第6話 城内見学 2日目

 ――2日目――


 わたしと明里は食堂のテーブルに並んで座り朝食をとっていた。メニューは和・洋の選択式で、わたしは洋食を選んだ。明里は和食。

 パンにスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、スープにサラダ付きで飲み物はオレンジジュース。誰もが想像できる『ザ・朝食』がテーブルに並ぶ。

 わたしはパンにかぶり付きながら周囲に目を向ける。


 今わたしたち以外に食堂にいるのは、ウリュウ夫妻とソバージュの女性、それからサングラスを掛けたネルシャツの男性……


 ――こんなときまでサングラス外さないんだ……


 そんなことを思いながらじっと彼を見ていると、明里が話しかけてきた。


「もしかして、八重様はああいった男性が好みなんですか?」


「んえぁあ!?」


 普段わたしと明里は色恋系の話は一切しない。その明里からそういう言葉が出てきたことに驚いてむせてしまった。


「――ぶはっ」


 喉に詰まりそうになったパンを、急いでジュースで流し込んだ。


「いやいや、ちょっと気になっただけだよ」


「やはり気になっているんですね」


「そういう意味じゃなくて――」


「八重様だっていい年なんですからそういう話が出てきてもいいと思います」


「お母さんみたいなこと言わないでよ……」


「お母様も心配なんですよ、八重様のことが。それに子孫を残すことはこの国の反映にも繋がります」


 明里の言わんとしていることはわかる。だけどそういう理由で子どもは作りたくない。

 

「いい、明里? 人間てのはね、日々環境に適応して進化してるんだよ。わたしが男の人と結婚しないこと、そして子どもを産まないことは、わたしがこの国の環境に適応して進化した結果だよ」


 明里の冷たい視線。


 まぁ、明里はいつもこんなだけど……


「それは屁理屈です」


「屁理屈だって理屈だよ。それに――」


「屁理屈を理屈で返せない内は三流だ」「屁理屈を理屈で返せない内は三流です」


 わたしと明里が顔を見合わせ互いに同じ言葉を発した。


「わかってるならよろしい」


 この言葉は亡くなったわたしのお父さんがよく口にしていた言葉で、何度も聞いているうちに自然と覚えてしまったのだ。


 お父さん――


 一瞬だけ頭の中にあの光景が浮かぶ。


 暖かな血の池にうつ伏せに倒れるお父さん。そして周囲を満たすドロリとした甘い匂い……


「うっぷ……」


 口元を抑え胃の中に収めた朝食がせり上がってきそうになるのをこらえた。


「八重様?」


 明里が不思議そうに首を傾げる。


「なんでもないよ。大丈夫」


 わたしはシュースを飲んで自分を落ち着かせた。


「あ……」


 明里が小さくもらし視線をわたしから外す。何を見ているのかとその視線を追うと……


 サングラスの男性がソバージュの女性と話をしていた。話をしていると言うよりも女性がしつこく迫っていると言ったほうがいいかもしれない。


「出遅れましたね」


「だからなんでそうなるの!」


「本当に興味がないんですか?」


「だから何度もそう言ってるでしょ!」


「そうですか……」


 なぜだろう……


 このとき明里はどこかホッと安堵したような表情を見せた――ような気がした。


 …………


 食事を終えると、わたしと明里は昨日マリエちゃんたちと遊んだ娯楽室へと足を運んでいた。


 昨日の夜はじっくりと室内を見ることができなかったので改めてここに来た。室内は食堂と同じくらいの広さで、昨日ババ抜きをやったポーカーテーブルのほかにルーレットもある。


「よくよく考えてみるとおかしいよね。お城の中を見て回るのが目的なんだから遊技場っていらなくない?」


 明里に質問を投げかけると、


「あら、そんな事ないと思うけど」


 明里ではない別の声が返って来た。


 声のした方を見ると、入口の前には右手にカメラを持ったソバージュの女の人が立っていた。


「この城って外から見ると結構大きく見えるけど中って意外と小さいのよのね。だから、2日もあれば全部見て回れちゃうし、暇になった人のための救済手段ってことだと思うわよ。――それにほら、遊園地の中にゲームコーナーが併設してるパターンもあるじゃない? あれと同じよ」


 話しながらわたしたちに近づいてくる。


「なるほど」


 彼女の言い分は妙な説得力があった。


「あ、そうだ。エトウねアタシの名前」


 彼女が自分の名前を名乗ったのでこちらも名前を教えた。


「ふぅん。楡金に卯佐美ね」


 エトウさんは顎に手を当て、わたしと明里を値踏みするみたいに上から下まで舐めるように見る。そして何度か頷いてうんうんとひとりで納得している。


「なに?」


 その失礼な態度に少々言葉がきつくなった。


「え? ああ、不快に思ったのなら謝るわ。ただあなた結構いい体してるわね」


「――んなっ!」


 エトウさんの視線が明らかにわたしの胸に注がれてる。


「セクハラって同性同士でも適応されるんですよ。ご存知ですか?」


 明里が庇ってくれた。


「ああぁ、ゴメンゴメン。アタシてっばついやっちゃうのよね。ほら? 職業病ってやつ?」


 そう言いながら手にしたカメラを持ち上げてみせる。


「これ以上ここにいると本気で起こらせそうだから退散するわ。じゃあね」


 そう言って、手をひらひらさせながら部屋を出て行った。


「何だったのあれ」


 即座に退散したところを見るとここに用事があったわけではなさそうだ。だとするとわたしたちに用があったということになるけど……


 疑問は晴れないまましばらく娯楽室内を見て回りその部屋を後にした。


 …………


 次にわたしたちが訪れたのは資料室と書かれた部屋だった。場所は昨日ウリュウ夫妻と会ったあの部屋の真上に位置する。


 資料室の中には会議室とかにありそうな長いテーブルがあって、その上に資料が平置きされている。また、外に比べて若干薄暗い。


 机に並んだ資料のひとつを適当に選んで中を見てみる。


 そこには、ディバインキャッスルを運営している会社の概要や社員の紹介などが書いてあった。


「これは……」


 ページをめくっていくと、見覚えのある顔写真のページが目に止まった。


 有馬さんだ。


 そこには昨日タツオさんが教えてくた話が記載されていた。


「タツオさんの言ってたこと、ほんとだったんだ……」


 別に疑ってたわけじゃないけど。


 明里はというと、端から順に一冊一冊を熟読していた。


 わたしはそこまでする気になれず、ほかの資料にも適当に目を通すだけに留める。


 ディバインキャッスルは1週間で最大11人の利用客を案内する仕組みになっている。1週間と言っても3泊4日だ。じゃあほかの日は何をしているのかと言うと、本社で仕事をしたり食材の搬入や城内の清掃などを行なっているらしい。


 それから、コンシェルジュは男女のペアで週替りだそうだ。つまり毎週有馬さんと森園さんが案内役を務めるわけではないとのこと。


 次に適当に開いた資料は写真が多めの資料だった。写真は1階廊下に飾ってあったものをはじめいろいろなものがあった。


 今は規則が厳しくなって無理になったけど、こうなる前は相当なイベントが開かれていたらしい。ライトアップされた城然り、あとは謁見の間から中にはを経て食堂までの扉を全開放しての結婚式なども開かれていたみたいだ。


 それから現在でも小規模のイベントが開かれこともあるらしい。ただしそれはクリスマスやバレンタインといった特別な時期限定のもの。


「時期が悪かったわけね」


 夏の行事で思いつくのは夏祭りに花火大会、お盆。でも、そのどれもが西洋のお城と結びつく要素が薄い。お盆に至ってはワイワイやるようなものではない。


 ここに来るお客さんは特別な行事を期待してここに来るのだろう。で、そういう時期に予約が集中するから競争率が激しくなって人気がでるということなのだろう……

 

 一通り資料に目を通したわたしは資料室の一角にあったイスに座り、明里の資料熟読の終わりを待つことにした。 明里の資料が読み終わる頃には時間は12時を過ぎていた。


「すみません。つい集中してしまって」


「いいよいいよ」


 おそらく午後からは3階の見学で城内のすべての見学が終わってしまうだろう。そうなったら明日はまる一日暇になってしまう。だからひとつひとつの場所に時間をかけるのは悪いことじゃない。


「それじゃ、昼食にしよっか」


 わたしと明里は食堂に向かった。


 …………


 食堂に入ると先客がいた。


 横縞のポロシャツに額が後退し始めているおじさん。そして、マリエちゃんとネネちゃんだ。


 マリエちゃんはわたしたちを見るや、自分の隣のイスをポンポンと叩いて合図する。


 隣に座れってことだ。


 わたしと明里はすでに食べ始めている2人の隣りに座った。


 それにしても、マリエちゃんは相当明里のことが気に入ってるみたいだ。


 すでに食べはじめていた2人も巻き込んで少しずつシェアしながら楽しい昼食の時を過ごした。結構な声でワイワイやっていたせいか、ポロシャツのおじさんが、時折睨むようにこっちを見てきた。その視線は特に明里に注がれているようだった。


 …………


 昼食後はマリエちゃんとネネちゃんと別れ、わたしと明里の2人で行動した。目的地は城の3階。


 3階はこの城の最上階で、そこへ向かう階段は2階の資料室がある廊下にある。3階に着くとわたしたちは資料室の上に位置する部屋に向かった。


 そこはいわゆる展望室。バルコニー型の迫り出した構造で、扉側を除く3方はガラス張りになっていた。


「なにこれ?」


 展望室と言っても某タワーのように望遠鏡が置かれているわけではなかった。この場所は正面の入り口とは真逆の方向にある。そこから望める景色は山の緑のみである。時期が違えばまた違った様相を呈するのかもしれないが、今の時期はさして見るものもなかった。


 わたしたちは早々に部屋を出ることにした。


 ――――


 部屋を出て、『ロ』の字型の通路を右回りで玄関ホールの方に向かうことにする。ちなみに2階と3階の中庭側の廊下には絵は飾られておらず、その代わりに等間隔にはめ殺しの窓があった。窓の外に目をやると、反対側の廊下の2階の光景が目に入った。


 ――あれは?


 タツオさんとエトウさんが何やら押し問答を繰り広げていて、2人の間でミライさんがおろおろとしていた。


「なにかありましたか?」


「ん? ううん、なんでもない」


 気にはなたけど、わざわざ反対側まで行って事情を聞くのもおかしな話だし、自分たちの目的を優先することにした。


 玄関ホールは吹き抜けになっていて1階までを見下ろすことができるようになっている。身を乗り出せば1階のエントランスホールまで真っ逆さま。もちろんそんなことをするつもりはない。


 そして、2階の娯楽室の真上に位置する部屋は礼拝室となっていた。


「なるほど……」


 西洋の城を模して造られているならこういうのはありだ。左右にお行儀よく配置された木製のイス。正面には演台が置かれていて奥の壁の上方にはステンドグラスが輝く。

 生憎とわたしは無宗教なのでここにきたからといってお祈りしようという気にはならない。


 これで、この城のすべての部屋を見てまわったことになる。エトウさんが意外と見るところがないみたいなことを言っていたけど。たしかにその通りだ。娯楽室の存在は大きいかもしれない。


「どうしよっか? 明里」


「八重様はどうしたいですか?」


 逆に聞き返された。


 それなら――


「部屋でゆっくりする?」


 そう言うと、明里ははいとうなずいた。

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