第1話 捜査開始

 ――1日目――


 早朝ディバインキャッスルの運営を行う会社の駐車場に集合。そこで諸々の手続きを行ってバスに乗り目的地へ向かう。今回そこへ向かうのは宿泊客11名と、コンシェルジュと呼ばれる従業員2名の計13人。


 出発前にコンシェルジュからの挨拶があった。2人はの内ひとりは有馬と名乗る男性でもうひとりは森園という名の女性。

 男性の方は落ち着いた様子で所作が堂に入っているのに対して、女性の方は緊張を隠せない様子だった。おそらく有馬さんの方はキャリアが長く、森園さんの方は日が浅いのだろう。


 バスに揺られること数時間、都会の喧騒を離れ窓の外が緑豊かな景色に変わる。そしてバスが舗装された広い場所で停車。ようやく到着かと思われたが、辺りには城はおろかこれといった建造物が何も見あたらなかった。


 するとバスから降りてきた有馬さんがここから歩いて城に向かうと言い出した。ディバインキャッスルが居を構えるのは小高い山の中腹だと知らされた。

 普通に城まで連れて行ってもらえると思っていたのにまさか山登りをさせられるとは思わなかった。


 季節は夏である。周囲に響くセミの大合唱は城に向かう我々を歓迎してくれているのだろうか。だがそれも、山道を行く私にとっては耳障りなものでしかない。


 水分補給を行い額の汗を拭う。娘からダサいだのジジくさいだの散々な言われようのラフな服装もこのときばかりは役に立ったようだ。


 歩き始めて20分ほど経った頃、道の先から滝の音が聞こえてきた。どうやら少し登ったところに吊り橋があってそこから滝を見ることができるようだ。吊橋と言っても今にも落ちそうな足場の不安定なものではない。割としっかりした造りで、2人並んで歩いても十分な広さがある。揺れもそこまで気にするほどじゃない。


 橋の中ほどで滝を前にして学生服に身を包んだ2人の少女がすごいすごいとはしゃいでいた。その少し離れたところで望遠レンズを付けたカメラ越しに滝を覗いている女性もいた。


 私も橋の上で足を止めた。


 全身を打つ飛沫が熱を帯びた体に心地よい。滝は遥か上方から淵に向かって急転直下。滝が淵を叩く音は目を閉じれば騎馬の軍勢が大地を駆る音のようにも聞こえる。


 束の間の癒しを終えた私は未だ撮影を続ける女性の後ろを通りディバインキャッスルへ向かうべく山道を進んだ。


 吊橋からおよそ10分で目的地に到着。城の外観は圧巻と言いうほかなかった。


 特にこれと言って城に興味があるわけではなかったが、興味がない者でもいざそれを目の前にすると感慨深いものがあった。


 有馬さんの案内で城内へ入る。


 城内は外観と違い予想の範囲内と言ったふうだ。玄関先は高級ホテルのラウンジレベルだった。


 それから有馬さんによる注意事項の説明があり部屋の鍵を渡された。


 ようやく腰を落ち着けることができる……


 ディバインキャッスルにやってきたことの感動よりも早く休みたいという気持ちが勝っていた。50を超えた身体には30分の山登りは少々堪えるものがった。


 私の部屋は『002』号室。エントランスホールのすぐ隣に『001』号室があって、その隣が私の部屋だ。


 私が鍵を開けて部屋に入ろうとしているタイミングで『001』号室の住人がやってきた。


「どうも」


 城の中だと言うのにマスクにサングラスを掛けたその人物は私の挨拶を無視してさっさと部屋に入ってしまった。


「なんなんだ。あれは」


 これから3泊4日を共に過ごすことになるのだから赤の他人と言えども多少の交流くらいはあるだろうに、挨拶くらいまともに返したらどうなのだ。


 初日早々すごく気分が悪くなった。


 …………


 夕食を終えてシャワーを浴びベッドに腰掛ける。


 ディバインキャッスル――


 お世辞にも面白い場所とは言い難かった。私は1日目にして早くもここに来たことを後悔していた。この場所は私にとってはとても退屈な場所で、半日もかからずにすべてを網羅したと言っていい。


 城は3階建てで取り立てて目を引くものは、1階にある王座に座って写真撮影ができる場所と中庭。2階の娯楽室と資料室。3階の礼拝室と展望室。だがそのどれもが私の興味を引くことはなかった。


 中庭は城の中央に位置し吹き抜けになっていて、夏のこの暑い時期にわざわざ外に出ようなどとは思わない。撮影ルームも何が悲しくて1人で椅子に座った姿を自撮りせねばならんのか。


 資料室も私はこの城の歴史になど興味はないし、ギャンブルもやらないので娯楽室も足を踏み入れることはない。


 展望室にも入っては見たが、見える景色は一面緑。これは時期が悪すぎた。私は特定の宗教に肩入れしているわけではないので礼拝室にも興味はない。


「こんな場所が人気スポットなのか?」


 しかしながら、ほかの客はそれなりに楽しんでいるようで、私の感性がおかしいのかもしれない。


 だが、そんな私でもただひとつだけここに来てよかったと思えることがあった。


 それはとある女性との出会い。スラリとした美人で、彼女の容姿は私の心に形容しがたい感情を抱かせた。直接会話を交わしたわけではない。遠くからちらりとその姿を拝見しただけだ。それでも私の目を奪うだけの魅力を持っていた。

 ここでの生活は3泊4日。もしかするとその間にお近づきになれるのではと、年甲斐もなく心を踊らせていた矢先にそれは起こったのだった。


 …………


 ――2日目――


 私は自らが探偵であることを宣言した後、有馬さんに頼んで城内の中央にある食堂に全員を集めてもらった。


「いやぁ、まさか探偵さんがいたとは。これで一安心ですな!」


 先程まで酷い剣幕で有馬さんに詰め寄っていた初老の男はガハハと笑いだした。私はわざとらしく咳払いして、


「みなさん。これから事情聴取を行います」


 私のその言葉で場が静まり返った。


「どうして俺が聴取を受けなきゃならんのだ?」


 がたいのいい大男が睨みつけてくる。


「どうしてって……この中に彼を殺した犯人がいるかもしれないからですよ」


 私がそう言うと「あたし犯人じゃないよー」「俺もだ」と食堂内がどよめきだつ。


 そんな中「どういうことでしょうか?」と太め男性の隣に座る育ちのよさそうな女性が聞いてくる。


「いや、もちろんいろいろな可能性が考えられるわけですが、現場の状況から見て自殺の線は薄いです。すると必然的に犯人はこの中の誰かということになります」


 もちろん絶対に自殺ではないと断定することはできないが……


「いいんじゃない。事情聴取してアタシが犯人じゃないって証明できればいいわけでしょ?」


 ソバージュの女性が言う。テーブルの彼女が座っている位置には大きなカメラが置かれている。


 女性が話を続ける。


「これからアタシたちが事情聴取をやって、誰も犯人じゃないってわかれば、自殺ってことでしょ? 探偵さん」


「あ、ああ。そうだ」


 彼女の言葉で、声を上げていた者たちはみな納得したようだった。


「それでは、これからここで、1人ずつ事情聴取を行います。順番に呼ぶので――」


「待ってください」


 私の会話に割り込む形で声が上がる。


 声の主は長い黒髪が特徴的な美しいあの女性だった。


「探偵さんは、この中に犯人がいる可能性を疑っているのですよね? でしたら万が一を考えて1人ずつ事情聴取を行うのはやめたほうがよろしいかと……」


 表情を変えることなく淡々と言う。その様もまた魅力的であった。


 だが、彼女が何を言いたいのかはわからなかった。


「なぜですか?」


「1人ずつということは、探偵さんはこの部屋で、犯人と2人きりになる可能性があるということですよ」


 ああ……


 指摘されてようやく気が付いた。確かに彼女の言う通りだ。


 私は逡巡して、


「ではこうしましょう。まず最初にコンシェルジュのお二人を同時に聴取します。その後2人にはこの場に残ってもらって、それから1人ずつ聴取を行う……これでどうですか?」


 コンシェルジュは客商売だ、客のプライベートをむやみに口外することはないだろう。だからこそ事情聴取の際に語った内容を他人に漏らすことはないと言える。私の意図を理解してもらえたらしく反対意見はなかった。


「それでは、順番に呼びますので、みなさんは一旦部屋へ戻ってください。コンシェルジュの二人は向かいの席に並んで座ってください」


 こうして、事情聴取が始まった。

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