第11話 2人目の被害者
時刻は17時。夕食どき、一旦眼鏡ケース探しを諦め手分けしてい探していたネネちゃんマリエちゃん明里と合流する。それからお腹が空いたというマリエちゃんの意見でネネちゃんとマリエちゃんだけ先に夕食へ行くことを勧めた。
一方わたしと明里は眼鏡ケース探しを続けた。その途中で有馬さんと出会い彼から「新たな被害者が出たので食堂に集まって欲しい」と言われたのだった。
第二の殺人事件が起きてしまった。しかも、被害にあったのはあのエトウさんだ。
あのときの「また今度ね」という言葉は永遠に果たされることはなくなってしまった。
…………
食堂に集められたわたしたちは、探偵さんから彼女が亡くなったと思われる時間帯に何をしていたのか聞かれたが、今回も自分のアリバイを証明できるものは誰もいなかった。特に議論が白熱するようなこともなく、すぐに解散となった。
探偵さんは今日こそみんなでここに留まるべきだと有馬さんに詰め寄っていたけど、その案が許可されることはなかった。
解散になったあと、夕飯を食べそこなっていたわたしと明里は森園さんにわがままを言って、メニューとは違う軽めの食事を用意してもらった。
…………
夕食を終えて部屋に戻ってくつろいでいると、扉をノックする音に続いて「八重様」とわたしを呼ぶ声が聞こえてくる。
「どうしたの明里?」
返事をして扉を開ける。
「少し奇妙なことが……」
奇妙なことが起きたにしては別段焦った様子はない。そこにいるのはいつもの明里だった。
「奇妙なこと?」
「失くなっていたものがあって……」
失くなっていたもの……それを聞いてわたしは不穏なものを感じた。
「何がなくなってたの!?」
「ペンと……下着です……」
「ペンと下着か……って、下着っ!?」
思わず声を上げると、わたしの叫び声が廊下に響いた。
「八重様、声を抑えてください」
「あ、うん……とりあえず部屋の中に入って」
わたしは明里を部屋に招き入れイスに座らせる。
ペンが盗まれたことは置いておくにしても、下着が盗まれてこんなにも冷静でいられるものかと、ある意味で感心してしまう。
「予備の下着はあるの?」
「はい、盗られたのは二着ですから予備はまだあります。それより盗られたペンが八重様から借りたペンなんです」
「それよりって……大事なのはペンより下着! ペンなんてまた買えばいいよ」
明里は盗られたと言った。つまり自分でどこかににやってしまったことはないということだ。
それはつまり、ここに宿泊している人間の中に変態がいるってことだ。
とりあえず今できる対策をする。
「いい、今からわたしの言う通りにしてね。――まず、明里の荷物は全部この部屋に持ってきて、ただし部屋に備え付けてあったものは全部置いたままでいい。オッケー?」
「はい」
明里はわたしの言うとおりに行動を始める。明里の部屋に入った盗人が再び明里の部屋に入ってくることはないかもしれないが念には念をってやつだ。
わたしはわたしで、部屋を出てコンシェルジュの部屋へと向かう。
エントランスホールを横切り、反対側の通路の一番手前の部屋をノックした。
扉が開き森園さんが顔を覗かせる。
「なにか御用でしょうか?」
わたしは部屋で使うアメニティの予備がないかを尋ねて、予備があったら1人分ほしいとお願いした。
森園さんは「少々お待ちください」と、部屋の奥へ入っていった。
開かれた扉から部屋の様子が窺える。この位置からは壁に向かうようにして置かれた机とイスが見える。
「そういえば……」
ウシヤマさんが殺された後わたしは一度この部屋に入っている。その時見た光景をよく思い出してみる。
「違う……」
森園さんの部屋にあるイスのデザインと変わっていた。あのとき見たイスのデザインは森園さんの部屋にあるものだけが違うデザインだったはずだ。なのに今はわたしの部屋に用意されているイスと同じになっている。
――イスを変えた? 何のために? ……それってやっぱりそういうことなんだろうか……?
「お待たせしました」
「ああ、どうも」
新品のアメニティを受け取って、わたしは部屋に戻ることにした。
それにしても下着泥棒がいるなんて――正直信じたくはない。
しかも、明里がさっき気が付いただけで、昨日の段階ですでに盗まれていた可能性だってある。
ウシヤマさんが殺されさらにエトウさんまで殺された上に下着ドロまで……
「はぁ……勘弁してよ、もう――」
歩きながらため息をついた。
――――
自分の部屋に着くと、なぜか明里は『011』――つまり自分の部屋に入ろうとしているところだった。
「ちょっとちょっと? こっちだよ明里」
自分の部屋に入ろうとする明里を呼び止める。
「え? どうしてですか?」
「どうしてって……とにかくこっち!」
明里の腕をつかんで自分の部屋へ引き連れる。
「さっきも言ったけど、下着が盗まれたってことはこの中には変態がいるってことでしょ? そいつがいつまた明里の部屋に来るかわからないんだから、今日はわたしの部屋にいるほうが安全なの。わかった?」
「この城にいる人なら、私ひとりで十分対処できますが……」
たしかに明里は護身術に長けているので、彼女の言うとおり今この城にいる人間はみな返り討ちに合うだろう。だが逆にそれが心配なのだ。なるべくなら怪我人は出ないほうがいい。
「たしかにそうかもしれないけど、事を荒立てないほうがいいって話。未然に防げるならそうしたほうがいいでしょ?」
「そう……ですね。わかりました」
明里は納得してくれたみたいだ。彼女は無表情ながらもどこかちょっと嬉しそうだった。
…………
明里はテーブルの上に自前の鏡を置いて、ドライヤーで髪を乾かしていた。ベッド上で胡座をかいてその様子を眺めていると、ほんのりと白桃の香りが漂ってくる。彼女がいつも使っているシャンプーの香り。どうやら、備え付けのものではなく持参したものを使っているみたいだった。
それに対してわたしときたら……
「むむむ……」
シャンプーやトリートメントにこだわりなんてないし、髪だっていつも自然乾燥だ。
同じ女として格の違いってやつをまざまざと見せつけられているようだった。わたしが明里に勝てるところと言ったら料理か? ――でも、最近は男の人も料理ができる時代だしこれはもう女性の自慢の武器として使うには弱い。
「だとすると……ここか……」
わたしは自分の胸に視線をやった。
――って、わたしは何をやってるんだ。勝ち負けとかじゃないし。
「――ん?」
ドライヤーの風で揺れる長い髪に視線を移すと、髪の毛の一部がおかしなことになっていることに気づいた。
「ねぇ? 明里って最近髪の毛切った?」
明里はドライアーを置いて振り返った。
「いいえ」
「そうなの? でもさ、後ろの髪見て」
そう言うと、明里は後ろ髪を前にまわして毛先を見つめる。
「不自然な切れ方ですね」
「でしょ? でも、気が付いてないってことは知らないうちに切れてたってことだよね」
「そうですね。引っ掛かったりしたら気が付きますから。かまいたちの仕業でしょうか?」
などと真顔で言う。明里の言うかまいたちは、妖怪の仕業とかじゃなく、真空がどうたらこうたらのことだろう。
「でも、家に帰ってからきれいに切りそろえれば問題ありませんよ。――ところで、私はどこで寝れば……」
「どこって、ここだよ」
自分の座っている場所を指差す。
「八重様……もしかしてお誘いですか?」
「何わけわかんないこと言ってんの。――まぁ、ちょっと狭いかもだけど大丈夫でしょ」
それならと明里は立ち上がる。わたし横にずれるとそこに明里が入ってくる。
「なんだか懐かしい気がします」
仰向けで、天井を見つめたまま明里が言った。
「かもね」
とあることが切っ掛けで、わたしの事務所で一緒に住むようになった明里。最初の頃は生活用の部屋が1つしかなくてずっと一緒に寝ていたっけ……
ただ、明里は寝相に若干難があり、すぐに抱きついてくる癖があった。それに耐えられなくて明里の部屋を増やすために事務所を増築した。
――明里はわたしのせいで孤独になった。だからあのとき誓ったのだ。明里を支えてあげなくちゃって。
だから今日は特別だ。抱きつかれて苦しくなっても我慢だ。
布団の中で明里の手を取って指を絡める。
嫌がる様子はない……
その存在をたしかめるようにギュッと握って、わたしは目を閉じた。
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