第3話 事情聴取 中編

 次の人が来るまでに、有馬さんが水を用意してくれた。コップに注がれた水をぐっと飲んで、深く息を吐きだした。


「来たよー」


 扉の外から声がして中に人が入ってきた。学生服を着た女の子だった。髪を左右で赤い玉の付いたゴムで結っている、ツインテールのだ。彼女が着ている制服には見覚えがあった。それは金持ちの家の子が通う万葉学園の制服で業界でもそれなりに有名な学校だ。


 彼女が椅子に座るのを見て質問を始める。


「まずは名前を教えてもらえるかな」


「イヌヅカマリエだよー。高校生だよー」


 彼女の言う通り見るからに学生だ。しかし、学生となると妙なことになる。


「学生ということですが、正直言ってこの城に来るための費用は学生に払えるほど安くはないですよ。どういう経緯でここに来ることになったのか話してもらえるかな」


「最初はねー、あたしのお母さんとネネちゃんのお母さんが来るはずだったんだけどねー、急用ができてあたしとネネちゃんが来ることになったんだよー。お金もったいないからねー」


 ネネちゃんと言うのはおそらく一緒に行動していたもうひとりの学生のことだろう。


「彼女の言っていることは間違いありません――」と、有馬さんがいきなり話し始めた。「予約者の登録変更が行われていなかったので、ここに来る前に少々トラブルはありましたが……」


「ふむ。なるほど」


 どうやらその件で、出発前の受付のときに彼女たちと何やら揉め事が起きていたらしい。


「それでは、被害者のウシヤマさんを最後に見かけたのはいつですか?」


 腕を組んで「うぅん」とうなりだした。中々次の言葉が出てこないので、


「覚えていないなら、覚えてないと言ってください」


「え? 覚えてなくていいのー? じゃあ覚えてないよー」


 どこか変な言い回しのように感じるが、それはそれとして話を続ける。


「次にですが、昼食が終わった後の行動を教えてください」


「お昼ご飯のあとはじぶんの部屋に戻って、シュシュがなくなってることに気付いてネネちゃんと手分けしてずっとさがしてたかなー? その途中でアカリちゃんたちに会って手伝ってもらったけど見つからなくて、最後に太ったおじさんとおばさんに会ったよー」


 やはりどこか理解しにくい喋り方だ。


 おじさんとおばさんというのはウリュウ夫妻のことだろう。太ったおじさんとおばさんという言い方では2人とも太っているように聞こえてしまうが、太っているのはタツオさんだけで、ミライさんの体型は普通だ。

 それはさて置き、彼女の発言はウリュウ夫妻の証言と一致している。それから新しく出てきたアカリちゃんという名前。“たち”ということはほかにも会った人がいるということだろう。

 実際、今日の昼食時にイヌヅカさんは4人で食事を取っていたのを私が覚えている。あの4人がイヌヅカさん、ネネちゃん、アカリちゃんともうひとりの組み合わせだろうと推理できる。

 そして手分けをして探していたということは、イヌヅカさんは1人で行動している時間があったということだ。このような学生が人を殺めるとは考えにくいが先入観は捨てなければならない。


「それでは以上になります。次はネネさんを呼んできてください」


 イヌヅカさんは「はーい」と返事して部屋を出ていった。


 …………


 次に聴取を行う人物は、イヌヅカさんと同じ制服を着た、おさげで眼鏡の少女だった。最初に名を尋ねると、「イノグチネネです」と返ってきた。さっきのイヌヅカさんと違ってイノグチさんはかなり落ち着いている。


 私は万葉学園は品格のある学校だと記憶しているので、これがあの学園に通う生徒の本来の姿なのだ。じゃあ先程のイヌヅカさんのあれは何だったのかと言うと……それはわからない。


「それでは今から面接を始めます」


「面接……ですか?」


 イノグチさんが首をかしげる。


「ああ、これは失礼。なんだか面接をやっている気分になってしまって」


 苦笑いで誤魔化と、彼女は私から順に左を見て、


「確かにそうでね」


 口元に手を当てて「ふふっ」と笑った。


 正直に言って、その仕草が彼女には不釣り合いに感じてしまった。無理やり大人の女性を演出しようとしているようなそんな感じだ。背伸びしたい年頃というやつかもしれない。


「では気を取り直して、被害者のウシヤマさんを最後に見かけたのはいつか教えてください。覚えていないのでしたらそれで結構です」


 すると、首を横に振って見ていませんと返って来た。イヌヅカさんとの証言の矛盾はない。


「それでは、昼の時間帯は何をしていたか聞かせてください」


 彼女は「はい」と返事をして、昼食後の行動を教えてくれた。


 内容はイヌヅカさんとほとんど一緒。ただし彼女の証言と決定的に違っていたのはわかりやすさだ。それからもう1つ、イノグチさんは1人で行動しているときに二階の廊下で、ニカイドウさんと背の高い男性とすれ違ったそうだ。

 背の高い男性というのはおそらく今回の宿泊客の中にいた一際目立つくあの大男だろう。そうなるとニカイドウさんというのは消去法でまだ詳細が判明していない最後の男性客ということになる。


「ほかに誰かとすれ違ったりなどは?」


 念のために確認する。


「私が覚えているのは今話したことくらいです」


「そうですか……。いや、大変参考になりました。ありがとうございます。面倒かもしれないですが、次の人を呼んできてください」


 イノグチさんは了承し、こちらに向かって頭を下げると部屋を出ていった。


 …………


「それではまずワインをいただけるかな」


 目の前に座った男性は開口一番そういった。イノグチさんがすれ違ったという大男ではない方の男性、つまりニカイドウさん。


 外見は二枚目のそれでパリッとしたスーツに身を包んでいる。


「あの、事情聴取ですよ。お酒は控えていただきたいかと……」


「否! あなた方の前には水が用意されている。僕にもそれを貰う権利がある」


「だったら水で――」


「僕にとってワインはは水と同義だ。ワインを」


 男性が有馬さんに視線を向ける。


「少々お待ちを」


 有馬さんは席を立ち、男にワインを提供する。


 男性の前にグラスが置かれ、そこに赤いワインが注がれていく。


「あの、お名前を聞いてもいいですか?」


 男性はグラスに注がれたワインから視線を移さずに、


「僕の名前はニカイドウノブヒコだ」


 そう言って、彼はグラスに注がれたワインを一口飲んだ。


 イノグチさんが言っていたニカイドウさんと言うのは私の予想通りこの人だった。


「うぅん。これは僕が先程飲んだワインと同じ味だ。南米産それも1984年ものだね」


 有馬さんが持っていたワインのボトルを受け取り、ラベルを確認してみる。


 ――1999・国産――


「…………」


 どうやら適当を言っているらしい……いや、彼の場合は本気でそう思っているのか?


 私はわざとらしく咳払いして、


「それで、あなたは普段何をしているんですか?」


「バイヤーだ。ワインの販売を行っている。天職……いや、天命だとも言えるね」


「はぁ……それで、今回ここを訪れた目的はなんですか?」


 ニカイドウさんはなぜかお手上げのポーズで首を左右に振った。


「キミは何もわかっていないようだね。僕とワインは一心同体なんだよ。僕の体はワインでできていると言っても過言じゃない。オーク樽の中の赤い羊水の中でじっくりと熟成され、馥郁な香りとともに生まれでたもの――それが僕だ」


 ワインを嗜んでいるにしては白く輝く歯を見せつけ、ニカっと笑う。が、彼の言葉は意味不明な上に、ここに来た目的が一切語られていない。


 非常に灰汁の強い人物のようだ。


「ですからここに来た目的を――」


「ワインと言えば西洋。西洋と言えば城だ。つまり、僕とワインと城が巡り合うことは必然だ。ご理解いただけたかな?」


 いやまったく……


 という言葉を飲み込んだ。これ以上この質問を続けても埒が明きそうにない。とりあえず次の質問に行くことにする。


「今回の事件の被害者であるウシヤマさん。彼を最後に見かけたのはいつですか?」


「惜しい人を亡くしたね……僕ほどではないが彼もワインを嗜んでいるようだったからね。昼食のときにほんの少しだがワイン談義に花を咲かせた。それ以降は彼の姿を一度も見ていない」


 今の話でふと、ウシヤマさんの部屋にワインボトルが残されていたのを思い出す。


「それでは次の質問です。今日の昼食が終わってから何をしていましたか?」


 ニカイドウさんはグラスを回しワインの香りを楽しむ。


「ずっとワインと語らっていた」


「誰とお話してたんですか?」


「ワインと、と言ったはずだ。聞こえなかったか?」


 これは一体どうすればいいのか……


「いいですか? 真面目に答えないとあなたが犯人ということにしますよ」


 脅しを賭けるつもりで、少々語気を強めた。


「そうか……。僕は城内を散策していた。ベストな場所を見つけてはそこでワインを飲み、また別の場所を見つけては……それの繰り返しだ……」


 脅しが効いたのか、ニカイドウさんは急に真面目になった。


「その間誰かに会いましたか?」


「会った。確か名前はイノグチ君だったかな……それとウサミ君にタイガ君だね。彼はいかにもお酒が好きそうな風体だったのでワインを一緒にどうかと誘ったんだが……焼酎なら付き合おうと言われてね。彼とは仲良くなれそうにないね」


「は、はあ……」


 イノグチさんとの証言に齟齬は感じない。


 それと、ウサミくんという名前……今の所ウサミと名乗った人間はいない。これから聴取を行う人間の中にいるのだろう。


「わかりました。それではお話は以上になります。順番が来たことを次の人に伝えてください」


 と告げるとニカイドウさんはワイングラスを持ったまま食堂を出ていった。


 …………


 テーブルを挟んだ向かい側に、ソバージュ女性が座っている。よほど大切なものなのか、彼女はテーブルにカメラを置いていた。望遠鏡のような筒が付いているカメラだ。


「では、お名前を教えてください」


「エトウよ」


「普段は何をなさってるんですか?」


「フリーのカメラマン。人物に風景、お金になりそうだと思ったらスキャンダルとかも狙ったりするわ」


 いわゆるパパラッチと言うやつだろうか。


「ここに来た目的はなんですか?」


「アンタ人の話聞いてた? 写真撮るのが仕事って言ったじゃない。ここに来たのもそれが目的よ。――けどそれ以外に大きな報酬がたくさんあったけどね」


 彼女はニッと笑顔を作った。


「報酬……ですか?」


「そ……って、アンタ気付いてないの!?」


「気が付いていないというのは?」


「はぁ、呆れた。ウリュウタツオに決まってるでしょ!? 彼、花屋敷グループの会長なのよ!」


「な、なんですって!?」「そ、そうなんですか!?」


 思わず声を上げていた。驚いていたのは私だけではなく森園さんもだった。有馬さんは知っていたのか驚いた様子はなかった。


  しかし、まさかこの場にあの花屋敷の会長がいたとは。確かにタツオさんは会社役員と言っていたが……


 花屋敷グループというのは、国内屈指の大企業で、ある年を境にものすごい急成長を遂げ一代で国トップ企業の仲間入りを果たしたのだ。その分黒い噂もあったりするのだが……

 つまり彼女はその黒い噂の真相を聞き出そうという魂胆だったのだろう。


 タツオさんの口からもエトウさんに会ったと言っていたしこの証言は間違いないだろう。


「では、タツオさんからなにか話を聞き出したということなんですね?」


 すると彼女ははぁとため息を付いてうなだれた。


「それがそううまくは行かないのよね。もともとインタビューはやらないからうまいこと聞き出せなかったわ」


 どうやらうまくはいかなかったみたいだ。だがそうなると……


「大きな報酬というのは一体?」


 彼女はぱっと顔を上げて、


「もう、決まってるでしょ。死体よ、し・た・い」


 そう言いながらカメラを撫でた。


「んなっ!? まさか勝手に現場に入ったんですか!?」


「え? だって入るなって言われなかったし。ダメなの?」


「普通は駄目に決まってるじゃないですか! あとから警察が調査するんですから、殺人現場はそのままの状態で保管しないと――」


「だったら最初にダメって言いなさいよ! ちなみに現場に入ったのアタシだけじゃないから」


「ええぇっ!?」


 なんてことだ……


 どこの誰かはわからないが、わざわざ死体のある部屋に入ろうなんて一体どういう神経をしているのか……


「はぁ……まあ注意しなかった私にも非はあります。ついでに聞きますが、あなた以外に部屋に入った人は誰かわかりますか?」


「それを調べるのがアナタの仕事でしょうが」


 このことについては話してくれる気はないみたいだ。あとでもう一度全員に確認しなくてはいけない。


 気を取り直して――


「被害者のウシヤマさんを最後に見かけたのはいつか覚えてますか?」


「そうね、昼食が終わって、彼が自分の部屋に入って行くのを見たわ。それ以降は見てないわね」


「では、昼食が終わってから何をしていたか教えてください」


「ずっと城内の撮影ね。あとバルコニーから見える外の景色を撮影してたわ。ただ、変な話よね、バルコニーをガラス張りにするなんて。光が反射して、うまく撮影するのに手こずったわよ」


 後半の文句は有馬さんに向けられたものだ。


 確かに私もあれは不思議に思った。エトウさんの言うバルコニーというのは3階の展望室のことで、ベランダのような形状なのにも関わらずラスで覆われていたのだ。


 隣に座る有馬さんの様子を窺うと、「安全面に配慮した結果です」との答えが返ってきた。


 私は話を戻してエトウさんに質問を続ける。


「さきほどタツオさんと話をしていたと言っていましたが、そのほかに会った人は?」


「そうね――」


 顎に手を当てしばし悩む。


「ウサミさんだっけ? その人に会ったわ。美人だから写真をお願いしたんだけど忙しいからってことわられたのよね」


 ここで再びウサミという名前が出てきた。――しかも美人!?


 美人という言葉で思いつく人物は1人しかいない。どうやらあの人の名前はウサミさんというらしい。それならばエトウさんが写真を撮りたくなる気持ちも十分に理解できる。


「わかりました。では、次の人を呼んできていただけますか」


「次って確かあの男よね、声掛けるのちょっと嫌だわ」


 彼女はぶつくさ言いながらカメラを持って外に出ていった。

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