第17話 アセンブル

 森園さんは未来さんの部屋のベッドで上体を起こしていた。


 部屋にはわたしと明里、そして二階堂さんがいる。


「すいませんでした――」


 項垂れた状態で、消え入りそうな声で謝罪の言葉を吐露する。


「どうして牛山さんを殺したのか、聞いてもいいですか?」


 明里が尋ねる。


 聞かれた森園さんは項垂れたまま何も答えようとしない。


 だから代わりにわたしが答えることにした。


「森園さんは牛山さんのことが好きだったんですよね? ファンって意味で」


 そう言うと、森園さんは弾かれたように顔を上げわたしを見る。「どうして、それを……」と囁くように言う。


 ――ほんと、嘘がつけない人だ……


「やっぱりそうだったんですね。何となくそう思ってただけで確証はなかったんですけどね」


「ぁ――」


 森園さんはカマをかけられたことに気が付いたようだ。


 そうなるとわたしの推理はほぼほぼ正解ということだろう。


「八重様はどうしてそう思ったんですか?」


 明里にそう聞かれて、わたしは自分がそう思った理由を答える――


「さっき食堂でも話したけど森園さんは牛山さんの荷物を盗んでる。単純に窃盗が目的ならどうして彼の荷物が狙われたのかって疑問が残る。それで、江藤さんから牛山さんが芸能人だって聞いてピンときたんだよ。

 森園さんは運営側の人間――つまり牛山さんに関する個人情報を知っていて当然。おそらく最初から牛山さんが伊集院アキラだって知ってたんだと思う。森園さんはこの日に合わせて無理やり自分のシフトを変えた可能性すらある。

 そして、牛山さんの部屋に森園さんの部屋にあったイスがあったことから2人で何かをしてたのは間違いない。でも、ファンの人だからといって牛山さんが森園さんを快く部屋に入れたとは考えにくい。江藤さんは『伊集院アキラの一部のファンは彼に対してかなり怒っていた』って言ってたし、本人も当然それは自覚していたはず。なら余計にファンに対して警戒するはず……

 だから森園さんは最初に彼の荷物を盗み出しておいて、『荷物を返してほしかったら部屋に入れろ』みたいな感じで脅したんじゃないかな……?」


「うぅ……う?」


 森園さんの顔が真っ赤になり歪にゆがむ。


 そりゃそうだ。わたしが言った話が事実なら、それはファンと言うよりストーカーに近い。でも、否定しないところを見ると当たらずとも遠からずってことなんだろう。

 最初は森園さんが牛山さんの結婚相手の可能性も考えた。それで、行き違いか何かの末に殺人に至ったんだと思った。そう思った理由は2人とも左手の薬指に同じ指輪をしていたから。

 だけどわたしは江藤さんの言ってた言葉を思い出した。ファンの人はドラマで身につけてたアクセサリとかを真似して付けたりしてるって。


「つまり、牛山さんの付けていたリングを特定して同じものを身に着けたと?」


 わたしは二階堂さんに向かってうなずいた。


「さ、さすが……探偵ですね……何でもお見通しなんですね……」


 森園さんがボソリと呟く。


 そして、観念したのか自らそのときの状況を話し始めた。


「ほとんど探偵さんの言った通りです。

 私は伊集院アキラがこのディバインキャッスルに来るということを知って、いても立ってもいられなくなって、この日来るはずだった職員の人に適当な理由をつけてシフトを変わってもらったんです。ちなみに社員の中で牛山さんの正体に気が付いていたのは私だけみたいでした。

 それで、どうやって自分の気持を伝えようかと思って考えた結果、さっき探偵さんが言ったようなことを思いついたんです。

 荷物を返す代わりに1日だけ一緒にいてほしいとお願いして、彼の部屋で一緒に食事をしたんです。

 だけど、私がいろいろ話題を振ってるのに彼は全然楽しそうじゃなくて……それで、次第に彼の態度にイライラしてきて――」


 当たり前だ。無理やり迫られて楽しい思いなんかできるわけがない。牛山さんが気の毒過ぎる……


「殺したんですか?」


 明里のストレートな問いに、森園さんはコクンと首を縦に振った。


「でも、そのとき彼は緊急用の呼び出しボタンを押していて、有馬さんにバレると思い慌てて飛び出したんです」


 てっきりボタンを押す前に力尽きたのだとばかり思っていたけど、どうやらわたしが2人を呼び出す前に一度ボタンが押されていたらしい。


「それで、彼は現場を目の当たりにしてすぐに森園さんが犯人だと理解したってことですか。――それから部屋の片付けと偽装工作を行ない、誰が犯人であってもおかしくない状況を作り出すために部屋を開けっ放しにした……」


 部屋の絨毯にソースのシミみたいなものがあったのは有馬さんが慌てて片付けをしていたためにできたものだったってことでいいのかな。


「1つ聞かせてほしいことがあるんだけどいいかな?」


 二階堂さんが森園さんに質問する。


「君が牛山さんを殺したとき、お酒を口にしていたかい?」


「え……? あ、はい。ワインを、少々」


「そうか、ならそのとき、何かこう……甘い匂いがした――ということはなかったかな? 例えば、ワインの香りがいつもと違う匂いだったりとか?」


「ワイン……匂い、ですか? ……そうですね、言われてみれば、そういう匂いがしたような気もします」


「そうか。参考になったよ」


 そう言って、二階堂さんは部屋を出て行った。


 なんの脈絡もない二階堂さんの質問。それに匂いって――


 そのとき、わたしの脳裏に浮かんだのは“あの日の光景”だった。


 ――床にうつ伏せになるお父さんと事務所内に漂う甘い匂い――


 気になったわたしは部屋を飛び出して彼の後を追いかけ直接本人に聞いた。


「ふむ。ただ彼女が口にしたワインの香りを確かめたかっただけさ」


「いやいや、そんなんじゃ誤魔化されないですよ」


 彼はフッと笑って、


「君も探偵だったね、なら隠し事は無理か」


 すると二階堂さんは上着のポケットから四角い箱を取り出した。その箱の中から出てきたのはトランプだった。


「え? 一体何をやって……」


 二階堂さんはなにも答えずカードをシャッフルする。


 そして、それをわたしに向けて扇状に広げた。


「この中から好きなカードを一枚選んで確認してみてくれるかな?」


 二階堂さんの行動が腑に落ちなかったけど、とりあえず従うことにした。


 適当に一枚カードを抜き取って、裏を確認する。


 ハートのキング。それを確認した瞬間――


「なるほど。君の選んだカードはハートの13だね」


「うそっ!? なんでっ!?」


「はは。君の反応は実に面白いね」


 わたしの驚きをよそに、二階堂さんはわたしの手からカードを取り上げデックに戻しシャッフルする。そして、再びそれを扇状に広げ、さっきと同じことを要求してくる。


 わたしはもう一度適当に選んだカードを1枚抜き取って数字を確認する。


「……え?」


 信じられないことが起きた。


 思わず二階堂さんの顔を見る。


「どうだい? 驚いたかな?」


 わたしが選んだカードはさっきと同じ――ハートのキングだった。


「僕は昔、マジシャンになるためにとある手品師のもとで修行していたことがあってね、そのとき師匠がよく『客にとっての偶然は、俺にとっての必然だ』と口にしていたんだ」


 そう言って、二階堂さんはわたしにウインクする。それからそのまま視線を扇状に広げたトランプに落とす。


 何をするのかと思えば、彼は一度トランプを揃え裏返しにして再度扇状に展開してみせた。するとすべてのトランプは裏向きで展開されることになる。


「…………」


 それを見てわたしは言葉を失ってしまった。


「ぜんぶ……同じ……」


 展開されたカードはだった。


「キミにとっての偶然は、僕にとっての必然だったわけさ」


 わたしが偶然だと思っていたことは全部二階堂さんの手のひらの上で転がされていたに過ぎなかったわけだ。


 二階堂さんが真剣な目でわたしを見る。


「何が言いたいかと言うと。――今回の事件で、君が偶然だと思っていることは誰かが意図的に起こしたものである可能性もあるってことだよ。それから、偶然はそう何度も連続して起きるものじゃない。もちろんすべての出来事が必然だとは言わないけどね」


 二階堂さんの指摘通り、偶然の一言で片付けるには出来すぎていると感じることはある。


 鳥海さんも言っていたけど、名前に十二支が入る人が集まっていること。本来なら私と明里はここに来るはずじゃなかった、そうなっていた場合十二支は揃わなかった……

 そして、この場に探偵が2人も存在しているということ。探偵業を営んでいる人間なんてそんなに多くないだろうし……


 まさか……いや、でも、わたし自身思い当たるフシがないわけじゃない。


 ――叔父さんから届いた招待状……もしかして……


 わたしが考え事をしている間に二階堂さんは目の前から消えていた。離れたところに食堂の方に向かって歩いていく二階堂さんの背中が見える。


 わたしはまだ二階堂さんが言っていた匂いについての話を教えてもらってない。彼の態度を見るに、話す気はないってことだ。だから、ここで彼の名を呼んでも立ち止まってはくれないだろう。


 どこに敵がいるかわからない。そして二階堂さんの正体だって……

 だが、多少のリスクを負わなければ真実にはたどり着けないことも知っている。


 だったら――


 逡巡し、わたしはその言葉を彼の背に投げかけた。


「アセンブル!!」


 二階堂さんが動きを止めた。ただ、それも一瞬のことで、振り返ることなく再び食堂に向かって歩き出した。


 ――ああ、やっぱりそうなんだ……


 視線を落とし手元を見つめる。そこにはハートのキングが残されていた……

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