第1話 いざ、ディバインキャッスルへ!

 季節は夏、8月中旬。天気は快晴で、時刻は午後2時過ぎ。時間的にはもっとも暑くなる時間帯だ。現に太陽の日差しが燦々と降り注いでいる。

 そんな中、長い髪を後ろで結って、グレーのスーツに身を包んだ明里が汗一つかかず涼しそうな顔で立っていた。

 見ているこっちはすごく暑苦しく感じる。


「ねぇ、暑くないの? その服」


「夏用ですよ」


 ――そういう意味じゃないんだけど……


「そういう八重様はちょっとラフすぎだと思います」


 わたしの服装は薄手のスラックスに白のTシャツ。オシャレとかにまったく興味がないので、夏の外出時は大体この服装だ。ただ、今回は目的地が“お城”だ。それを考えるとミスマッチ感はある。そんな何気ない会話を交わしながら歩いていると、お城に向かうバスが停まっている場所に着いた。


 そこにはすでにわたしたち以外の人たちがいた。


「あそこで受付をしているみたいですね」


 明里の言うとおり、みんなが、係と思われる男性が立っているところで何かしてからバスに乗り込んでいるようだった。わたしと明里が受付の列に並ぶと、現在進行系で受付をしている人物が不満をもらしていた。


「えー、じゃあ、あたしたちお城に行けないのー?」


 学生服に身を包んだ女の子。髪を両サイド結んでツインテールにしている。さっきの喋り方と髪型のせいもあってか幼く感じるが、これから向かう場所は子どものお小遣いで行けるような場所ではない。隣には同じ制服姿のお下げ髪の少女が並んでいる。


 ――親子連れじゃない。ってことは親が相当なお金持ちってことかな?


「いえ、早急に対応させていただきます」


 スーツの男性がそう言うと、不満を口にした女の子の隣に立つ女の子が「すいません。ありがとうございます」と頭を下げていた。


 ツインテールの女の子と違ってこちらは大人な感じだ。ちょっと面白い2人だと思った。


 しばらくして、問題が解決したのか何事もなかったかのように女の子たちはバスの中に入って行く。喜びながらバスに入っていく女の子に対して、おさげの子は再度受付の男性に頭を下げていた。


 そのやり取りを見ていて、彼女たちの着ている制服に見覚えがあるのに気づいた。


 万葉学園の制服だ。万葉学園は紳士淑女のための学園。お金持ちの人しか通えない学園で、偶然にもわたしの事務所と同じ市内にある。


 ディバインキャッスルへは毎週限られた人数しか行くことができない。その限られた中で同郷の人たちとと一緒になるなんて何たる偶然だろうか……と感嘆する。


 次はわたしたちの前に並んでいたネルシャツの男性だ。サングラスを掛けマスクを付けている。男性は無言で書類に必要事項を記入し受付をすませ、バスに乗り込んでいく。そしていよいよわたしたちの番だ。


「本人確認のためこちらにお名前とご職業を記入してください。それと、身分証明書の提示をお願いします」


 茶色い髪にメガネを掛けた受付の男性に促される。カジノのディラーみたいな服で手には薄手の白い手袋をはめている。上着のネームプレートには“有馬悟”と書かれていた。

 彼の指示通りわたしは自分の名前と職業を記入して明里にペンを渡し、身分証明書を有馬さんに見せる。

 そして、明里が自分の名前を書いている途中で、


「あら……」


「どうかしたの?」


「インクが出てきません」


 そう言って紙に何度か自分の名前を書こうとするが、跡がつくだけでインクが出てこない。どうやらインクが途中で切れてしまったようだ。


 なんとタイミングが悪い……


「すぐにほかのペンをご用意します」と言う有馬さんを静止して、わたしはカバンからうさぎ柄のペンを取り出し明里に渡した。


「それ使えばいいよ。返すのはあとでいいから。先に乗ってるね」


 私は一足先にバスの中に入った。


 バスに乗り込むと、運転席には女性が座っていた。


 さっきの男性同様、ディーラーみたいな服に薄手の手袋。上着のネームプレートには“森園かな子”の文字。


 目が合うと、互いに頭を下げる。


 どことなく影がある、薄幸そうな女性だった。開いている席に座ると、あとから明里が来て隣に座った。


「ふぅ……それにしてもディバインキャッスルがどこにあるか知ってた?」


 隣の席に座る明里に話しかける。


「はい。もちろん」


 涼しい顔で言う。


「まさか山奥にあるとはねぇ」


 ディバインキャッスルは、これからバスに揺られること約1時間。そこから更に徒歩で30分ほど歩いた場所にあるとのことだった。これで大したことのない場所だったら責任者に文句でも言ってやりたい気分だ。


「仕方ありませんよ。以前予約者でない人が紛れ込んだり、城内の調度品を盗んで逃げた人がいるみたいですから。規則が厳しくなったみたいですよ」


 明里の説明に付け加えると、昔は自家用車での来訪も可能だったし、専用のバスもお城まで行くのが普通だった。しかし、さっき明里が言ったみたいな事件が頻発してから、人を寄せ付けない施策がなされてこうなった。今では城に車で近づくことはできないし、複数あった城へ繋がる道も今ではたった一本だけだ。

 しかも、これは元かららしいけど城内は携帯電話の電波が届かない。


「みなさんお待たせしました」


 先程のスーツの男性がバスに乗り込んできて恭しく頭を下げた。


 運転席の女性が彼の隣に並ぶ。


「これよりディバインキャッスルへと参ります。今週のコンシェルジュを務めますのはこの私、有馬悟と」


 そして有馬さんが隣に立つ女性に手を向ける。


「も、森園かな子です!」


 緊張しているのか森園さんの声はかなり震えていた。彼女は、頭で氷柱割りするかの勢いで頭を下げた。そして、有馬さんが昇降口の傍の座席に座り、森園さんが運転席に座った。


「わたし寝るよ。着いたら起こして」


「はい」


 バスがゆっくりと走り出した。


 …………


 バスが予定の場所で止まる。腕時計を確認すると時刻は15時ちょっと前。


 全員がバスから降りると、忘れ物がないか確認して一行は徒歩で城に向かう。有馬さんが先導して、森園さんが殿しんがりを務める。その間を歩くのは宿泊客の面々。わたしと明里を含めて11人。ちなみに、わたしの前を明里が歩き、後ろには森園さんだ。


 煩いくらいのセミの声が反響する中山道を進む。普通に登るだけも結構キツイのに荷物を持ちながらだとなお厳しい。


「八重様。荷物持ちますか?」


「ううん。明里だって自分のがあるんだから気を使わなくてもいいよ」


 わたしは明里に気を使わせないよう気を引き締めて道を進んだ。


 およそ20分後、一行は城へ続く道の途中で、吊橋に差し掛かった。吊橋と言っても渡るのを躊躇ってしまうような危険さは感じない。幅は人が2人並んで渡れるくらいで揺れはほとんどない。

 宿泊客用の食料や日用品を運ぶ際もこのルートを使っているのだろうから当然といえば当然だ。


 橋の下には淵があってそこに向かってた気が流れ込んでいる。


「すごい迫力ですね」


 橋の途中で足を止めた明里がそんな事を言った。相変わらず表情の変化は乏しくとても驚いているようには見えない。


 滝との距離は飛沫が肌にかかるほどに近い。夏の暑さを和らげるにはちょうどいいくらいだ。


 吊橋を渡り終えて、山林をさらに歩くと開けた場所に出た。そして……ようやくディバインキャッスルのお目見えだ。

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