第8話 捜査開始

 正直驚いた。まさかこの場にわたし以外に探偵がいるなんて……


「八重様、これからどうしますか?」


「そうだね……とりあえず彼に任せてもいいんじゃないかな?」


「八重様がそうおっしゃるなら」


 ここでわたしも探偵だなんて言い出したら場が混乱してしまう可能性があるし、そもそもわたし自身殺人事件の解決なんてほとんどやったことない。フィクションと違って現実の探偵なんてそんなもんだ。

 自ら事態を収拾しようというのだから、ここはあのおじさんに任せてもいいだろう。ただし何もしないわけじゃない。こっちもこっちで念の為にできることはやっておくつもりだ。


 …………


 ポロシャツのおじさんの提案で事情聴取が始まった。部屋番号の若い順に行うようで、みんな自分の番が回ってくるまで自室で待機となった。


 わたしは自分の番が来るまで、ひとりで被害者の部屋を調べることにした。


「さて――」


 部屋に入ったわたしは、遺体に近寄った。


 遺体は仰向けの状態で目を見開いている。胸にはナイフが突き刺さっている。そして緊急の呼び出しボタンがあるヘッドボードに向かって左手を伸ばしている。距離的にはギリギリボタンに届く感じ。もしボタンが押されていた場合、わたしがボタンを押す前にコンシェルジュの2人がここに来ていないとおかしい。ということはギリギリのところで力尽きてしまったと考えられる。

 そのことから、自殺の線はないと言える。自分でナイフを突き刺しておいてコンシェルジュに助けを求めようとするのは筋が通ってないからだ。そもそも遺体の状況だけ見ても自殺の線は薄いのだけど、これで他殺であることがより確実になった。


「ん?」


 彼が伸ばしている左手。薬指にはキラリと光る指輪がはまっていた。


「結婚してるってこと?」


 世の中には結婚とは関係なく左手の薬指にアクセサリを付ける人もいるけど、彼の場合は果たしてどっちだろうか……


 次に遺体の胸に刺さっているナイフに注目する。虎の紋の柄が特徴的な幅の短いナイフだ。ただなんとなく、ナイフの大きさに対して出血量が多い気がした。わたしは右手の人差指を柄の上に置いて前後左右に軽く動かしてみた。すると、ナイフがぐらつく。遺体の胸と一緒に動いてるわけじゃなくて、ナイフだけが傷口の中でぐらついている。

 まるでサイズの大きい刃物で刺したあとから小さめのナイフを刺したみたいな……


 ――これは……凶器じゃない?


 遺体から離れ、今度は部屋の様子に注目する。

 特に変わったとこがあるとすれば、テーブルの上に飲みかけと思われるワインボトルが1本。栓は開いている。側には猿のマスコットがくっついたワインオープナーがある。そしてイスが2つ。


「イスが2つ? ――あ」


 その内の1つの背もたれにはベージュのストールが掛けてある。


 ――そういえば、ミライさんがストールをなくしたという話をしていたような……


「――あれ?」


 テーブルの下に視線を移すと、そこにはクシャッとなった布が落ちていた。しゃがんでみると。それはシュシュだった。白を基調とした犬のがらが入ったものだった。


「これは、もしかしてマリエちゃんが言ってた……」


 ミライさんやマリエちゃんがわざわざこの部屋に来て落としたなんてことはあり得ない。そうなると、誰かがシュシュとストールを盗んでここに置いたってことになる。理由は罪を着せるためってことなんだろうけど、誰かに罪を被せたいなら誰かひとりの物を置いておけば十分な気がした。


「これは……?」


 しゃがんでいたことで、床に敷かれた絨毯に黒いシミのようなものがあることに気が付いた。それは点々と、ほぼ等間隔に部屋の扉に向かっている。わたしはその点を追いかけて行って部屋の扉を開けた。


「なっ!? 何をなさってるんですか!?」


 部屋の前にはミライさんがいた。突然被害者の部屋から人が出てきたらそりゃ驚きもするだろう。


「ははは。ちょっと調べごとを……」


「は、はぁ」と怪訝な表情のミライさん。


 それもそのはず、なぜならわたしは事件があった部屋から出てきたのだから、そんな適当な理由で納得できるはずがない。


 なんとかしてごまかさないとと思ってとっさに出た言葉は、「そうだ! ミライさんのストール見つけましたよ」だった。


「本当ですか? どこに――ああでも、わたくし今から事情聴取の順番なもので」


 ミライさんがおろおろしだす。


「それじゃあまたあとで教えますね。今は食堂に行ってください」


 そう言うと、ミライさんはわたしにお礼を言って食堂に向かった。


「ふぅ……なんとかごまかせた」


「何をごまかせたんじゃ?」


「ヒッうゥ――」


 急に声を掛けられ変な声が出た。


 見れば、すぐ近くにタツオさんがいた。


「タツオさん……どうしてここに?」


「どうしても何も、事情聴取が終わってミライを呼んだあと自分の部屋に戻ろうとしたらミライの驚く声が聞こえたからじゃ。――ところでストールがどうのこうの言っておったがどこで見つけたんじゃ?」


「えっと――」


 話さないわけにもいかずわたしはタツオさんに、被害者の部屋でストールを見つけたことを伝えた。


「なんと!? この部屋にあったのか!? そりゃ見つからんわけじゃ」


 そう言って部屋の中に入っていってしまった。


「――って、ダメですって」


 注意しながらタツオさんを追いかけてわたしも部屋に入っていく。


「勝手に現場のものを持ち出したら疑われますよ」


 わたしの言葉も虚しく、


「これはわしがミライに送ったものじゃ。持っていって何が悪いんじゃ?」


 そう言うと、イスの背もたれにかけてあったストールをつかんで部屋を出て行ってしまった。


「もしかしなくても、わたしのせいか……」


 わたしはがっくりと肩を落とした。


「――あら? ムネ子ちゃんじゃない?」


 今度は何だ? ――と思って入口の方を見ると、エトウさんが部屋の中に入ってきた。手にはカメラを持っている。


 ――ってか、むねこって、胸子? それってすごく失礼じゃないか?


「ちょっと、変なあだ名つけないでもらえます。それとなんでこの部屋に入ってきてるんですか?」


「なんでって、アナタだって入ってるじゃない」


 それを言われると何も言い返せない。


「それにしてもビッグニュースよね!」


 なぜか嬉々とした表情で遺体を写真に収める。


「ビッグニュースって……ちょと不謹慎なんじゃ――」


「何言ってるのよ。他人の死を利用してでも生き残った人間は生きる義務があるのよ」


 言いたいことはわかるけど、その理屈はこういう場合に使うものではない。この反応からするとこの人が犯人ってことはなさそうだけど……


 わたしはまだこの部屋で調べたいことがあったので、不本意ながら彼女の傍で部屋の捜査を再開する。そして、あることに気が付いた。見える範囲に被害者の荷物が存在していないことに。念の為クロゼットを開けて確認してみるがそこにも何もなかった。まさかとは思いユニットバスのかも確認するがそこにもない。そうなると、この部屋のどこにも被害者の荷物と思われるものが存在していないことになる。


 ――まさか着替えとか用意せずに3泊4日を過ごすつもりだった……とか?


 いやいや、よく考えてみれば、バスに乗り込む前にこの人はちゃんとカバンを持っていた。だったら考えられるのは――


「誰かが持ち去った……?」


「ふぅ。こんなもんかな」


 わたしのつぶやきに被せるように彼女が言う。


 どうやら気が済んだみたいだ。


「あら? まだいたの? ――ってか何難しい顔してんのよ」


「別にどんな顔しててもいいじゃないですか」


「ああ、そう」


 それからわたしたちは同じタイミングで部屋を出た。部屋を出ると、食堂の方からネネちゃんが歩いてくる。ネネちゃんはわたしたちを認めると「あ――」と声を出して早足で近づいてきた。


「楡金さん……と、えっと」


「ああ。アタシはエトウね。よろしく」


「エトウさんですか……よろしくおねがいします」


 ネネちゃんが頭を下げると、おさげがピョンと跳ねた。


「えっと、私はニカイドウさんを呼ばないといけないので、失礼します」


 そう言ってニカイドウさんの部屋へ行ってしまった。


「ってことはアタシももうすぐってことか。部屋に戻ってないとね」


 エトウさんも自分の部屋に戻っていった。


 この部屋で自分が調べたいことは一通り調べ終えた。最後に中途半端に終っていた“シミ”の行方を追うことにする。目を凝らすと、被害者の部屋にあったシミは廊下に敷かれた絨毯の上に続いているようだ。等間隔に続くそのシミの行方は食堂へと繋がっていた……

 この中では現在事情聴取が行われている。正確には今は前の人から次の人への中継ぎの状態だけど、順番と関係ないわたしが入っていくのは明らかに変だ。わたしはとりあえず自分の部屋に戻ることにした。


 その際ネネちゃんに呼ばれて部屋から出てきたニカイドウさんとすれ違う。その手にはなぜか空のワイングラスを持っていた。


 まさかマイグラス……とか?


 …………


「はぁ……」


 事情聴取を終えて食堂を出たわたしは深い溜め息をついた。


 彼のやり方は非効率と言うかなんというか……それからぎこちなさのようなものも感じた。こちらでも調べておこうという考えは間違ってなかったみたいだ。


 こちらとしては被害者の名前がウシヤマさんだという情報を手に入れることができたので、ムダではなかったわけだけど……


 わたしは自分の順番が終わったことを伝えようと明里の部屋に向かって歩きだした。すると、どういうわけかウシヤマさんの部屋の前にマリエちゃんがいた。


「こんなところで何してるの?」


「えっとねー」


 わたしの質問に答えてくれようとしたマリエちゃん。


「それには僕が答えよう」


 しかし、それはウシヤマさんの部屋から出てきた人物によって遮られた。


「ニカイドウさん!? なんでこの部屋に――」


「これだよ」


 そう言ってニカイドウさんは持っていたシュシュをマリエちゃんに手渡した。


「これだよー! あたしのー!」


 マリエちゃんが笑顔になる。そして、ニカイドウさんにお礼を言って自分の部屋に戻っていった。


「さっきあのお嬢さんが自分の部屋から出てきてどこかへ行こうとするのが見えてね、危ないからやめたほうがいいと注意したんだ。それでも行こうとするものだから理由を聞かせてもらって、そうしたら「シュシュをなくしたから探さないと」と返ってきたんだ。それでぼくはピンときた。この部屋にあったものがそうじゃないかってね。そしてそれが見事に正解だったわけだ」


「ふぅん。でもそうなると、ニカイドウさんはどうしてこの部屋にシュシュがあることを知ってたのかってことになりますけど?」


「もしかして勝手にこの部屋に入ったことを咎めるつもりかい? だったらキミも僕と同罪だと思うんだが……違うかい?」


「う――ッ」


 誰かから聞いたのか、あるいは見られていたのか、どうやらニカイドウさんはわたしがこの部屋に勝手に入ったことを知っているみたいだ。


「別に僕が犯人で証拠を隠滅するために部屋に入ったわけじゃないさ。――それより事情聴取はまだ終わってないんじゃないのかい?」


 そうだった、わたしは明里を呼びに行かないといけないんだった。ニカイドウさんが勝手に部屋に入ったということを心に留めつつ、わたしは明里の部屋に向かった。


 …………


 全員の事情聴取が終わり、再び食堂に集められたわたしたち。

 そこで、探偵さんからの事件に関する考察を聞かされた。そして、いなくなったと思っていた有馬さんから、橋が落とされた上に唯一の連絡手段である連絡用の回線が断たれてしまったことを聞かされた。


 それからさらに議論が進み、わたしはある疑問を解消するために探偵さんにこんな提案をしてみた。


 ――全員の部屋の窓を調べてみてはどうか?――


 わたしは無くはないが、誰かが自室の窓を壊して外に出た確率は相当低いと思っていた。ではなぜそのような提案をしたのかと言うと、それぞれの客室のイスを調べるためだ。


 有馬さんは最初の説明のとき部屋の調度類はひとり分しか無いと言っていた。実際わたしの部屋もそうだ。だけどウシヤマさんの部屋にはイスが2つあった。その状況から考えれば別の部屋から誰かが運び込んだと考えるのが自然だ。そして、もし部屋にイスがない人物がいればその人の部屋のイスがウシヤマさんお部屋に運び込まれたということになる。


 だが、すべての客室にはイスがちゃんと存在していた。


 しかし……次に向かったコンシェルジュの部屋で気になる点があった。イスがあるにはあったのだけどそのデザインが客室のものと違っていたのだ。いや、正確には有馬さんの部屋にあったイスは客室にあるものと同じだったけど、森園さんの部屋にあったものだけが違っていたのだ……


 コンシェルジュの部屋を調べ終えたわたしたちは食堂に戻った。それからまた探偵さんの話が始まり、全員で食堂に留まるべきだという彼の案が却下され、みんな自分の部屋で寝ることになった。


 ――――


 さっとシャワーを浴びてパジャマに着替えたわたしは、ベッドの上に横になって今回起きた事件のことを思い返していた……


 気になるのはやはり現場に残されていたみんなの持ち物だろうか。その目的はもちろん偽装工作。あとはウシヤマさんの荷物が失くなっていた点もきになる。

 そしてものすごく厄介なのは、全員のアリバイがないことに加え現場の状態が誰が犯人であってもおかしくない状態になっていたことだ。これらはあくまで探偵さんからもたらされた情報だが、アリバイがあるのにないと嘘を付くメリットはないので正しい情報だろう。


 兎にも角にも、もう少し調べてみないことにはなんとも言えない状況だ。

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