第2話 事情聴取 前編

 コンシェルジュというのは要はお世話係で、我々がここで過ごす間身の回りの世話をしてくれる事になっている。2人はディバインキャッスル行きのバスが出発する前に我々に対して自己紹介をしてくれた。だから名前を知っているし、今も胸にネームプレートが付いているので改めて確認する必要はないだろう。


 テーブルを挟んで、向かって右側には有馬さんが座っている。スーツの似合う眼鏡の男性で、綿手袋をつけた手を膝に乗せている。背筋をピンと伸ばして椅子に座り、先程からずっと私から視線を外そうとしない。

 その左側には森園さんが座っている。薄化粧の彼女は良く言えば儚げ、悪く言えば薄幸な印象を受ける。有馬さんと違い背を丸めて椅子に座り先程からずっと俯いている。そういった態度からもどこか影を感じずにはいられない。


 早速コンシェルジュの2人の事情聴取を行う――前に私には確認しておかなければいけないことがある。それは被害者の名前だ。当然この2人なら知っているはずなので、私はそれを尋ねた。


「被害者の名前はウシヤマタロウさんです。芸能関係のお仕事をしているみたいです」


 芸能関係……なるほど、どこかで見たことがあると思ったのはそのためだろう。だが、生憎とウシヤマタロウなる名前の芸能人は記憶にない。


 だがこれで納得いったことがある。彼が城内でも常にマスクとサングラスを着用していたのはそういう事情があったからなのだろう。


「では次に、それぞれウシヤマさんに最後に会ったのはいつかを教えてください」


 最初に有馬さんが口を開く。


「そうですね、私が最後にあったのは昼食のときですね。それ以降は一度もお会いしていません」


「なるほど。……では、あなたは?」


 森園さんの方を見る。


 俯いていた森園さんはゆっくりと顔を上げて、「有馬さんと同じです」とだけ答えた。その声からは自身のなさのようなものを感じた。


「次の質問です。今日の昼食が終わってから夕食が始まるまでの時間それぞれ何をしていたか教えてください」


 2人は顔を見合わせたあと、森園さんが口を開いた。


「私は食事の後片付けを済ませたあと、見回りを兼ねて城内の清掃を行っていました」


「それを証明できる人は?」


「食事の後片付けは完全に1人でやっていました。城内の清掃中は何人かのお客様とすれ違いましたが、掃除に集中していたのではっきり誰とはわかりません。ただ……ニレガネさんに落とし物がないかと尋ねられたのは覚えています」


 ニレガネさんというのが誰のことかはわからないがそれは今後の聴取で明らかになるので聞き返すことはしなかった。


「わかりました。もしかしたらすれ違った相手があなたのことを覚えているかもしれませんから、それは今後の聴取で明らかになるでしょう」


 彼女はそうだといいですがと口にした。


「それでは次はあなたです」


 有馬さんに顔を向ける。


「私は自室で日報を書いておりました」


「日報……ですか?」


「我々の仕事は、一週間ごとのシフト制になっています。3日間お客様に付き添ってお城に詰めているとき以外は、この城を運営している会社で別の仕事をしています。そのときに次の週のお客様を案内する職員に先週何があったとか、トラブルが起きた場合などは、その内容と解決方法などを引き継ぐんです」


「なるほど……しかし、それは普通その日の終りに書くものなのでは?」


「普通はそうかも知れません。ただ、私の場合は、そのとき起きたことを忘れてしまわないように、その時々で書くようにしているんです。そうですね、メモ代わりと言ってはなんですがそんな感じです」


「ちなみになんですが……今回起きた事件のことは書くつもりですか?」


「当然この事件は他人の知るところとなるでしょう。だったら書かないのは逆に不自然かと……」


「確かに……ちなみに、日報を書いていたということですが、ずっと部屋で?」


「いえ、日報を書き終わった後は、私も彼女と一緒で城内の見回りを兼ねた清掃を……ちなみにすれ違った方は特にいません」


「なるほど」


 頷いて、続けて気になることを尋ねる。


「先程、玄関ホールで騒ぎが起きていましたよね。会話の内容からおそらく誰かが外に出ようとしていたのでしょうが、外に助けを呼びに行くというのは決して間違った行為ではないと思いますが……」


「当然、あとで連絡を入れるつもりでした」


「ではなぜ彼らを引き止めたんですか?」


「扉には鍵がかかっていて簡単には外に出られないのですが、鍵を壊して勝手に飛び出していって怪我や遭難するという最悪のケースを考えました。ですから私が一人で本社に連絡を入れに行くつもりだったんです。幸い、この城の近くに直通回線が通った連絡施設がありますから」


「連絡というのはこの城の中ではできないんですか?」


「できません。城の雰囲気にそぐわないものはなるべく設置しないようにしています。もちろん必要最低限の設備は整えてありますが、そうでないものは近くの別の建物の中にあります」


「そうですか」


 とりあえずこの2人に関してはこんなところだろう。


 私は有馬さんに次の人を呼んで来るようお願いした。


 …………


 私が座る左隣には有馬さん、その左には森園さんが座っている。


 向かい側に座るのは、お腹の出ている初老の男。頭髪は若干薄くところどころ白髪が目立っていた。


「それではまず。お名前と職業、それからここに来た目的を教えてください」


 尋ねると男はよしと頷いて。


「名前はウリュウタツオじゃ。職業は……まぁ、会社役員と言ったところかの」


 役員ということはそれなりに高い報酬をもらっているはずだが、ウリュウさんの格好からは成金的な雰囲気は感じられなかった。


「次に、被害者を最後に見たのはいつか教えてください」


「うぅん。はっきり言って覚えとらんのぅ」


「そうですか」


 本当にわからないのか、誤魔化しているのか……


「大体なぁ、ここには城を見に来てるんだぞ。人を見に来てるわけじゃないんじゃから、いちいち覚えてる方がおかしいと思うがの、わしは」


 確かに言っていることは理解できる。だがそれだとこの事情聴取自体の意味がなくなってしまう。


「城を見に来たとおっしゃいましたが、お1人でですか?」


「いいや。ミライが前からここに来たいと言っとったから予約を取って、それから1週間ほど休みを取って、ここに来たんじゃ」


「ミライというのは?」


「ん? わしの女房だ。部屋番号順に聴取してるんだったら次に会えるぞ。言っとくが惚れちゃいかんぞ!」


 ウリュウさんは冗談めかしてガハハと笑い出す。


 奥さん。つまり夫婦ということはウリュウさんは2人いることになる。今後のことも考えウリュウさんに関してはタツオさん、奥さんのことはミライさんと呼ぶことにする。


「なるほど、奥さんでしたか。つまり奥さんの望みを叶えるためにここに来たんですね」


「まぁ、そういうことだ。いつも迷惑かけてるからなぁ、たまにはこういうこともしないと釣り合いがとれんじゃろ?」


 お腹も大きければ心も大きいいと言うわけか……


 夫婦円満というのは実に羨ましい限りだ。それに比べて私は……


「ん? なんじゃ? 話は終わりかのぅ?」


「――っとと、失礼。では次の質問です。今日の昼食が終わってから夕食の時間までの間に何をしていたか教えてください」


「アリバイってやつじゃな? その時間はミライと一緒に城内を歩き回っておったな」


「そのとき誰かを見かけたりしていますか?」


「そうじゃな、でかいカメラを持った嬢ちゃんに会ったの。それから、ミライのストールがなくなってる事に気が付いての、それを探しているときに2人の学生さんと少し話をしたかの」


 でかいカメラで思いつくのは、例のソバージュの女性だ。


 学生2人というのもわかる。今回ここに訪れた私を除く10人の客の中で学生服を着ている少女が2人いたことをハッキリと記憶している。


「わかりました。協力ありがとうございます」


「ん? もう終わりか?」


 私ははいと返事をして、タツオさんに次の人を呼んできてもらうようにお願いした。


 …………


 正面に座ったのは少し白髪の混じった妙齢の女性。アクセサリなどで着飾ってはいないが、どこか良家の出を思わせる雰囲気が漂っていた。


「お名前はウリュウミライさんでよろしいですか?」


 私が尋ねると、驚いた顔を見せるので、慌ててさっきタツオさんに聞いたのだと返した。


「ああ、そうですか。主人が」


 細い声でホッと息を吐くように話す。


「ちなみに普段は何をなされているんですか?」


「普段というのは仕事のことですか? でしたら専業主婦……ですかね」


「では、最後に被害者のウシヤマさんを見かけたのはいつですか?」


「そうですね……」とミライさんは頬に手を当ててる。「見かけたのは朝食のときが最後かと」


 朝食の時間が最後となると死体が発見されてからかなり間がある。


「なるほど。では、昼食が終わったあとは何をしていましたか? できれば具体的にお願いします」


「主人と一緒に城内を見て回っていただけですから、具体的にとおっしゃられても……」


「誰かと会ったりはしましたか?」


 この質問でタツオさんと違う答えが返ってきたらどちらかが嘘をついているということになるのだが、返ってきた答えはまったく同じものだった。しかし、2人が犯人で口裏を合わせている可能性だってないこともない。


「ちなみになんですが、タツオさんと別行動を取ったりしましたか?」


 ミライはいいえと首を横に振った。


「質問は以上です。ありがとうございました」


 食堂から出ていこうとする彼女に次の人を呼んでくださいとお願いすると、快く引き受けてくれて部屋を出て行った。

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