第9話 小さな手がかり

 ――3日目――


 翌朝、明里と一緒に朝食をとっていると、会話は自然と昨日の事情聴取の話になった。


 食堂にいるのは2人だけ周りを気にすることなく話をする。


「――なるほどね、つまり探偵さんは殺人事件に出くわすのが初めてだと?」


「はい。確かにそう言っていました」


 どうりでぎこちないと感じたわけだ。でもそれは仕方のないことかもしれない。誰にだって初めてはあるし、かく言うわたしも殺人事件に関わるのは今回を含めて数える程度しかないんだから。だけど、素人なら真っ先に、第一発見者である明里に対して疑いの目を向けそうなものだけど、それに関しては一切追求されなかったということだった。


 ――それとも、わたしと同じですでに犯人の候補が絞れているとか?


「じゃあ、やっぱりこっちもちゃんと事件のこと調べておいたほうがいいってことだね」


「はい。そうですね」


 …………

 

 朝食を終えて廊下を歩いていると、中庭に続く扉の窓越しにエトウさんの姿が見えた。


 そう言えば――


 わたしは2日目の朝食時にエトウさんがウシヤマさんに一方的に話をしていたのを思い出す。


 訊いたら教えてくれるだろうか? ――そう思ってわたしは扉を開けて中庭に出た。


 朝だと言うのに、強い日差しが降り注ぎわたしを打つ。


 エトウさんはよくこんなところにいられるなと素直に感心する。明里も明里で相変わらず涼しそうな顔をしている。


「あら?」


 こちらに気が付いたベンチに座るエトウさんがこちらに顔を向ける。わたしと明里は彼女に近づいていく。


「なにしてるんですか? ここで」


「さっきまで花の撮影をしてたのよ」


 ああ――


 彼女の隣にはあの大きなレンズのカメラが置いてあった。


「となり座る?」


 カメラを膝の上にどけてくれたけど、わたしは首を横に振って、気になっていたことを尋ねることにした。


「エトウさんてウシヤマさんと知り合いなんですか?」


「なぁに、急に。――もしかしてあんた! アタシのこと犯人だと思ってるの!?」


 ハッとしてエトウさんの目が険しくなる。


「いえいえ。もしそう思ってたら、エトウさんに近づいたりしないですよ」


「だったらどうして?」


「ほら、2日目の朝、朝食のときにウシヤマさんと何か話してたでしょ? それが気になって……」


「なにそれ。ミーハー根性ってやつ? ……でもまぁ、だったら……わかるでしょ?」


 エトウさんが手のひらを上に向けて右手を出してきた。それの意味は理解できたけど、からかいたくなって、わたしは自分の手をその上に置いた。


「ちょっと! お金よお金!」


 わたしの手が弾かれた。


「ってか、わざとでしょ? ほんと変な人ね。――それならこうしましょう。写真を撮らせてくれないかしら?」


「ええっ!? い、嫌ですよ!」


 身の危険を感じて、両腕で胸を隠して身をよじった。


「アンタじゃないわ。――彼女のよ」


 とわたしの後ろに立つ明里を指差す。


「…………」


 自分の顔が赤くなるのがわかる。色んな意味で恥ずかしくなった。


「彼女それなりに美人じゃない? だから被写体としては申し分ないし。雑誌に掲載したら有名になれるかもしれないわよ」


「興味ありません」


 明里が冷たく言い放つ。


 だけど、こっちとしては何を話していたのか聞き出したい。もしかすると事件を解く手がかりになるかもしれないから。


 さっきエトウさんに疑っているのかと聞かれた手前、わたしは彼女に聞こえないように自分の考えを明里に耳打ちする。


「八重様がそう言うなら……」


「なに? やってくれるの? だったら話してもいいわよ」


 こうして、2日目の朝食のときに何を話していたのかを聞かせてくれる運びとなった。


「彼――ウシヤマはね。芸能人……しかもアイドルなのよ」


「うそっ!? あの名前でアイドルなのっ!?」


 言ってから、自分がものすごく失礼なことを言っていることに気がついた。死人に口なし……とは言え、心の中で申し訳程度の謝罪をする。


「それは本名でしょうが。芸名は伊集院アキラよ」


「あ、ものすごくアイドルっぽい」


「はあっっ!? アンタ伊集院アキラ知らないの!?」


 ものすごく驚かれてしまった。わたしはその人のことをまったく知らない。そもそも芸能人とか興味ない。


「私は知っていますよ」


 明里は知っているらしい。


 ちなみに最初からウシヤマさんが芸能人だと気が付いていたのかと尋ねると、「当たり前でしょ!」と返ってきた。


 でもこれでわかった……彼がずっとサングラスとマスクを外さなかった理由は、自分の正体がバレるのを嫌ってのことだったのだ。


 ――それでもエトウさんにはバレてたわけだけどね。


「普通は知ってるわよ。ドラマで使ってたアクセサリや服が品切れになったりするくらい『超』がつく有名人なんだから」


「で、その芸能人様となに話してたの?」


「彼は超売れっ子だったけど、ある日突然芸能界から消えたのよ」


「確かスキャンダルが原因でしたよね」


「そう。彼が結婚してたのがバレたのよね。それで、ファンの人たちから猛烈に批判を受けた……彼が独身だと思って大量にお金をつぎ込んでいたファンたちからは特にね。それで活動休止に追い込まれたのよ」


 わたしはふむふむと頷いて、


「でも、結婚がバレたくらいで大げさだと思うけど」


「そうね、彼だけの問題なら活動を続けられたかもしれない。だけど彼のファンは、彼に対して批判を浴びせただけじゃなく、結婚相手の女性までバッシングし始めて、それから相手の女性の正体を暴こうとネットでお祭り騒ぎよ。――それで、彼は自分の妻を守るために引退したんじゃないかってもっぱらの噂。真相はわからないけどね」


「それで、引退したはずの伊集院アキラがここにいた、と……」


「そうっ! そうなのよっ! だから取材しないわけにはいかないでしょ!? ほかの誰も知らない情報をアタシだけが持つことになるんだから!」


 エトウさんは鼻息を荒くして目を輝かせる。たぶんお金のことを考えてるに違いない。


「それで、なにか聞き出せたんですか?」


「ぜーんぜん。最後までずーっと、『人違いだ』、『自分は伊集院アキラじゃない』の一点張りで会話なんて成立しなかったわ。……さすがプロよね、アタシみたいな人間のあしらい方は心得てるって感じだったわ」


 エトウさんはお手上げのポーズで首を左右にふる。


「――それにしても、アンタといいニカイドウといい、なんで死んだ人間のことなんて聞きたがるのかしらね」


「ニカイドウさんが? ――ウシヤマさんの話を?」


「そうよ、でも彼はウシヤマタロウが伊集院アキラだって気が付いてたみたいだけど」


 ニカイドウさんがウシヤマさんの正体(?)を知っていたことはさておいて、どうしてその話を聞いたんだろう……


「それじゃあ写真、いい?」


 自分の話が終わるとエトウさんは笑顔でカメラを掲げた。


 ――


 中庭の花壇に植えられた花をバックに明里が立つ。


「それじゃあアタシの指示どおりにポーズとってね」


「はい」


「それじゃまず――」


 と、そんな感じで何枚か写真を撮っていく。


 わたしは少し離れた場所からその光景を見ていた。


「それじゃあ次は、胸の下辺りで腕を組んで、それからちょっと前屈みになってみて」


 明里が言われたとおりのポーズをとる。


「うーん。組んだ腕をもうちょっと上げてもらえる?」


 すると必然的に明里の控えめな胸が強調される。それを見てわたしは慌ててエトウさんに駆け寄った。


「だああぁっ! ダメダメ! そういう扇情的なやつは絶対ダメ!」


 カメラを取り上げようとする。


 だけど、エトウさんはカメラを頭上に持ち上げてわたしの手をかわす。


 まるで子どものようにあしらわれる。


 くッ……背が低いとこれだから……


「なんでよ。保護者づらして」


「づらじゃなくて保護者だから、わたし」


「だとしてもちょっとくらいサービスしてくれたって――」エトウさんはわたしと明里の顔を交互に見て「あっ、ああぁ……アンタたちそういう関係? だったら早くそう言いなさいよ」と、得心がいったと言わんばかりの表情でウンウンとうなずく。


 何やら勘違いしたみたいだけど、変な写真を阻止できるならこの際それでもいい。ちなみに当の明里は涼しい顔でわたしとエトウさんのやり取りを見ていた。もうちょっと警戒心とか持ってほしいな……って思った。


「はぁ、まあいいわ。結構な枚数撮れたし今回は諦めることにする。また今度お願いするわ。――それじゃあ」


 エトウさんはカメラを肩に掛ける。明里とすれ違う際に「ありがとね」と肩をたたいて城内に戻って行った。


 ――また今度? それっていつのことだ?


 …………


 わたしと明里は城内に戻り2人で娯楽室に向かった。その目的はあることを調べるためだ。

 娯楽室の扉を開けるとそこにはタイガさんとニカイドウさんがいた。2人は例のポーカーテーブルでカードに興じているようだった。


「どうも」


 わたしは2人に近づき声をかけた。


「ん? なんだ、あんたらか」


「なにか用かな?」


「特に用ってわけじゃないんですけど、ここに来たらたまたま見かけて」


 わたしは2人の許可を取らずに、ポーカーテーブルに向かって腰を掛けた。


「用がないならほかに行ったらどうだ?」


 タイガさんが眉間にシワを寄せた。


「まあまあそう言わずに。ところで殺人事件が起きるなんて驚きですよね」


 2人は互いに顔を見合わせる。


 触れていい話題じゃなかったか……一瞬だけそう思ったけど、2人がわたしを咎める様子はない。


「ふむ。しかし、君も物好きな人だ」


「え? どうしてです?」


「だって、君は僕らの中に犯人がいると考えてるんだろう? だったらどうして昨日の今日で城内を動き回っているのか……まるで、自分は襲われない、ある

いは襲われても問題ないと考えているみたいだ、と思ってね」


「確かにそうだな。それに、あんたは昨日、用もないのに事件現場にいたんだよな? そう考えると怪しすぎだな」


 わたしは露骨に怪しまれていた。でも、反論できないわけじゃない。


「それを言ったら、凶器を持ち去ったタイガさんのほうが怪しいでしょ? それに、城内を歩き回ってるのはそっちのほうが安全だからですよ。グルっと1周できる構造になってるんだから仮に追いかけられたとしても追い詰められることはないでしょ? むしろ部屋に閉じこもってる方が危険ですよ」


 それに、明里はものすごく強い。だからもし犯人と出くわしても明里と一緒ならなんとかなる……はず。


「ふむ。一理あるね」


「それに、ニカイドウさんのその言い方だと、また殺人事件が起きるみたいじゃないですか」


「僕はそう思ってるよ。でなければ、犯人が橋を落として僕らをこの城に閉じ込めた理由に説明かつかない――そう思わないかい?」


 橋か……


 たしかにニカイドウさんの言うとおりだ。わたしたちの中に今後殺される人間――あるいは全員――がいて、わたしたちを逃さないために橋を落としたと考えるのがしっくりくる。橋までは往復で約20分。走ればもっと早くなる。そこに橋を落とす作業時間を入れたらもう少し時間がかかるだろう。

 ただし、あの橋は構造上吊橋になっているだけで、丈夫だった。それをどうやって落としたのかはかなり気になるところだ。


「どうかしたのか?」


「え?」


 思案から現実に引き戻され顔を上げる。


「難しい顔をして黙り込んでたから何かあったのかと思ってな」


「いえ、特には――」


 言いかけて、そういえば、タイガさんは建築関係の仕事をしてるとて言っていた事を思い出す。


「あの、この城の中から屋上に上がる方法ってあると思います?」


「はぁ? なんだいきなり」


「その話、僕も興味あるね」


「なにぃ?」


 タイガさんが困惑してわたしとニカイドウさんを交互に見やる。


「まあ、そうだな。この城のように地理的に重機が入れなかったり、外から屋上に登るのが困難な場合は中から屋上に上がれるようにするっての普通だな。……というかそうするしかないだろう」


 この城の中に屋上に上がる方法があるってことだ。だけど、城内を回った感じではそんなものがあった様子はない。それとも、わたしが見落としてるだけなんだろうか。


 ――これは、調べて見る価値がありそうだ。


「最後にもうひとついいです?」


「なんだ。まだあるのか?」


 タイガさんにお礼を言って、わたしと明里は娯楽室を出た。


「あの……目的は果たせたんですか?」


 部屋を出るなり明里が問いかけてくる。


「うん。まあね」


 わたしが娯楽室へ来た本当の目的は娯楽室で使われている“イス”を確認するためだ。

 わたしはすぐにその異変に気づいた。

 ポーカーテーブルに用意されていたイスは、1日目の夜みんなでババ抜きをしたときは6つあった。

 つまり誰かがどこかに運んだということだ。そしてその誰かはおそらく“彼女”だ。

 

 でもそれは彼女が犯人である証拠に直接結びつくものじゃない。


 そのことは一旦頭の中に記憶しておくにとどめ、今は屋上へ行く方法を探すことにする……けど、その前に――


「お昼の時間だ」

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