第3話 城内見学 1日目 中編
部屋を出て、隣の『011』のプレートが貼り付けられた扉をノックして明里の名を呼ぶ。するとすぐに扉が開き明里が出てきた。わたしが何も言わなくても「城内を見て回るんですね」と察してくれる。ここでやることと言ったらそれしかないのだから、当たり前といえば当たり前か……
2人で明里の部屋の前に伸びる廊下を歩く。廊下には赤い絨毯が敷かれている。
右側には等間隔に外の景色が見えるように窓が付いてるけれど、宿泊部屋同様すべてはめ殺しになっている。左側の壁には等間隔に写真が飾ってある。その写真はこの城の外観を色んな角度から捉えたものだった。時間帯も様々。中でも特に目を引いたのは、夜間ライトアップされた城を斜め下から見上げるような角度で撮影された写真だった。
わたしがその写真を食い入る様に見ていると。
「この城がディバインキャッスルと呼ばれる理由ですね」
明里が言う。
――ディバインキャッスル……光の城。なるほど……
「昔は夜になるとこのように城がライトアップされ、それを実際に見ることもできたそうです」
写真を見ながら明里が説明してくれた。
「つまり、今はそれができないから写真で我慢してくれってこと?」
「ないよりはましかと」
「そりゃそうだけど……」
いくらセキュリティのためとは言え一番の目玉を封印してしまうのはどうなんだろう……背は腹に変えられなかったのか……
再び歩き出すと、廊下の中ほど、内側に面する壁の方に扉があった。その扉には円形の小窓が付いていて向こうが見えるようになっている。扉の向こう側はどうやら中庭になってるみたいだ。
「行ってみますか?」との明里の質問に、まずは中を見て回ろうと提案して廊下を進むことにする。
廊下を突き当たりまで歩くと、廊下は左に直角に曲がっていた。その先はまっすぐ向こうに続いている。
なるほど……おそらくこの城は上空から見下ろすと『ロ』の字型になっているのだろう。そしてその中央が中庭だ。
それから直角に曲がって廊下を進むと、中程で内側にはさっきと同じ扉があった。丸窓の向こうは当然中庭になっている。そしてその反対、外側に面する壁にも扉がある。その扉は両開きで、造りがいかにもな感じで荘厳だった。
わたしはその扉を押して開けた。
扉の先は、一言で言うなら謁見室のような感じになっていた。扉から奥に向かって赤い絨毯が伸びていて、ちょとした段差を上がったところに豪華なイスが間を空けて2つ横に並んでいる。
そしてそこには、
「おっ――」
向かって左に座っていた恰幅のいい初老の男性が声を上げた。ちなみに右には初老の女性が座っている。男性の方はおおらかな感じで、女性の方は気品のようなものを感じる。おそらく王様と后の気分を味わっていたんだろう、その姿はかなり様になっていた。
イスに座る2人は、顔を見合わせ「がはは」「うふふ」と笑う。
わたしたちが部屋の奥に進むと、男性が立ち上がり近づいてくる。それに遅れるようにして女性の方もこちらに歩いてくる。
「いやぁ、恥ずかしいところを見られてしまいましたなぁ」と男性の方が照れながら話しかけてきた。
「――ああ、わしの名前はウリュウタツオじゃ」
自分の名前を言ってから女性の方を向いて、
「で、こっちは女房のミライじゃ」
紹介されたミライさんは頭を下げる。夫婦。どちらもウリュウさんと呼ぶとややこしくなるから、タツオさん、ミライさんと呼ぶことにする。
名前を告げられたら名乗らないわけにはいかないので、わたしたちも自分の名前を教えた。
「ところで、知っておったかの? あの有馬という男、かなり有能での、なんでもこのディバインキャッスルの企画が落ち目になっていたのをたったひとりで持ち直したそうなんじゃよ。今ではこの企画の総指揮者らしいんだ。すごい男がコンシェルジュとして付いてきたもんだと思ってな、女房と話しとったところじゃ」
「へぇ」
総指揮ってことは担当者の中で一番偉いってことだ。
ただ――言葉には出さないけど、わたしにとってそれは大した情報ではない。
「それだけの功績を上げた人間じゃからな次期社長も間違いないじゃろ。お前さんたちも今のうちに縁を作っておくといいことがあるかもしれんぞ!」
そう言ってがははと豪快に笑った。
するとミライさんが迷惑ですよとタツオさんを諌め、2人は別れを告げると部屋を出て行った。
「面白い方たちでしたね」
そういう言う明里はいつものように真面目な顔。面白いと思ったならそれなりの反応を見せてもいいと思う。
それに、面白いのはタツオさんだけでミライさんは至って普通だ。それともタツオさんみたいな人と結婚した時点で……って、流石にこれは失礼か。
「どうする? わたしたちも座っとく?」
イスを指差す。が、明里は首を横に振る。わたしたちもこの部屋を出ることにした。
…………
部屋を出て、来た道とは反対の道に進んで突き当りまで行くと、廊下が左に向かって90度に曲がっている。さっきの見立てどおり、この城は『ロ』の字型の構造なのは間違いだろう。
こっちの廊下も反対側と同じく、外側の壁には等間隔にはめ殺しの窓、内側には城の写真があった。
そして、その廊下を2人で歩いていると、
「いたーっ!」
明るく大きな声が廊下に響いてて、トタトタと走る音が近づいてくる。
振り返ると、ディバインキャッスルに来る前に見た万葉学園の制服のツインテールの女の子が無邪気な笑顔で駆け寄ってくるところだった。
何事かと思うと、女の子は明里の前で立ち止まって、「美人さんはっけーん!」 と明里を指さした。
「あの、なにか?」
明里はまったく動じずに言葉を返した。
「ここにくる前からねー。ずっと気にってたんだよー。それでー話しかけようって思っててさがしたのー!」
これに対して明里は「はぁ」と気の抜けたような返事をする。
わたしもちょっと同じ気持ちだった。
この子、喋り方がちょっと面白い。
そこにもうひとり、同じ学生服を着た、黒縁のメガネを掛けた女の子がおさげを揺らしながら近づいてきた。
「ちょっとマリエ! 失礼だから。あと、指もさしちゃダメだよ!」
そう言って、ずっと明里を指さしてた女の子――マリエちゃんの腕をつかんで降ろした。
「えっと、すいませんでした。マリエがそちらの女性を見つけた瞬間に走り出しちゃって、それで――」
「いいよいいよ。明里もそういうの気にしないしさ。ね?」
「はい」
わたしは深々と頭を下げるおさげの女の子に顔を上げるように言う。
友だち同士なんだろうけど、この2人は性格にかなり偏りがあるように見受けられる。表現はあれだけど、凸凹でうまく噛み合ったのだろうか……
それから2人はそれぞれ名前を教えてくれた。
「あたしはイヌヅカマリエだよ」とツインテールの女の子が言う。
「私はイノグチネネです。よろしくおねがいします」とおさげでメガネの女の子。
それからわたしたちも自分たちの名前を教えた。
お互いに自己紹介すると「あのねー、写真いいー?」とマリエちゃんが明里に迫る。
明里は自分のことなのになぜかわたしに伺いを立てるように視線を向けてくる。
「別にいいんじゃない? 写真くらい」
「八重様がそうおっしゃるなら」
「さまっ!? いま、さまって呼んだー! どーゆーカンケー?」
マリエちゃんが興奮してわたしと明里を交互に何度も見る。
「それより写真でしょ、マリエ」
ネネちゃんがマリエちゃんにほらほらと先を促す。
――賑やかな
明里とマリエちゃんが横に並んで立つ。マリエちゃんは今どきの学生っぽいポーズを取るのに対して明里は直立で真顔。まるで免許の証明写真を撮っているみたいだ。
そんな2人をネネちゃんが携帯のカメラで撮影する。
撮り終わると「とれたとれたー?」とマリエちゃんが携帯を覗き込んで、あとであたしの携帯に送ってとネネちゃんに話していた。
それから、「どうもありがとう」とマリエちゃんが笑顔でお礼を言って、「ありがとうございました」とネネちゃんが深々と頭を下げる。
そして、またねと再開の挨拶を交わして2人は去っていった。
「明里さ……写真撮る時はもうちょっと笑顔作ったほうがいいと思うよ」
わかっているのかいないのか、明里は「はい」と答えた。
「そう言えば、あの2人はなんで制服なんだろう?」
去っていく2人の少女を見ながら、ふと気になったことがそのまま言葉にしていた。
「万葉学園には学外で行動するときも制服の着用が義務付けられているんです。あくまで校則ですから守るかどうかは個人の自由ですが……」
「ああ、なるほど」
どうして明里がそんなことを知っているかというと、明里も万葉学園の生徒だったからだ。あの2人はその規則を律儀に守ってるってことだ。
将来紳士淑女となることが約束されている者たちが通う学校、万葉学園。ただしここ最近の学園のイメージはあまり良くない。例えば、ここ2・3ヶ月前にも、学園に通う女子生徒が自殺したというニュースがあった。それに、今から約1年前にも物騒な事件があったと記憶している。
更に数年前、明里も――
「八重様。どうかしましたか?」
「――え!?」
明里に呼ばれ、思考の渦に入りかけていたわたしは「なんでもないよ」と答えて城内の散策を再開した。
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