともわたしたち宿泊客側には絶対にできないことがあるんですよ」


「な、なんですか……それは……」


 さっきとは一転して森園さんの声はすごく弱々しくなった。


「それは、他人に罪をなすりつけること……正確に言えば、ここにいるみんなの持ち物を盗んで殺人現場に置くことです」


「うぅん? どうしてそれができんのじゃ?」


 森園さんではなく辰雄さんが聞いてきた。


「なら、参考までに聞きますけど、この中に自分の部屋を留守にするときに鍵を掛けなかった人っています?」


 わたしの質問に対し首を縦に振るものはなかった。


「つまりそういうことです」


「ふん。鍵が掛かっていたから他人の物を盗むことができなかったって言いたいんだろうが。それを言ったら誰にもできないんじゃないのか? つまりこの中に犯人はいないということになるではないか。それにピッキングがあるだろう」


 鳥海さんが突っかかってくる。


「ピッキングができるなら可能かもしれませんが、そうまでしてわたしたちの誰かに罪をなすりつけようとするのは現実的じゃないですよ。いつ部屋の主が戻ってくるかもわからない状況で時間も掛けてられませんしね」


「じゃあ、犯人は私たちの部屋にどうやって入ったんですか?」


 と、ねねちゃん。


「犯人は普通に鍵を開けたんだよ。合鍵を使って。そして、それができるのはこの中に2人しかいない――」


 わたしはゆっくりと、並んで立つ彼らに視線を向ける。


「ですよね、有馬さん。……そして、森園さん――」

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