第7話 探偵の務め
食堂に戻ると、テーブルの上には大皿に盛られた大量のおにぎり、別の皿には唐揚げや卵焼きが盛られていた。森園さんに頼んでおいた軽めの夕食だ。一足先に食堂に戻っていた面々はすでに皿に手を伸ばしていた。
心なしか、皆顔をほころばせている。
今このときだけは人が死んだという事実を忘れている様子だった。
私もおにぎりを1つ手にとってひと口食べると、これからどうすべきかをみんなに伝えた。
「よろしいですかみなさん――」
食べるのに夢中で、私の話を聞こうとしてくれている人は僅かだった。だがそのまま続ける。
「今日は全員ここにいてもらいます」
この言葉でみんなの手が止まった。
「なにを言っとるんじゃ?」
タツオさんが食べ物を口に入れたまましゃべる。
「ほーだよー。もうすぐ寝るじかんだよー?」
「あのですね。今は状況がはっきりしていないんです。この中に犯人がいるということは、更に被害者が出る可能性だってあるんです。だからみんな一緒にいれば安全なんです」
「それだと、トイレとかお風呂はどーするのー?」
「それは各自の部屋のものを使ってください。――ただし! 行動する際は複数人でお願いします」
「えー、トイレはひとりがいいよー」
イヌヅカさんは私の言葉の意味を間違えて捉えているようだ。
「マリエ。そうじゃなくてね――」
それに気付いたイノグチさんがイヌヅカさんにちゃんと説明してくれるみたいだった。
「ところでさ。ずっとここにいろってことは、当然ここで寝ろってことよね? 布団とかは用意してもらえるんでしょうね?」
エトウさんが有馬さんに聞くと、答えは「ノー」だった。
「雑魚寝ってこと!? 勘弁してほしいわ……」
彼女は深い溜め息をついた。
「寝るのが嫌なら起きてればいいんじゃないのか? それにこの中に犯人がいるんだったら全員で寝るのは逆に危険だと思うがな」
「確かにそうだね。僕らが寝静まったあと犯人だけが目を覚まして犯行に及ぶ可能性だってあるわけだからね」
そう言われると確かにその可能性もある。
「じゃあ、朝が来るまで交代で寝ましょう」
「待った――」ニレガネさんが私の提案に待ったをかける。「消灯後はどうするの? 暗闇の中で起きてたって意味ないと思うけど?」
「それは有馬さんにお願いして食堂の明かりだけでもずっとつけたままに……」
「残念ですがそれはできません」
言い終わる前に有馬さんに断られてしまった。
「なぜですか?」
「なぜと言われましても、そういう規則ですから」
規則……? こんな状況になってまで有馬さんは何を言っているのか。
「あぁ、規則なら仕方ないですよね。わたしもそう思います」
ニレガネさんはそう言ってウンウン首肯を繰り返した。
どうして今の有馬さんの発言で納得してしまえるのだ?
「そうなると、食堂には鍵もないみたいですし、わたくしたちの部屋のほうが安全ということでしょうか……」
「うん。そうじゃな。なら、部屋に戻るか、行くぞミライ」
タツオさんがおにぎりを手に立ち上がって食堂を出ていこうとする。ミライさんがそれに続く。
「ま、待ってください――」
呼び止めたはいいものの、食堂が安全ではなくなってしまった以上ここにいてくださいとは言えない。
「なんじゃ?」
続く言葉が見つからず黙ってしまった私を怪訝そうに見る。
「えっと、鍵は必ず掛けてください」
口をついて出たのはそんな言葉だった。
「うむ。わかっとるぞ」
そう言って、ウリュウ夫妻は食堂を出ていった。それが呼び水となって、食堂にいた面々は次々と自室へ戻って行く。最後にニレガネさんが部屋を出て行くときに、ああそうだとこちらを振り返った。
「食料って大丈夫なんですか?」
その質問の意図は理解できた。私たちは帰る手段を失ったのだから、当然予定よりも長くここに宿泊することになる。つまり食料の備蓄が気になるということだろう。
「ええ、普段から多めに蓄えてありますので」
森園さんが答えた。
「じゃあ、大丈夫ですね」と、今度こそ食堂を出て行った。
食堂には私とコンシェルジュの2人が残された。
「自分の命より食事の心配とは……どういう神経をしているんだ」
そもそも部屋を出て行った者たちはみんな、人が1人殺されたというのに不安や恐怖を顔ににじませてはいなかった。
「自分たちの置かれた状況がわかっているのか……」
吐き捨てるように言うと、
「おそらくですが、あなたの存在が大きいのかと」
有馬さんが話しかけてきた。
「私の、存在?」
「はい。探偵がみなさんの心の支えとなっているのではないかと」
なるほど……確かにそれはあり得る話だ。
みな私に期待している。ならばなんとしてもその期待に答えなければならない。
それこそが探偵の役目なのだから――
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