第5話 娯楽室にて……

 扉を叩く音が聞こえて、ハツと目を開いた。外からはわたしを呼ぶ明里の声が聞こえてくる。手に握られたままになってた腕時計を見ると時刻は19時前、およそ1時間ほど眠っていたみたいだ。


 再び扉がノックされる。


 ガバっと体を起こして返事をしながら扉を開けると、そこには明里が姿勢を正して立っていた。


「どうかしたの?」


「はい。先程イヌヅカさんから遊ばないかと誘われまして。八重様も一緒にどうかと……」


 イヌヅカ……って、お昼に明里と一緒に写真を撮ってたマリエちゃんのことだ。


「遊ぶって……どゆこと?」


 尋ねると、明里が説明を始める。


 どうやら、この城に2階には娯楽室があるようだ。場所は食堂の真上にあるらしい。――で、そこでマリエちゃんとネネちゃんと一緒に遊ばないかと誘われたらしかった。遊び云々は別にして、娯楽室には興味があった。


 わたしはオッケーと返事をして、2人で娯楽室へと向かった。


 玄関ホールにある階段を登ってすぐの扉には娯楽室と彫られたプレートが付いていた。扉を開けるとそこは、娯楽室……というよりなんとなくカジノをイメージさせるような場所になっていた。コンシェルジュがディラーみたいな服を着てるのは、もしかしてこれのためだったりするのだろうか……


 ――まさか、ね……


「あー、きてくれたー」


 マリエちゃんがトタトタと駆け寄ってくる。こっちこっちと明里の手を引いて“こっち”へ連れて行く。


 明里はかなり好かれているようだ。


 マリエちゃんに連れてこられた場所はポーカーテーブルのある場所だった。弓型の机にイスが6つ弧状に並んでいた。


「まさかポーカーやるの!?」


 2人はどう見ても未成年だ。万葉学園の生徒ともあろう者が賭け事に興じるなんて……と内心驚いていると


「ちがうよー。ババ抜きだよー」とマリエちゃん。


 ポーカーテーブルでババ抜き……?


「ここにねー、トランプがあったからさー」


 マリエちゃんがディーラー側が立つ場所に移動して、テーブルの下から黒い箱を取り出した。


「この机だとババ抜きはやりにくくないですか?」


 明里が言う。


 たしかに、弧の外側に4人が並んで座ると端に座った者同士でカードのやり取りをするのは手間がいる。


 すると、「なら、僕も混ぜてはくれないかな」と背後から声が聞こえてきた。


 わたしたち4人が一斉にそっちを向くと、そこには青いスーツにノーネクタイでオールバックの男性がいた。しかもその人は手に赤ワインが入ったグラスを持っていた。彼はスタスタと歩いてきて、弧の内側、ディラー席に立つ。


「僕がここに入ればカードのやり取りは多少楽になるはずだ。どうかな?」


 ここは誘ってくれたマリエちゃんとネネちゃんに託す。


「はい。大丈夫ですよ」


 ネネちゃんが許可する。


「よし、まず最初に自己紹介だ。僕はニカイドウノブヒコだ。ニカイドウと呼んでくれ」


 ちょっぴりきざったらし喋り方だけど、自然と嫌味は感じない。


「うん、わかったー。ニカイドウ」


 マリエちゃんがいきなり呼び捨てした。


「ちょっとマリエ! そういう意味じゃなくて、ちゃんと“さん”をつけないとダメだよ!」


 ネネちゃんが注意して、ニカイドウさんに対して謝罪する。彼女は完全にマリエちゃんの保護者だった。


 それからわたしたちは順番にニカイドウさんに名前を教えて、ニカイドウさんに向かって右からわたし、明里、マリエちゃん、ネネちゃんの順で座った。ちなみにディラー側にはイスはないのでニカイドウさんは立ちっぱなしだ。イスを移動させればいいだけの話だったんだけどニカイドウさんが立ったままでいいと言った。


「じゃあ始めようか」


 ニカイドウさんが言って、手にしていたグラスをテーブルの脇に置いた。


 そして、見事な手捌きでカードを配っていく。


 学生2人組が感嘆の声を漏らす。かく言うわたしも同様のリアクションを取っていた。明里はいつもの無表情で何事も発さずにいた。


 カードが配られ、ゲーム開始となった――


 …………


 ……


 結果は明里の13戦11勝で幕を閉じた。


 明里は普段からポーカーフェイスなので当然の結果とも言える。


 ちなみにビリは13回ともマリエちゃん。マリエちゃんは明里と逆でものすごく顔に出やすく、一度ジョーカーをつかむと、もうそこから他人に移ることはないという状態だった。


「えぇー、なんであたしばっか負けなのー」と彼女は頬を膨らませる。


「いやいや。少々大人気なかったかな」


 ニカイドウさんがカードをシャッフルしながら言った。


「それじゃあ、機嫌を損ねてしまったお詫びに、ひとつマジックを披露しよう」


「えっ!? 手品ー!? みたいみたーい!」


 そう言ってマリエちゃんが身を乗り出すようにして喜んだ。さっきまでの態度はどこ吹く風、一転して機嫌がよくなった。


「私も見てみたいです!」


 ネネちゃんも興味を示していた。そしてわたしも興味があった。明里は……どうなんだろう……?


 ニカイドウさんが十分に切ったカードの束を机に置いた。


「さて、これから披露するのは数字当てだ。どういったものかと言うと、まず最初にキミたちに1から13までの数字の中で好きな数字を思い浮かべてもらう。そしてその数字を強く思いながらこのデックに強く念じてほしい」


 デックというのはカードの束のことだ。


「そうすると、どうなるんですか?」


「するとキミたちが念じた数字と同じ数字のカードが飛び出してくる」


「えぇぇっ!! すっごおぉい!!」


 まだ始まってもいないのに、マリエちゃんは興奮しながら驚いていた。


「それじゃあ早速数字を思い浮かべてここに念じてくれるかな」


 ニカイドウさんはそう言いながらデックを左手に持った。


 こういうマジックは念じる行為に大した意味はなく単なる演出だ。本当にそんな事ができるなら念を送った人が超能力者ってことになってしまうから。


「楡金さん、ちゃんと数字を思い浮かべてもらっていいかな?」


 ニカイドウさんに言われてわたしはハッとする。


 ――なんでわたしが数字を考えてないことがわかったの?


 とりあえずそれは置いといて、わたしは好きな数を思い浮かべることにする。


 やっぱりここは――キング。


 トランプの中から選べと言われると、なんとなく絵札かAを選びたくなるのはわたしだけだろうか……


 そして、形だけでもニカイドウさんの左手のデックに向かって念を送る。


 すると――


 左手のデックから1枚のカードが飛び出した。空中に飛び出したクルクルと回転するそのカードをニカイドウさんは右手でキャッチした。


「おおぉぉ」と思わず声を漏らした。マリエちゃんとネネちゃんも驚いている様子だった。明里は動じず、じっとニカイドウさんの右手に注目している。


「さて、それじゃあキミたちが選んだ数字を聞かせてもらおうかな?」


 ニカイドウさんに言われ、わたしたちはそれぞれ数字を口にした。


 「クイーンです」


 「あたし11」


 「4」


 「キング」


 数字は四者四様。たった1枚のカードで同時に4つの数字を当てようとでもいうのだろうか……と思っていると、ニカイドウさんがフッと笑みを浮かべると右手の1枚に見えていたカードが扇状に広がっていく。そしてそれを表にした状態でテーブルに置く。

 わたしたち4人はそれを食い入る様に見た。


 ――なるほど、そうきたか……


 扇状に広がったカードは全部で13枚。マークはバラバラだけど、数字はエースからキングまですべて揃っている。


 つまり、わたしたち4人がどんな数字を想像していたとしても当てることができるというカラクリになってたわけだ。


「えー、こんなのずるだよー」


 マリエちゃんが不満を口にする。


「ははは、僕は一言も、どういう当て方をするかまではキミたちに説明していなかったからね」


 一本取られたって感じだ。


「そうだとしてもすごくないですか? 仮にあらかじめ1から13のカードをデックの上か下に重ねてあったとしても、それを同時に弾き飛ばしてキャッチしたってことですよね? 私の席からはどう見ても1枚にしか見えませんでしたし」


 確かにネネちゃんの言う通りだ。


 13枚のカードを一度に飛ばせたとしても、右手でキャッチするまでに普通はバラけてしまうはずだ。それを綺麗に一枚に見せキャッチするっていうのはかなりすごい。おそらくこれは、手品と言うよりもこの技術の凄さを見せるための演目ではないだろうか。――と思ってたら、


「たぶん違います」


 突然明里がそう言って、ニカイドウさんに左手に持っているデックを改めさせてほしいと願い出た。そして彼が「構わないよ」と明里にそれを差し出す。


 明里は高速でカードを検める。


 それが終わるとトントン揃えてデックを机に置いた。


「デックの中からは確かにここに出ているカードが抜けていました。おそらく、最初に12枚のカードを抜き取って別の場所に隠し持っていたんだと思います。そして、足りない1枚だけを弾いてキャッチしてそこに隠しておいた12枚を重ねたんじゃないでしょうか」


「ああ……」


 なるほど、確かにその方法もあるか……


「それはご想像におまかせするよ」


 ニカイドウさんは曖昧な答えを返し、テーブルに置いていたグラスを持ち、ワインをひと口飲んだ。


「僕はそろそろ行くとするよ。それじゃ」


 そう言ってニカイドウさんは去って行った。


「もしかして逃げたー?」


「かもね」


 ニカイドウさんが娯楽室を出ると入れ違いになるように有馬さんが部屋に入ってきた。


「みなさんそろそろお時間の方が……」


 有馬さんは入って来るなりそう言った。


 わたしは自分の腕時計を確認する。時間はすでに20時を回っていた。消灯までは一時間もない。


「えー、でもあと1時間くらいあるよー」


 マリエちゃんはまだまだ遊び足りないみたいだった。


「確かに消灯まではそれくらいの時間はありますが、余裕を持って行動していただきたいと思います」


「そうですね。――ほら、マリエもあきらめて部屋にもどろ」


 ネネちゃんは聞き分けのいいお姉さんみたいだ。


 わたし的にもこれからシャワーを浴びて何だかんだしての時間を考えたら部屋に戻ったほうがいいだろうと思う。特に明里の場合は寝る前の準備に時間がかかる。彼女のためを思えばそれが無難だろう。


 わたしたちは有馬さんの指示に従って各自の部屋に戻ることにした。


「そんじゃ明里、おやすみ」


 『010』の部屋の前で明里に挨拶して、わたしは自分の部屋に入った。


 それから寝る準備をすべて終える頃にはもう消灯ギリギリの時間になっていた。


 ――明里の髪の毛、乾かせたかな。


 あの長い髪の毛は乾かすのに結構手間がかかるみたいで、何となくそんなことが頭をよぎった……

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