第5話 進退窮まる?

「あの、お話が――」


 事情聴取が終わると、有馬さんが私に話しかけてきた。


「どうかしましたか?」


「先程の件ですが……」


 先程の件というのが何を指すのかわからず聞き返す。


「本社に連絡を入れるという話です」


「そういえば言ってましたね、事情聴取のとき」


「はい。それで、今から確認しに行こうかと思います」


「今からですか!?」


 時計を確認するともう18時を回っている。8月は日照時間が長いとは言え外はもう日が落ちている時間だ。おまけに山の中で周辺に街灯らしきものがあった記憶はない。


「大丈夫なんですか? なんなら明日の朝でもよいのでは?」


「土地勘はありますから問題ないかと。それに、みなさんの心情を考えれば明日の朝まで時間を伸ばすのはよろしくないかと思いまして」


 有馬さんのお客様第一を心がける行動に心を打たれた。


「わかりました。お願いします」


 彼の思いを尊重することにした。


 …………


 有馬さんを除く全員が食堂に集まった。


 時間的に夕食どきである。だが状況的に賑やかな食事をする気分にはなれず、みなの意見で軽めで手軽に食べられるものにしようということになった。


 献立が急遽変更になったことに文句一つ言わず森園さんは厨房に入った。


 テーブルに向かって座る9人を見据える。


「コンシェルジュの男の人は?」


 エトウさんに尋ねられ、今回起きたことを本社に連絡しに行ったと伝えた。


「これで一安心ですね」


 イノグチさんの言葉を皮切りにそれぞれが安堵の声をもらす。


「で? 犯人はわかったのか?」


 タイガさんの質問で空気が再びピリついた。


 私は空咳を入れる。


「結論から言いましょう。今のところ犯人が誰なのかはわかりません」


「なんじゃ、それではわしらは何のために事情聴取をやったかわからんじゃないか」


「そーだよー、時間のムダだよー」


 タツオさんとイヌヅカさんが不満を漏らすと、ミライさんとイノグチさんがそれぞれ落ち着かせる。


 場が静かになるのを待ってから私は話を続ける。


「みなさんから得られた情報を統合すると、被害者のウシヤマさんは13時から発見される16時半までの間に殺されたことになります。しかし残念ながらこの時間みなさんはそれぞれ城内を歩きまわっていた。つまり誰が犯人であってもおかしくないということです」


「自殺の可能性については追わなくていいのかな?」


 ニカイドウさんからの質問だ。


「もちろん絶対にないとはいい切れません。ただ……可能性は少ない」


「なんでよ」


 エトウさんが不満をあらわにする。


 そんなエトウさんを見据える。


「エトウさん。あなたが話してくれた内容からそう判断したんですよ」


「えっ!? アタシ!?」


 エトウさんが声を上げて自分を指差すと、みんなの視線が彼女に向かう。


「そうです。いいですかみなさん。彼女の話によるとですね、この中に事件現場に勝手に入った人がいるらしいんですよ。――怪しいですよね? 証拠を隠すために現場に入ったと考えるのが普通だと思いませんか? よかったら正直に名乗り出ていただけませんか?」


 静寂――


 どうやら誰も名乗り出るつもりはないらしい。


 ――当然といえば当然か。


「名乗り出ないつもりですか? 私はこのあと事件の現場を調べることができるんですよ。そのときになにか変わったことが起きていて、誰が部屋に入ったか特定できた場合はその人物が怪しいということになりますよ? いいんですか?」


 すると、「ごめんだよー」とイヌヅカさんがシュンとした表情を見せる。


 彼女が殺害現場に入ったという事実に少々驚いた。


「あたしがシュシュをなくしたからー、ニカイドウさんがー」


 何を言いたいのかわからない。


 だが、彼女は事情聴取の際にもシュシュを失くしたという発言を残していた。それがウシヤマさんの部屋にあったということだろう。そしてもう1つ、今彼女の口から出たニカイドウさんという言葉。私は彼の方を見て「どういうことですか?」と説明を求めた。


「ふむ。仕方ないね。正直に言おう。僕は確かに部屋に入ったよ。だがそれは、遺体のある部屋に彼女を入れるわけにはいという正義感からくるものだ。――ま、そのおかげで偶然これを見つけたんだがね」


 そう言って、彼はスーツのポケットからコルク抜きを出して見せてくれた。


 それは現場のテーブルにあった猿の――


「ええ!? 持ち出したんですか!?」


「ああ。僕のものだから構わないだろう?」


「いやいやいや! 何を言ってるんですか! 最終的に現場を警察が調べることになるんですよ! それまで状態を維持しておかないと駄目なんですよ!」


「おや? そうだったのかい。僕はてっきりあなたが事件を解決してくれるから警察の出る幕なんてないと思ってたんだけどね。――それに、僕よりも怪しい人物がほかにいるじゃないか」


「ほかに!? 誰ですか!?」


 ニカイドウさんの視線が一人の女性に向けられる。


「え!? わたし!?」


 ニレガネさんはかなり驚いた様子だった。


「そ、それを言ったらタツオさんだって部屋に入ったでしょ」


 ニレガネさんは矛先をタツオさんに向ける。


「わ、わしは、確かに部屋に入ったが、それはストールを取りに行くためでじゃな」


「ちなみに僕からもうもう一言わせてもらうと、タイガさんも部屋に入りましたよ」


「んなっ!? キサマっ!!」


 タイガさんがニカイドウさんを睨みつけた。


 食堂内が騒がしくなっていく。まるで私語に夢中になって騒がしくなる教室のようだ。このままでは収集がつかなくなる。


「静かに!」


 私の声で場が静まった。聞き分けのいい大人たちでよかった。これが子どもたちだけの空間なら1度や2度の注意では収まらない場合もある。


「これではっきりしました。もしこの中に犯人がいるとするならば誰が犯人であってもおかしくないということがより確実になったわけですね。もう自殺の可能性は考えなくてもいいでしょう。それと、参考までに部屋に入った人は持ち出した物を教えてください」


 まず最初に白状したイヌヅカさんからだ。


「シュシュだよ」


「先程も言ったが彼女は部屋に入ってはいない。僕が変わりに取ってあげたんだ」


 ニカイドウさんのフォローが入った。


「つまりニカイドウさんは自分の物とイヌヅカさんの物を持ち出したわけですね?」


「そうだ」


「それじゃあ次はニレガネさんは?」


「わたしは何も持ち出してないよ」


「は? では、目的もないのに勝手に部屋に入ったということですか?」


 彼女はあごに手を当て「まぁ、そうなるかな」と答えた。


「ふざけないでくださいよ! なんで理由もなく現場を踏み荒らすんですか、あなたは! これだからフリーターは……」


「あ、今の職業差別ですよ」


「あなたの行動がその価値を貶めているんです。大体――」


「ほら次いきましょう。つーぎ」


 彼女は締まりのない顔で笑いながら次に行けと促してくる。


 ――なんなのだこの女は? このまま行けば自分が最も犯人に近い場所に置かれるというのに、状況がわかっていないのか?


「それじゃあ、次はタツオさんお願いします」


「わしは昼過ぎからずっとミライに送ったストールを探していたんじゃ。そしたら、事件が起きたあとニレガネさんからウシヤマさんの部屋にストールがあったと聞いて取りに行ったんじゃ。――言っとくがそれだけじゃ。ほかは何もしとらん」


 確かにストールは椅子に掛かっていた。おそらくあれのことだろう。


 するとまたしてもニカイドウさんが口を開く。


「彼の言っていることは間違ってないですよ。僕は部屋で彼と一緒になりましたから」


「そうですか」


 どうやらそういうことらしい。


 次はタイガさんだ。


「俺もほかと同じだ。ニカイドウがウシヤマの部屋に入って行くのが見えて、何をするのかと思って追いかけたんだ。そうしたら俺のナイフがウシヤマの体に刺さってたんでな……だがもうあのナイフは使いたくないな。結構気に入ってたんだが……」


「まさか! 凶器のナイフを持ち去ったんですか!?」


「ああ」と首を縦に振った。


「なんてことを……」


 愕然とした。あり得なかった。


 現場から凶器を持ち出すなど自分が犯人だと言っているようなものだ。


 それとも本当にこの男が犯人なのか……


「じゃあ最後にエトウさん……」


「は? なんでアタシ?」


「念のための確認です。あなたは写真を撮るために部屋に入った……それだけですね?」


 “だけ”の部分を強調する。


 エトウさんは「え、ええ」と首肯した。どこか歯切れの悪い感じがしたが今は置いておくとしよう。


 つまり、ニカイドウさん、ニレガネさん、タツオさん、タイガさん、エトウさんの5人が現場に入ったことになる。これは、かなり難解だ。私のような人間にこの謎を解くことができるのだろうか……


 いや、弱気になっては駄目だ。私は探偵なんだ、探偵が弱気になってどうする――


 すると、突然食堂の扉が開いた。全員の視線がそこに集まる。


「みなさんお待たせして申し訳ありません。少々厄介なことになりまして……」


 食堂に入ってきたのは有馬さんだった。


 肩で息をして、額に汗が浮いていることから走ってここまで来たのだということは理解できた。


「じつは――」


 彼からもたらされた情報はこの場にいる私たちに不安をもたらすものだった。

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