第一章 鳥海おさむ編
プロローグ
私の家での扱いはそれはそれはひどいものだった。娘からは顔を合わせる度にウザイ、クサイ、ハゲ、シネと罵詈雑言を浴びせられ、妻も暴言こそ吐かないものの明らかに私を避けていた。
それでもなんとか自分の心象をよくしようと努力した。そして今回のディバインキャッスル行きのチケットを2人にプレゼントするというサプライズもその一環だった。
ディバインキャッスルとはそれなりに名の知れた有名な場所で、西洋の城を模した宿泊施設で、3泊4日泊まり込みで城内を満喫する事ができる。その施設は完全予約制で、一度に宿泊できる人数が限られているため早くても3ヶ月は待たされるという。その希少さから、若者を中心に幅広い世代に受けている人気スポットだった。
これなら妻と娘も喜ぶだろうと思ってチケットを2枚予約し、チケットが家に届くやいなや私はそれを2人にプレゼントした。
しかし、私の期待とは裏腹に2人の反応はひどく冷めたものだった。
妻からは無駄な金を使ってる余裕があるなら少しでも多く家に金を入れてくれと冷たくあしらわれ、娘からはその日は友だちとの約束があるとかでチケットを突き返されてしまった。
高い金を支払って、長い間待った結果がこの仕打であった。しかも私を襲った悲劇はそれだけではなかった。
私が予約した2枚のチケットは日付がバラバラだったのだ。
これは後で知ったことなのだが、ディバインキャッスルはあまりに人気なため複数の客が同じ期間に示し合わせて予約を入れるのが非常に困難なのだそうだ。そのためソロチケットとペアチケットと呼ばれる2つのシステムが導入されていて、誰かと一緒に行きたい場合はペアチケットを予約するのが普通だということだった。
そんなこととはつゆ知らず、私は素人丸出しでソロチケットの方を2枚予約してしまったのだ。
しかも、転売対策の一環ということで、そのチケットは予約した本人しか使えないシステムになっていた。つまり、仮にチケットを受け取ってもらえていたとしても妻も娘もこのチケットを使うことはできなかったというわけだ。
私は運営会社に連絡を入れてキャンセルすることにしたのだが、キャンセル料が掛かるとのことだった。当然といえば当然だ。そこで、私は1枚だけキャンセルしてもう1枚は自分で使うことにした。
どうせ家にいても煙たがられるだけなのでたまにはいい気分転換になるだろう……と、そんな軽い気持ちだった。
それから私は職場に無理を言って1週間の暇をもらい、ひとり寂しくディバインキャッスルへと向かったのだが、そこで思わぬ事件に遭遇するのだった――
……………………
…………
目の前には男の死体があった。世間一般で言うところのイケメンに部類するであっただろう男性だが、その顔は今苦悶の表情に歪んでいた。目を見開いてベッドで仰向けになっている男の身体には柄の部分に虎の紋が入ったナイフが突き刺さっていた。おそらく即死だろう……
緊張をほぐすうように深呼吸する。
しかし、早鐘を打つ私の心臓は静まることはなかった。
――落ち着け、落ち着くんだ。私は探偵だ……そう、探偵じゃないか!
自分に言い聞かせるように心の内で反芻する。
探偵ならばやることはひとつだ。
「犯人を見つけなければ!」
証拠を見つけて、事情聴取を行って、それから、最も犯人にふさわしい人物を選ぶだけ。
――とにかく証拠! 証拠だ!
室内を見渡す。
テーブルには清潔感漂う白いクロスが敷かれて、その上には残りが僅かになった馬の絵のラベルが特徴的なワインボトルが1本、栓がされていない状態で置かれている。その傍には猿の人形がくっ付いたコルク抜きがある。
そして、テーブルを挟んで向かい合うように椅子が一脚ずつ置かれており、一方の背もたれにはベージュ色の布が掛けてあった。私はその光景に不自然さを感じたが、それが何かまではわからなかった。
そのほかに目立ったところと言えば……
「ん?」
床に布の塊が落ちているのを発見した。拾ってみると、犬の絵がプリントされた布の中にゴムが入った輪っか状の……
「シュシュか!」
私の娘が口にいしていたのを思い出して、ついつい叫んでいた。
シュシュは普通、長い髪を止めるのに使うか、あとは手に付けたりするもので、十中八九女性が使うものだ。
「ならば犯人は女ということか……? ――って、しまった!」
私は、自分が現場に落ちていたものを素手で拾い上げていたことに気づき慌ててもとに戻した。
一呼吸置いて平常心を取り戻す。
私は再び男の顔を見る。
いかにもモテそうな顔、痴情のもつれ……というのはどうだろうか……?
「それにしてもこの顔、どこかで見たような……?」
思い出そうと腕を組んで思案に耽る。
すると、私の思考を邪魔するかのように、部屋の外――玄関ホールの方が騒がしくなった。
この部屋の番号は『001』号室。エントランスホールの直ぐ傍に位置している。
私は部屋を出て玄関ホールを覗き込んだ。すると、入口付近で、太めの初老の男と学生服を着た女の子が有馬さんに詰め寄っていた。会話の内容は「この城を出る」「規則でそれはできない」のやり取りを繰り返しているようだった。
この城を出たいと思うのは当然だろう。なにせ人が死んだのだ、そんなところにいたいと思わないのが普通だろう。
ここは私が収集をつけるべきなのか? ――いや、探偵ならば当然であろう。
そう思って、
「み、みなさん。聞いてください!」
緊張しながらも、みなに聞こえるように声を張る。否が応でもそこにいた全員の視線が自分に集中する。
「心配しなくても大丈夫ですよ! なぜなら、私は探偵ですから!」
私は大声で叫んだ。
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