25


「動機は何なの?」とクレアが訊ねた。「ヒスはなぜ、二人を、そしてシモンを殺したのかしら」


 なんのために。

 僕はクレアを見つめていた。

 見つめていたけれど、ほんとうに見ていたのはヒスの、壊れてしまった生活で満たされた部屋のことだった。

 絨毯を敷き詰めた床。

 低い戸棚やコンセントの穴は封じられていた。



「《娘》のため……」



 ごみや酒の瓶を取り除けば、まるで赤ん坊を育てている家みたいだった。

 そして何より、ヒスはアモとミサを殺したあと、ジュリを監禁されていた部屋から出した……はずだ。まるで、そこから逃がそうとしたみたいだ。

 けれど、ジュリはヒスから逃げた。

 ヒスはどうしただろう。

 彼はジュリを見失って、それで……。

 銃と刃物を手に入れて、アモの上司であるシモンを脅したんだ。

 なんのために?


「クレア……アモとミサが、ジュリを何年も手元に置いた理由はなんだろう」


 商品にするためなら、生まれてすぐに事故で死んだということにして、売り払えばよかったんだ。

 赤ん坊はか弱い生物だ。

 ただ眠っているだけで、死んでしまうこともあるくらいには。

 この街だったら、誰も不審には思わない。

 捜査されるかもあやしい。

 それより何年も手元に置いておきながら、外にも出さないのは、やはり危険だ。

 誰かに知られる可能性があるし、それ以上に子どもを育てるのは手間がかかる。

 いろんな世話をしなくちゃいけない。食事も排泄も、ひとりでは何にもできないんだ。ぜったいに誰かの手助けがいる。

 監禁してる間、いったい誰が赤ん坊にミルクを与えたのだろう?

 泣きじゃくる赤ん坊を寝かしつけたのは、

 体をふいてやったのは、

 成長した娘にピンクのセーターを与えたのは、

 日記に書く字や、文章を教えたのは……。


 アモだろうか?

 ミサだろうか?

 

 彼らがそうしたのか?

 本当に、彼らだったのか?

 本当に?

 本当にそうか?


 でも……。

 証拠はない。ここで僕が言ったことは、すべてのことが推測に過ぎない。


「ジュリを見つけに行こう。彼女が知ってる。僕の過去以外は……」


 クレアはそっと隣にやってきて、僕の肩に掌を置いた。

 その感触とぬくもりが、悲しかった。


 アモとミサは、何のために僕を求めたのだろう。


 僕はいったい、何者なんだろう?

 僕がダダなのか?

 僕が殺人鬼なのか? 僕は本当は恐ろしい人間だから、こんなにも怖いことが立て続けに起こったのか?


 自分で決めるんだと、ギーは言った。

 でも僕が僕に立ち向かうとき、そこには嵐がふいている。

 感情のかたまりがのしかかる。

 激しく、それでいて苦しくて辛いものが。

 僕を孤独にさせるものが、近くにあるのを感じる……。


 それでいて、病院から帰る道すがら、僕は自分の行動を確信していた。


 これでいい、と。

 これでいいんだ、何も間違っちゃいない。

 千載一遇の好機だった……。

 きっと、クレアは僕の望み通り動いてくれる。

 これで準備は整ったんだ。

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