娘を返せ

23 娘を返せ



 その後の話をしよう。



 午後になってから、僕はノートを携えてケントルム病院へとクレアに会いに行った。

 そして病院の待合室で三十分ほど待つ間、事件のことを考えた。


 自動工場が再開した次の日の夕方頃、保安官事務所から連絡があった。

 バルとリドは例のカーゴから荷物を回収して帳簿をみつけたと言っていた。

 それから宛先になっていた郵便受けに、呑気に荷物を取りに来た工員を逮捕したという話もきいた。


「これからそいつに話をきいて、ほかに何人も同じ目に遭わせなければならん……」


 管理人室の音質の悪い受話器から、ひび割れた溜息が聞こえてくる。


「思ったよりも、だいぶ規模が大きい。やつら、違法なブローカー連中を便利な何でも屋だと勘違いしていたんじゃないかってありさまだ。もしかしたら自動工場の従業員は総取りかえ、なんて話になるかもしれないな」

「ヒスは、何か話していますか」

「いや、なにも……だんまりだ。これはお前だから聞かせておく話なんだが、あいつは密輸入に関わっていた奴らの仲間ではなかったらしい」

「へえ……」


 ヒスは工場で技師として働いていたが、深酒が過ぎるという悪い癖があった。

 おまけに定時になると同僚の誘いをみんな断って、そそくさと帰ってしまうような孤独な人柄でもあった。

 たしかに、繊細で重大な秘密の共有には不適当な人材といえる。

 孤独はともかくとして、酒のほうは年々深刻な症状をもたらし続け、とうとう半年前、手の震えが止まらなくなり、入院治療を受け、仕事も失った。

 そんなわけで彼ははじめからシモンたちのメンバーには入っていなかった。

 バルたちはすっかり仲間割れが原因だと思っていたから、みごとに当てを外したようだった。


「だったら、どうして彼はシモンを刺したのかな?」

「そのあたりが謎なんだ」

「彼が言っていた娘というのは何のことかわかった?」

「書類上は奴に家族はいない。過去のことはわからないが」


 僕の頭の中には、アモとミサの娘、ジュリのことがあった。

 バルの頭の中も似たようなものだろう。

 なんだか少しだけ落ちつかない気分になる。


 受話器を置く前にギーのことを聞いてみた。

 ギーも、ヒスといっしょにずっとだんまりを続けているらしい。


 ギーのことは……。

 やっぱり、まだ少し怒っている。彼が僕なんかのために自分自身をないがしろにしたことを許せないのだ。

 でもギーは友達だ。それは変わらない。


 だから、僕は自分が何者なのかを、そろそろ決めなければいけないんだと思う。


 診察室に呼ばれると、クレアはボイスレコーダーを起動させた。

 そして事件のすべてを聞きたがった。

 事件が、患者としての僕に悪影響を及ぼしていないかどうか調べるためだ。

 僕は彼女の前では正直者だ。

 雑貨店やアモとミサの部屋をギーと訪ねたこと。それから工場に行って、危険で暴力的な場面に出くわしたのだということを次々にしゃべってみせた。

 自動工場でヒスが銃を撃ち、その弾が近くに当たったくだりで、クレアはそれが自分の痛みであるかのよう眉間を指で押さえた。


「私はあなたが心配だわ。事件の後始末なんかはもう、バルとリドにまかせておくべきだと思う」

「事件はまだ終わっていないよ。それに、これは全然無関係な話じゃない」

「アモとミサがあなたのことを調べていた、という件ね」


 僕は頷いた。

 他ならない、それが僕のことだからこそ。


「ねえ、クレア。僕が忘れている記憶の内容について、市政府と交渉して正式に情報を開示させることはできないかな……」


 政府といっても、外の世界のように議会があるわけじゃない。

 ミルドタウンの市政府というのは、要するにシステムのことだ。

 コンピュータと電気回路でできている。


「前にも言ったけれど、私的利用はできないのよ、ミモリ。何か理由が必要よ」

「この件はすでに僕の私的な領域を離れているよ」

「密輸の件については、保安官たちが適切に対応しているわ。アモたちがあなたに興味をもっていたのは心配事ではあるけれど、彼らはもう死んでしまった。危険はないはずよ」


 きっと、そういうだろうな、クレアなら……と思っていた通りの反応だった。

 クレアたち病院職員は、市政府と結びついている。ミルドタウンの実質的な運営母体のようなものだ。

 だからクレアが特別、冷たい性格であるわけではない。彼らも市政府と同じようにルールで動くし、そこから外れたことはしないというだけだ。


「ジュリがまだ見つかっていないよ。探さなくちゃ」


 自殺した夫妻のひとり娘が、現場から逃げ出して、まだみつかっていない。

 バルガドたちからも、そういう連絡は受けていなかった。


「ええ、そうね。でもそれと貴方の過去は別の問題だわ」

「いや、その二つの事柄は、微妙に関係してる。近くて遠く、遠くて近い……でも重なり合う。そんな感じ」

「なんですって?」


 クレアは変な顔をした。睨めっこだろうなと思って微笑んでみせたが、今度は不愉快そうな顔つきになったので、違うとわかった。


「最初から説明して。丁寧によ」

「ジュリの居場所について?」

「全部よ」


 彼女が持つ万年筆のキャップの先が、僕の鼻を小突いた。

 まずは、どこから話せばいいだろう。

 複雑ではないけれど、ややこしい話になりそうだ。


「僕は、ジュリは人身売買の被害者だと思ってるんだ」

「初耳だわ。驚きね」


 クレアは、少しだけこちらに身を寄せた。


「どうしてそう思うの?」

「状況からね。アモとミサに、ジュリを育てる気があったとは思えない。まともに世話をしていたかどうかも怪しい。密輸の対価だと思ったほうが、自然ではないかなあって……」


 僕は、少しだけ、自分の考えが、いつもやる妄想みたいに突拍子もないことなんじゃないかと疑った。クレアがみたことのない表情をしていたから、呆れてるのかもしれないと思ったのだ。

 でも違った。


「……対価というより、驚きの新商品ってとこね」


 クレアは続けるよううながしてくる。


「人も売買の対象になるんだよね? 外では……」

「外の、犯罪現場ではね」


 犯罪、という言葉をクレアは強調する。

 ミルドタウンでは手続きさえ踏めば全くなんのリスクもなしに、乳幼児が手に入る。親切にも、遺伝子操作によって性別を選ぶこともできる。女がほしければ、女。男がほしければ、男。病気や障害の遺伝子を排除し、あらかじめ色々な病気への抗体を身に着けさせることもできる。どんな注文にも対応する赤ん坊工場だ。

 そして警察機関が、ほとんど機能していない。

 優秀だけど、二人しかいない。

 この街は最新式の医療機関を搭載した、田舎の村だ。かっこうの狩場なのだ。


「でも、ミモリ。あなたはわからないかもしれないけれど、食べ物を横流しするのとはわけがちがうのよ」

「それでもアモたちには理由がある。なにか、欲しいものがあったんだ。ダダに関するもの、特別なもの。外の世界でしか手に入らないもの……それで、ふたりは殺されたんだ」

「殺された? 殺されたって、どういうことなの」

「自殺だと思う? ふたりとも睡眠薬を飲んで、屋上から身を投げたの? ジュリは自分では開けられない部屋に閉じ込められていたんだ。彼らが死んだら、出てこれない」


 それにジュリが何かと交換するために育てられた娘なのだとしたら、彼女がミルドタウンにまだいるということは、夫妻はまだ目的のものを手に入れていないということにもなる。

 クレアは肩をすくめた。


「質問を変えるわね。ふたりは誰に殺されたの?」

「ヒス」


 荷物を彼女の前に差し出した。

 今日は大きなカバンを持ってきた。

 中から出てきたのは、ビニールにくるまれたくたびれた靴と服だ。

 

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