第2話 城内見学 1日目 前編

「これは……」


「圧巻……ですね」


 わたしと明里は、ほかの客に混じって城を見上げていた。


 バスを止めた場所からもその屋根の一部を覗かせてはいたものの、間近で石造りの壁を見上げると、確かに圧倒されるものがあった。


 万葉学園の学生コンビが携帯電話を片手にパシャパシャやっている。そして、金色の髪のソバージュの女性が本格的なカメラで城を撮影していた。


「では、これよりお客様方に注意事項があります」


 有馬さんが声を上げると撮影していた3人がそれをやめる。


「これから皆さんは、3日間この城の中で生活していただくことになります。その3日の間は城の外に出ることはできません。よろしいでしょうか?」


 わたしたちは口々に了承の旨を伝える。


「では、早速中へとご案内します――」


「涼しい……」


 城内に入って最初に感じたのはそのことだった。


「おそらく空調で快適な温度を保っているのだと思います」


 ――お城なのに空調?


 時代考証的にチグハグすぎじゃないかと思ったけど、何から何まで当時のままを再現してたら、おそらくこの中は蒸し風呂だったに違いない。考えるまでもなくそんな場所で3日間も生活するなんてあり得ない。


 入口を抜けるとすぐの場所は開けた場所になっていた。玄関ホールとでも呼べばいいのか、床には赤い絨毯が敷かれ、正面には両開きの扉と左右には長く伸びる廊下がある。さらに左右の壁に沿うようにして上階へと繋がるかね折れの階段がある。


「あれは……」


 天を仰ぐ。天井は最上階までの吹き抜けになっていて、そこにはシャンデリアが吊るされている。お城のできた時代にシャンデリアって存在してたっけ――というツッコミは野暮だったりするのだろうか。


 天井を見てぼーっとしていると、


「おそらく八重様は砦としてのお城を想像しているんですね。ここはどちらかと言うと平和時代に築かれたお城を模しているんです。王様やお姫様が住んでいて、華やかな衣装に身を包んでいた時代です」


 明里がそう説明してくれた。


 それで納得がいった。


 明里が言ったとおり、わたしは砦のようなものを想像していた、屈強な男の人たちが日夜訓練に励み、敵襲に備えて城内外を警備するみたいな――いわゆる城塞ってやつだ。

 お城と言われれば普通は王子様やお姫様だ。女なら特にそっちを先に思い浮かべるだろう……。最初にその発想に至れなかった自分がちょっとだけ悲しかった。


「さて、みなさんにこれから注意事項を申し上げます」


 玄関ホールの真ん中で立ち止まり、有馬さんがわたしたちに向かって言う。


「まず最初に、正面に見える扉の向こうが食堂となっております。お食事はそこでとってもらうことになりますが、みなさんで一緒にとらなければならないというような決まりはありません。朝食は午前7時から9時、昼食はお昼の12時から2時、夕食は午後5時から7時の各2時間の間に食事をすませていただければ結構です。なお、その時間を過ぎるとお食事を用意できない可能性がございます。次はこちらに来てください――」


 そう言って、有馬さんは出入り口を背に右側にある通路に向かって歩いていく。利用客の一団がそれについて行く。そして通路に差し掛かる手前で止まった。


「こちらの通路側にみなさんが宿泊することになるお部屋が並んでいます。ペアチケットでご予約された方も部屋はひとり一部屋です。どうしても2人で一緒の部屋がよいという場合には1つの部屋に2人で泊まっていただいても構いませが、アメニティ類や部屋の中の家具調度品は1人分しか用意してございません。その点は注意してください。また鍵に関しましても、各部屋の鍵を複数の方にお渡しすることはできません」


 説明が終わると、有馬さんが1人ずつ確認しながら部屋の鍵を渡していく。その鍵にはアクリルのキーホルダーが付いていて、わたしが手渡された鍵には『010』と数字が掘られていた。明里の鍵を覗き見ると『011』だった。


「八重様、どうしますか?」


「どうって?」


「別々の部屋にするかどうかです」


「ああ。そうだね、寝るときくらいはひとりでいいんじゃないかな。残りの時間は一緒に過ごしてもいいし、別々でもいいし。ま、気分次第かな」


「わかりました」


 有馬さんが全員に鍵を配り終える。


「私どもコンシェルジュの部屋はこちらの通路の反対側の通路にあります」


 反対側の通路に手を差し向けながら説明する。


「私たち2人は、基本的に城内の見回りをしていますので部屋にいることはほとんどありませんが、万が一の場合や緊急時は各部屋に設置されている呼び出しボタンを使用してください。それから今お渡しした鍵についてですが、決して失くさないようにお願いします。合鍵に関しては私と森園が持っているので滞在中は問題ないのですが、防犯対策の一環で扉の鍵を交換する規則になっています。その際、鍵を紛失したお客様には費用を負担して頂く場合がございます」


 規則に関してはかなり徹底してるみたいだ。


 有馬さんは最後に「それでは3日間どうぞごゆっくりとお楽しみください」と頭を下げた。


 通路にある部屋の配置はお城の外側に面して『001』号室から順番に『011』号室までが並んでいた。必然的にわたしはずっと奥まで歩かされる。わたしの部屋は奥から2番目で、わたしの部屋に向かって左側が『011』、明里の部屋だ。ちなみに廊下は明里の部屋ので終わっている。

 そして、明里の部屋の正面には奥へと続く長い廊下がある。つまり、明里の部屋の扉を開けると正面には長い廊下があって、右を向くとロビーに繋がる廊下、左側は壁ってな感じ。


 鍵を開けて自分の部屋に入ろうとすると、隣の『009』の部屋から肩幅の大きなツーブロックの男の人が出てきた。こう言っては悪いけどちょっとお城に似つかわしくない。


 早速城内を見て回るのだろうか……


 目が合った。


「何だ?」


 威圧するような低い声。


 圧を感じるのは仕方のないことだった。理由は、男の人の身長はおそらく190くらいで、わたしは身長が150しかないのでその差は約40センチもある。すると当然相手の男の人の声は上から下に向かって吐き出されるのだから。


「いえいえ。特には」


 できる限りの笑顔で言うと、男性は無言で明里の部屋の正面に伸びる廊下ヘと歩いていった。


 ――――


 自室に入るとそこは、ちょっと値段が高いホテルレベルだった。どんな豪華な部屋なんだろうと期待していたのにちょっと拍子抜けだった。とりあえず荷物を置いて室内を見てまわる。

 まずはテーブルにイス、テーブルの上にチラシのような紙が置いてあるけどとりあえず後回し。それからベッドに、コートなどを掛けておくためのクロゼット……

 有馬さんの説明のとおり、それらはすべて1人用。あとちょっと驚いたのは、ユニットバス付きだったことだ。お城が建てられていた時代にこれは絶対になかったものだと確信できる。

 決して手抜きだとは思わない。これは昨今のニーズに合わせてと言ったところだろう。

 最後に、わたしは入り口の反対側にある窓に向かう。試しに開けてみようかと思ったけど、鍵や取っ手のようなものがない。


「はめ殺しか……」


 きっとセキュリティの一環だろう。


「さて――」


 わたしはイスに座り、さっき後回しにしていたチラシを手に取った。


 注意事項に関するお知らせ――と書かれた紙にはさきほど有馬さんが説明してくれたことが載っていた。


 そのほかにも、『消灯後の城内徘徊の禁止』や『ほかのお客様の迷惑になる行為の禁止』をはじめ、幾つかの注意事項があった。


 それから有馬さんが言っていた緊急時の呼び出しボタンの詳細も書かれていた。

 どうやらボタンと連動している端末をコンシェルジュの2人は常に携帯しているようで、どの部屋のボタンが押されたのかまでハッキリわかる仕組みになっているみたいだ。そして、そのボタンはベッドのヘッドボードに据え付けられていた。


「徹底してるね……」


 わたしは紙をテーブルに置いてから、部屋を出る前に腕時計を確認する。時間は15時半を過ぎたところだった。

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