第6話 犯人はどこへ?

「ほんとなのそれ!?」


 エトウさんがテーブルを叩いて勢いよく立ち上がった。


「なんてことじゃ……」


 タツオさんが絶望に満ちた表情で天を仰ぐ。そんな彼を隣に座るミライさんが「大丈夫ですよ」と気休めを言う。


 そう、気休めでしかないのだ……


 そのほかの人物もそれぞれこれからどうなるのかと不安の色を顔に浮かべている。


 ただ……


 この状況にあってもいつもと変わらぬ様子の者がいた。ニカイドウさんアカリさんニレガネさんの3人


 ニカイドウさんはいつの間にやら手にワイングラスを持っていて、中に注がれた液体をじっと見つめていた。


 アカリさんは姿勢正しく椅子に座りまったく動じた様子はない。


 ニレガネさんはテーブルに肩肘を付いて大口を開けてあくびをしていた。


「もう一度確認します。直通回線が通っているはずの施設から本社に連絡がつかないということでよろしいですか?」


「はい。音がまったくしないことから回線が切断しているのではないかと思います」


「そしてあなたは直接連絡を取りに行こうとして山を降りようとした」


「はい。そうしようと思ったのですが……」


「ここに来るまでの唯一の道である吊橋が落ちていたと?」


 有馬さんうなずく。


 つまり、私たちは閉じ込められたということだ……この城の中に。


「それってこの中に電話回線を切って吊橋を落とした人がいるってことでしょ? マジで信じらんない……ってか、アタシたちどうやって帰るのよ?」


 エトウさんがが有馬さんに質問する。


「私たちの帰還が予定通り行われなければ本社にいる人間が気付くはずです」


 なるほど。そうなったとしても橋が落ちている以上、帰宅するのは予定を大幅に超えることになるだろう。


「このままだとどうあっても仕事に差し支えるということじゃな」


 タツオさんはこんな時でも仕事の心配か、まぁ花屋敷の会長ともなれば私の想像を遥かに超えた量の仕事があるのだろう。


「だけど、犯人はどうやって帰るつもりなんでしょうか?」


 イノグチさんの指摘……確かに私も気になった。


「帰るつもりはなかったんじゃない?」


 発言したのはニレガネさんだった。


「どういうことだ?」


 おそらくその場にいた全員の疑問をタイガさんが代弁する。


「犯人はこのまま何食わぬ顔で救助が来るのを待てばいいんですよ」


「でもそれだと救助を待つ間に探偵さんに暴かれてしまうのではないですか?」


 訊いたのはミライさん。


「それはですね。この状況はおそらく犯人にも想定外だったんですよ。もしこの場に探偵や警察がいなければさっきわたしが言ったとおり普通に帰れたはずなんです」


「今回は偶然探偵が居合わせてしまった……というわけですか……」


 ニカイドウさんが1人納得するように言った。


「なるほど……」


「ということはじゃ。探偵さんがさっさと犯人を見つければいいんじゃな!」


 タツオさんがガハハと大口を開けて笑う。


「え、ええ……そうですね」


 これは相当なプレッシャーだ。


「ちょい待ち。この中に犯人がいないって可能性はないわけ?」


 と、エトウさん。


「どういうことですか?」


「例えば犯人は外で待機しててウシヤマさんを殺したあとまた外に出た。そんでもって橋を渡ったあとで橋を落とせばうまく逃げおおせるわけじゃない?」


「1ついいでしょうか?」イノグチさんが小さく手を上げ発言する。「入り口以外に外に出る方法はあるんですか? 有馬さん」


「いいえ、ありません」


「えっと、入り口の鍵はずっと閉まっていましたよね。だったら犯人はどうやって出入りしたんでしょうか?」


 確かにそれができなければエトウさんの言う犯行手口は使えない。


「確かにそうじゃ! それにわしらだって外に出られなければ橋を落としたり回線を切ったりできんぞ!」


 事情聴取をした際にわかったのはここにいる全員が城内のどこかしらにいたということ――嘘をついていなければだが――。そして、有馬さんの言う『入り口以外に外に出る手段はない』という話を合わせると、回線を切って橋を落とすことは誰にもできないということになる。


 それはつまり――


「外に出る方法なら……ないこともない――ですよ」


 唐突にニレガネさんが言う。


「え!? 一体どうやって!?」


 私は思わず尋ねていた。


「わたしの部屋には窓がある。おそらく全員の部屋にあるよね。そしてそれぞれの部屋は一階にある。窓から地面までの高さはあっても2メートルくらいだとして、それだったら出入りも可能なはず」


「だが窓ははめ殺しだったはずだ」


「だからって割れないわけじゃない……でしょ?」


「なるほど。つまり全員の部屋を調べればいいわけですね」


「そういうこと」


 ニレガネさんの提案で全員の部屋を確認してみることになった。


 …………


 最初は『001』――ウシヤマさんの部屋だ。

 この部屋の窓が割れていないということはすでに確認済みだが、きれいに取り外しができるように切断されているという可能性もなくはないとの考えから、私が1人で部屋に入り確認することになった。力を入れて窓を押して確認する。外れる様子はない。問題なし。


 次は『002』――私の部屋だ。

 もちろん窓が割れていたり外れたりなどということはないが、自分の部屋だけ調べないと怪しまれるかもしれないので、念のために他の人にも窓を確認してもらう。私と一緒に部屋に入ったのはニレガネさんとニカイドウさん。2人が見ている前で窓を調べて、問題ないことを確認する。


 こんな調子で各部屋を順に調べていく。


 『003』――タツオさんの部屋。

 部屋には本人と私の2人が入り窓を確認する。問題なし。


 『004』――ミライさんの部屋。

 私とミライさんとタツオさんの3人で部屋に入り、窓に異常がないことを確認した。


 『005』――イヌヅカさんの部屋。

 私が部屋に入ろうとすると、嫌だダメだとごねられた。

 一時的とは言えこの部屋は彼女の部屋だ。年頃の彼女からしてみれば私のようなおじさんに部屋に入られるのが嫌なのだろう。

 部屋の構造的には外からでも窓が割れているかどうかだけは確認できる。私は外からそれを確認して、部屋の中には本人とイノグチさん、それからアカリさんに入ってもらった。アカリさんなら入ってもいいと言ったのはイヌヅカさん自身だ。

 その理由はなんとなく理解できる。結果、特に問題なし。


 『006』――イノグチさんの部屋。

 イノグチさんは特に私を拒むようなことはなかったが、空気を読んで部屋には入らずにおいた。イヌヅカさんの部屋同様、私は外から窓を確認するにとどめ、イヌヅカさんとイノグチさんとアカリさんに窓を調べてもらった。結果は問題なし。


 『007』――ニカイドウさん部屋。

 この部屋には本人と私が入った。 窓を調べる際にテーブルの上に置かれたワインボトルが視界に入った。

 馬のラベルのワインボトル……

「気になるかい?」

 私の視線の先を追ったのか、ニカイドウさんが言う。

「コンシェルジュにお願いすればワインを貰えるんだよ。それ以外のものも貰えるかもしれないけどね。僕はワインにしか興味がない」

 飲み物やおやつ程度の軽食は言えば貰える……そういう話は初耳だった。

「ま、それはいいとして、窓を調べようじゃないか」

 調べた結果は異常なし。


 『008』――エトウさんの部屋。

 本人と私が部屋に入ると、なぜかニレガネさんが勝手についてきた。

「どうして付いて来るんですか?」

「エトウさんは女性だよ? 2人きりにさせるのはまずいと思って」

「へぇ、胸子むねこちゃんは気が利くわね」

「むね……こ?」

 胸という言葉を聞いて、反射的にニレガネさんの胸に視線を向けてしまった。彼女は実に立派なものを思っている。しかも彼女はTシャツなのでその大きさがハッキリとわかる。

「ちょ――どこ見てんの!」

 ニレガネさんがじと目で私を睨んでいた。怒っているふうではないが、見られて気分がいいものではないだろう。

「こ、これは失礼」

 慌てて視線をそらし、窓の確認を急ぐ。異常は見られなかった。


 『009』――タイガさんの部屋。

 部屋には私と彼の2人だけが入った。彼の場合調べているうちに窓を破壊しそうな気がしたので、彼には後ろで見てもらって私が責任を持って確認することにした。問題は見受けられなかった。


 『010』――ニレガネさんの部屋。

 部屋には私と本人とアカリさんの3人で入った。彼女とアカリさんの関係を考えれば妥当か……

 この調査の言い出しっぺということもあって、窓に異常は見受けられない。特に細工を施した様子も見受けられない。


 『011』――アカリさんの部屋だ。

 私とアカリさんの2人で入れるかと期待したが、ニレガネさんとイヌヅカさんが一緒に入ってきた。

 ニレガネさんが付いてくるのは2人の関係性を考えれば理解できた。が、なぜイヌヅカさんが入ってきたのかわからなかった。

「アカリちゃんの部屋だよ―」

 イヌヅカさんは窓には一切興味なし。室内をうろちょろと歩き回っていた。

「早く調べなよ」

 イヌヅカさんの行動を疑問に感じていたところでニレガネさんから催促される。

 ニレガネさんとアカリさんに見守られながら窓を確認。異常なし……

「何してんの? もういいでしょ。出るよ」

 もう少しアカリさんの視線を感じていたかったのに、いちいち私の邪魔をしてくる……

 私はそそくさと部屋を出た。


 ――――

 

 結局、全員の部屋の窓に問題はなかった。ニレガネさんの予想は外れたことになる。本来ならまったくの骨折り損だと言ってやりたいところだが、彼女のおかげでアカリさんの部屋に入れたからチャラにする。


 全員がぞろぞろと食堂へ戻る中、私はニカイドウさんに呼び止められた。


「ちょっといいかな? どうしてコンシェルジュの部屋を調べないんだい?」


「え? ――どうしても何も2人が犯人なわけが……」


 ニカイドウさんの射抜くような瞳が『僕たちを疑っておいてコンシェルジュを疑わないのはおかしいだろう』と言っているような気がした。


 実際には部屋を調べようと言い出したのは私ではなくニレガネさんだが、ここで責任をなすりつけるのは格好がつかない。


 私はわざとらしく咳をして。


「いや、失礼。忘れてました」


 ニカイドウさんの指摘は最もで、みんなから見ればコンシェルジュの2人も容疑者に違いないのだ。ここは彼を納得させるために形だけでも部屋を調べよう。


 私自信コンシェルジュの2人が犯人だとは思っていない。理由は自分たちの職場で事件を起こすなど2人にとってはマイナスでしかないからだ。その条件下で犯行に及ぶとは到底思えない。


「でも、森園さんは厨房にいますけど、どうするんですか?」


「私の部屋に合鍵があります。森園にはあとで私から断っておきますので心配はいりませんよ」


 有馬さんがそう言うと、食堂に入らなかったメンバー、私、ニカイドウさん、ニレガネさんとアカリさん、そして有馬さんの5人でコンシェルジュの部屋に向かった。


 彼らの部屋があるのは私たちの客室がある通路側ではなく、エントランスを挟んだ反対側だ。


 『101』――有馬さんの部屋。


 有馬さんの部屋には男性陣3人で入ったが異常は見られなかった。


 『102』――森園さんの部屋。


 彼女の部屋には女性陣2人が入った。異常はなかったとのこと。


 つまりこれで、正真正銘誰の部屋の窓にも異常はなかったことになる。

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