第4話 事情聴取 後編
その男声はまさに大男という感じだった。身長は恐らく190を越えている、髪型はツーブロックで目つきはきつい。その容姿から、ハッキリ言って彼はあまりこの場にふさわしくないように思えた。
「お名前は?」
「タイガトラジロウ」
太く低い声。そして、彼の風貌を如実に表すかのような名前だった。名は体を表すという言葉が思い浮かぶ。
「職業を聞いてもよろしいですか?」
「建築関係の仕事をしている」
「なるほど、ではここに来た目的を教えてください」
「目的? 何を言ってるんだ。ここに来る目的など1つしかないだろう。この城を見るためだ」
なぜか怒ったような口調で圧をかけてくる。
「大体、ここに来た目的が事件に関係あるのか? 重要なのはアリバイだろう? 違うか?」
高圧的な物言いに気圧されそうになる。
「そ、そうですね。では、被害者を最後に見たのはいつかと昼食を済ませたあと何をしていたのかを教えてください」
「最後に見たのは覚えてない。昼食後は1人で城内を見て回っていた。それだけだ」
「そのとき誰かに会いましたか?」
「眼鏡を掛けた学生と廊下ですれ違ったな。あとはニカイドウという男に話しかけられた。それと、そこにいる女ともすれ違ったな」
イノグチさんとニカイドウさんが言っていたことと同じだ。それと、ここにいる女性とは森園さんのことなので、彼女の証言とも一致していることになる。
「そうですか……」
これ以上大した情報が得られそうになさそうだし、下手な質問をしてキレられでもしたら私の方が耐えられそうにないので切り上げることにした。
「ありがとうございました。それでは次の人を呼んできてください」
彼は無言で椅子から立ち上がり、無言で食堂を出て行った。
…………
事情聴取は終盤を向かえていた。これまで聞いてきた内容を頭の中で吟味してみるも、誰が犯人かなどまったくわからなかった。
残り2人から有益な情報が得られない場合は一体どうすればいいのか……
不安な気持ちに支配されそうになったとき食堂の扉開いた。
中に入ってきたのは、流行りなのかただ彼女が無頓着なだけなのかはわからないがボサボサに見える栗色の髪の女性だった。
彼女は食堂に入ってくるなり、床をキョロキョロと見回していた。
そのままこちらに向かって歩いてきて、「よいしょっと」と椅子に座った。
それを確認して私は早速彼女に質問する。
「それではまず、名前を教えてください」
「え!? 名前聞くの!? 本気!?」
「本気も何も当然でしょう、私はあなたの名前を知らないんですから。もしかして名前を言えない理由があるんですか?」
「いや……別にそういうわけじゃないですけど……」
そう言って彼女はなぜか有馬さんの方を見た。
なにかあるのかと思い顔を左に向けるも、涼しい顔をしているだけの有馬さんの姿があるだけだった。
「とにかく名前です。教えてください」
「ニレガネヤエですけど」
「ニレガネ……珍しいお名前ですね」
ニレガネさんは「たまに言われます」と照れ笑いを浮かべる。
「それでは次。普段のお仕事を教えてください」
「えぇ!? それも聞くの!?」
どうしていちいち驚くのか私には理解できなかった。
もしかすると名前や職業に事件に関するなにかがあるのか……
「えっと、まぁ、フリーターですけど」
彼女は首を傾げつつ答える。しかも歯切れが悪い。
ああ、フリーターだから言いにくかったのか……と思っていると、
「えっ? ですがあなたは――」
なぜが有馬さんが言葉を発しほんの少し身を乗り出していた。
「まぁ、とにかく次の質問に行きましょう」
有馬さんの言葉を遮るようにニレガネさんが私に言う。
なにか腑に落ちないものがあったがとにかく質問を続ける。
「今回この城を訪れた理由を聞かせてください」
「叔父さんからチケットを譲ってもらって、それでアカリと一緒にここに来たんだよ」
つまり、先程の学生たち同様、彼女はここに来る予定ではなかったということになる。そしてこれまで事情聴取をした人物の中にアカリという人物はいない。必然的に次に事情聴取をする予定のあの美しい女性がアカリということになる。そして、その人物もまたここに来る予定ではなかったということだ。
「それでは、殺されたウシヤマさんを最後に見かけたのはいつですか?」
「そうだね、最後に見かけたのは朝食のときかな」
「それでは次の質問ですが――」
「待った」
ニレガネさんが私の話を止める。
「なんですか?」
「メモとか取ったりしないわけ?」
「え? あ、ああ! 私のメモ帳はこの中にあるんですよ」
私はこめかみ辺りを人差し指でトントンと叩いてみせる。
「へぇ、さっすが探偵さん。すごいじゃん!」
彼女は大仰に驚いてみせる。
「それで、昼食が終わったあとは何をしてましたか?」
「アカリと一緒に城内の散策。そのときにウリュウ夫妻とカメラマンの女性が話をしているのを見かけたかな。それから探し物をしてるマリエちゃんと出会ってからそっちの森園さんと会った。そのあとに遊戯室でウリュウ夫妻とネネちゃんとマリエちゃんに会った」
ニレガネさんは、誰と会ったのかを聞かなくても自分から話してくれた。私にはそれが自分は犯人ではないと証明したい一心のようにも感じられた。
「それではありがとうございました」
「え? もう終わり? もっと聞くことないの?」
その言い方はまるで、もっと聞いてほしいと言っているようにしか見えなかった。
怪しい……
あらかじめ話すことを用意していた……そんなふうにも受け取れてしまう。
「とりあえず終わりですよ。それでは次の人を呼んできてください」
彼女は椅子から立ち上がり、どこか腑に落ちない様子で首を傾げながら部屋を出て行った。
…………
美しい……
部屋に入ってきたのはグレーのパンツスーツの女性だった。
しゃんと背筋を伸ばし歩く姿についつい見とれてしまう。
椅子に座る彼女……
遠目に何度も拝見したが、近くで見るとその何倍も綺麗だとわかる。
整った顔立ちに、長く美しい髪は頭の後ろで結っていた。掛けている眼鏡もとてもよく似合っていた。
扉を開けこちらに向かってくるときの所作といい、すっと背筋を伸ばして座る姿といい、どれをとっても美を感じさせた。
『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』という言葉は、まさに彼女のためにあると言っても過言ではない。
美人を前にして緊張している自分を落ち着かせるために水を一気に飲んだ。
「すいません。水をおかわり。いいですか?」
隣に座る有馬さんにお願いする。
「では、お名前を聞いてもいいですか?」
「はい。ウサミアカリと言います」
これまでの話で度々出てきたアカリという名前は彼女のことで間違いないようだ。そして、ウサミというのが彼女の姓だということも判明した。
アカリという明るいイメージを抱く名と違って、彼女からは明るさを微塵も感じない。クールと言うやつだろう。それもまたいい――
「ちなみに年齢は……?」
欲求に負けて、事件に関係ないことを聞いてしまった。
「今は19で、今年20歳になります」
「――19!」
とてもそうは思えないほど落ち着いている彼女に驚きを隠せなかった。
水を飲み質問を再開する。
「では普段何をしているか聞いてもいいですか?」
「普段と言うと職業ですよね。それでしたら秘書をやっています」
これまたとても似合っている。
「先程、ニレガネさんがあなたと一緒に来たと言ってましたがどういう関係ですか?」
フリーターと秘書では職業的な接点が見当たらないし、顔も似ていないし名字も違う。友人同士と考えるのが妥当だろうかと思っていると、「私はヤエ様の秘書をしています」というとんでもない答えが返ってきた。
「さまっ!?」
もちろん人を様付けで呼ぶことは珍しくはない。秘書ともなれば言葉遣いに気をつけるのは当然だろう。だが、様付け呼び以上に驚いたのはニレガネさんの秘書という点だった。
「ニレガネさんは自分はフリーターだと言っていました。フリーターに秘書が付くというのは聞いたことがありませんが……」
「ヤエ様がフリーターだと言っていたんですか?」
「はい。そうですけど……私の隣の2人もそれを耳にしています」
アカリさんが私の隣に顔を向けると、有馬さんと森園さんは「はい」と頷いた。
「そうですか……とにかく私は嘘は言っていません。私はヤエ様の秘書です」
――そうでしょうとも。あなたのような人が嘘言っているとは思いたくない。
私は再度コップの水を飲んで続ける。
「では、最後に被害者であるウシヤマさんを見かけたのはいつですか?」
「最後というのは遺体を発見する前ということですよね? ――はっきり覚えているのは朝食のときですね。その後は見かけていないと思います」
「わかりました」
私はまた水を飲む。
「昼食のあとはどのような行動してましたか?」
「昼食後はヤエ様と一緒に城内を歩いていました」
「そのとき誰かに会いましたか?」
「イヌヅカさんに会いました。彼女は探しものをしていて、ヤエ様の案で手伝うことになってその後1人で3階の捜索を、そのときエトウさんとニカイドウさんに会いました」
ニレガネさんとの証言の食い違いはない。また、1人で行動していたときの話もニカイドウさんとエトウさんの話と一致している。
「わかりました。それと、最後にお礼を言わせてください」
「お礼?」
彼女がほんの少し首を傾げる。
「事情聴取を始める前に助言をくれましたよね。非常に助かりました」
そう告げると「あぁ」と彼女は私が何を言っているのか理解してくれたようだ。
「当然のことをしたまでです」
「では、再び全員に集まってもらいたいので、声掛けをお願いできますか?」
彼女は「はい」と返事をして椅子から立ち上がって、「あのひとつ聞いてもよろしいですか?」と私の方を振り返った。
何を聞かれるのかとドキドキして、水を口にする。
「先程から頻繁に水を飲んでいますよね。もしかして緊張しているんですか?」
「えっ?」
確かに、見れば二杯目も空になっていた。
美人を前にして緊張していた――というのも1つの理由だが。別の理由もあった。
「いやぁ、実はこういった経験は初めてでして……その、手順がわからず……はははっ」
私は苦笑いを浮かべる。
普通の探偵はフィクションのように頻繁に殺人事件に出くわすことはないと聞いている。だから本音を口にしたところで自分に対する信用が揺らぐことはないだろう。
「そうですか」
アカリさんはそう言って食堂を出ていった。
こうして、長かった事情聴取が終わった――
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