4
*
シンクの真上の棚を開けて、まだ新品に近いビデオテープをいくつか選び、デッキにそっと押しこむ。
慎重に、慎重に。
もう二度と壊れないように。
替わりはもうないのだから。
季節が春に差し掛かったころ、ミモリは氷をいっぱいにしたバケツと並んで道端に腰かけていた。道端に点々と転がったハーブキャンディ――例のくそまずいあれ――を拾っていくうちに、ミモリをみつけた。
俺はバケツを持つのを肩代わりした。
目的地は無人図書館だ。
三階の閲覧室の隅っこに屋上に出る梯子と跳ねあげ式の扉があって、それなりに苦労をしてバケツを屋上に引っ張り上げると、そこには蛍光ピンクの子ども用のビニールプールとびん入りのはちみつ入りサイダーが1ダースもあった。
プールの出所はわからない。サイダーのびんは、誰かから貰ったのかもしれない。あるいは、どっちも古い倉庫から探し出して来たのかも。
結局、ビニールが劣化していて、水を半分ほど入れた状態で破裂した。
バランスがくずれて、俺たちは氷水をぶちまけた。
ミモリが探偵だなんて信じられない。
少なくとも推理小説に出てくるような探偵ではない。
何の武器ももたないミモリが、どうやって殺人鬼やカルト教団や世界の陰謀と戦うことができるだろう?
それとも何か秘密があるんだろうか?
*
高台の造成地は、街の北側寄りにある。
東ブロックとも少し隔てられた住宅地で、無人バスが行き来している。
行ってみるとほんとうに住宅しかない。もちろん、食料や生活用品は無人でも配送されるので、問題もないのだが、退屈なところであるのは間違いない。
見晴しも日当たりもよく、どこもかしこも灰色がかったミルドタウンの中では住み心地のよさそうな場所だが、平屋の建物が並ぶ斜面をよく見ると、空家となり朽ちかけたものもある。
その配置は概ね手帳にある記述の通りだ。
斜面に沿って林を切り開いた扇状の土地に、目視で確認できるだけ、十八棟の家がある。
きれいに五段に別れて配置されており、一番低い段の裾のところに六棟、次に高いところに五、その上に四、一番高いところに三棟、その真上にちょっとした広場があり、帽子を被った男がキャンバスを立て掛けていた。
家はどれも似たような作りだ。天井の色もドアの色も同じ。どこかであらかじめ作ったものを運んできたのかもしれない。
階段とスロープのついた道が三本、二本は外側を巡るように、一本は住宅地の真ん中を二等分するように家と家の間を通り、市街地に向かう大きな道と繋いでいた。
手帳を見返すと、家と思しき四角い図形は実際の配置に忠実だ。
家の上にはさらに記号が書き込まれている。
乱雑過ぎて何のマークなのか読みとれそうになかった。
印をつけられた家は、下から二段の家々だ。マークは全部ちがう。何を示しているんだろう……。
それにしても風が冷たい。肌にひりつくみたいだ。
雪がふるだろう、今晩あたり。この街でふるときはいつもこんな風になる。
誰かに話を聞けないか探していたら、ちょうど一番下の段の、左端の家の前に人影がふたつあった。
六十過ぎの婦人と紳士。どちらも白人。
女性はゆったりとしたワンピースの上に暖かそうな赤いギンガムチェックのストールを羽織り、帽子をかぶっている。
男のほうは、散歩帰りか、それともこれから出かけるところかもしれない。クラシックな型のツイードのコートを着込んでいた。
たぶん夫婦ではないだろう。その確率はとても低い。
おそらく隣人と立ち話をしているところだ。
ミルドタウンには家族を連れてくることはできない。
家族も記憶喪失者だというなら話は別だが、そんなケースは稀だろう。
だから必然的にこの街に来る人間は孤独なのだ。
孤独に耐えられる人間が集まるせいで耐性がさらに強まるのか、人間関係を改めて築こうという意志もなかなか働かない。
男性がいなくなり、女性のほうに適当に微笑んで声をかけると彼女は警戒したようすをみせた。
でも拒否ではない。こちらの話をきこうとして重心がわずかに傾いた。
ミモリの話をだすと、彼女の表情に暖かい微笑みが浮かび緊張もとけたようだった。それどころか家の中に招かれ、暖かい飲みものまで提供された。
死ぬほど甘いココア、マシュマロ入り。
これはミモリの趣味だ。
「あのかわいらしい探偵さんは、今日は?」
ミモリはあれで十八歳だが――まあ、彼女にくらべればかわいいものだろう。
「風邪を引いているんです」と答えるのは、今日は何回目だったっけ?
「残念ね。よかったら、またうちに寄っていくように言ってくださる? この間来たときに、ここにマシュマロを浮かべたいねって、そんな話をしていて、ちょうど切らしていて残念だったのよ」
「伝えます」
やはり、ミモリはこの家を訪れていたみたいだ。素早く室内を確認する。
これといって気になるところはない。居間には暖炉がある。外から見たのでは気がつかなかった。
それもそのはず、燃えているのは偽物の炎だ。形だけが立派で、炎は投影された映像のものだった。
暖炉の上には赤と緑のチェックのリボンをかけたリースが飾られていた。
「それで、ラクガキの件で何かわかったの?」
「ラクガキの件……」
俺はまじめな表情を崩さず、どうしたら話を続けられるか考えた。
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