27
保護されたジュリはしばらくの間、ケントルム病院で暮らすことになる。
また、ジュリが見つかったことで、ヒスは少しずつ事件のことを話し始めたとクレアは言う。速報だ。
ヒスが言っていた《娘》というのは、やっぱりジュリのことだった。
ミルドタウンに来る前、ヒスには結婚歴があり、子どもを育てた経験があった。
それを知ったアモとミサは、幼いジュリを彼に預けた。夫妻にとって子どもは邪魔者で、そしてヒスは酒を手に入れたがっていたからだ。
もちろん、これはヒスが勝手に話したことであり、妄想かもしれない。
そうしている間に情がうつり、アモたちにジュリを売るのを思いとどまるよう説得した。
けれど、売るために育てた娘だ。無条件に手放すことはできない。
アモが提示した条件は、《僕の過去を調べること》だ。
そうして、ヒスは病院に忍び込んだ。
「ジュリをヒスに返すの?」
「ジュリをヒスに、ですって? とんでもない……彼は殺人犯なのよ。そうでなくても深刻なアルコール依存症患者で、親になる資格なんてないわ。一日中、酒を飲んでいるような父親だなんて、ジュリを死なせずにいられたのが奇跡のようよ」
バルガドたちはヒスに話をさせるため、上手くジュリを使っているが、ヒスが彼女に会うことは二度とないだろうとクレアは言った。
そのあたりは彼らの駆け引きだ。
探偵の出る幕ではない。
ジュリはこれから里親を探し、ミルドタウンを出る。
そして教育をうけ、僕たちとはちがう過去のある人生を送るはずだ。
「ジュリに会ってみたい?」
僕は首を横に振った。
「僕は彼女のトラウマだ」
彼女は僕に会う必要なんかない。二度と会わなくてもいいはずだ。
どこか穏やかなところで、これまで受けた仕打ちを忘れて暮らせるのなら、それでいいのだ。
「そう、それじゃ、そろそろお暇するわ……」
クレアは、テーブルにマグカップを置いた。
そして鞄から一通の封筒を取り出して、それも置いた。
予感がして、僕は少しだけ動揺した。
体が強張るのがわかった。
「これが何かわかるわね」
「たぶん」
「人命とその売買をともなう今回の事件は、ミルドタウンの運営上深刻かつ危機的な事態をもたらすものとして、市政府が情報公開を行うことを決定しました。――つまり、あなたの過去が明かされたの」
つまり事件の核心に、無視できないほど深く僕の過去が関わっていると認められたのだ。
「狙い通りだ」
僕はそう言って、封筒を取り上げた。
こうなるだろうと思ってた。正直に言ってヒスが火事に関わっていたかどうかなど、なんの確証もなかった。
でもその筋書きでなければ、この結論は出なかった。
個人的な興味ではない、僕の過去を知る理由。
人身売買、および二件の殺害の《動機》がいったい、何なのか。
僕がダダなのか?
そうではないのか?
その結論は、思っていたよりもずっと軽いものだった。
ほとんど封筒だけの重さ、紙とインクの重さだ。
「ここに、僕の《嵐》の原因があるんだね……?」
「ええ」
クレアは気落ちした様子で頷いた。
「ミモリ、あなたは選択することができるの。封筒を開けずに、このまま捨ててしまうということを。そして、あなたが望むように生きていくの。そうしてもいいのよ」
「でもヒスは罪をつぐなわなければいけない。罪をおかした人はみんなそうだ」
「これはあくまでも、ミルドタウンに来てからの貴方を見守ってきた私の個人的な意見よ。あなたが苦しむ姿を見るのが辛いの、わかるわね」
もしも逆の立場だったら、僕も辛かっただろう。
苦しみを他人のものだと割り切ることはできなかった。
「結論はどうあれ、ギーに会うのよ」と、クレアは最後に言った。
「どうして?」
「会っていないでしょう? あれから。まだ、彼、事務所にいるの」
僕はカレンダーを見た。
あれから、ずっと? 檻のなかにいるというのだろうか。
もうとっくに、外に追い出されていると思った。
「彼がしたことが、罪に問われているとか?」
「いいえ、正当防衛だと証明された」
僕は問いかけるのをやめた。彼がヒスを殺そうとしたことは――僕は誰にも話していない。そうしたわけじゃないからだ。
彼が、実際に人を殺してしまったわけじゃない。
誰にかはわからないが、心の中で、何度も弁解する。
おそらくは自分自身にだ。
僕は許したいと思っている。
そうできないのは、ギーのせいじゃない。
自分自身が許せないからだ。
「あなたを待ってるのよ。あなたが何者であれ、あなたを信じているのよ」
クレアは病院に戻って行った。
僕はしばらく封筒をみつめていた。
これを開ければ、すべてがわかる。
僕が何者なのか……。
なぜ、僕は自分が何者なのかを、自分自身で決めることはできないのか。
そのすべてを。
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