さよなら
21 さよなら
小部屋で例の男が首に包帯を巻いた状態で取り調べを受けている。
ときどき声を荒げたり、暴れようとしたり、かと思えば質問を無視したりするのの繰り返しだ。
リドは辛抱強く相手をしている。
やはり、彼がヒスだった。
元工員でシモンの部下だ。
勤務中の飲酒が原因で、五年も勤めた職場を半年前に解雇されている。
それが……半年後の今になって工場に侵入してシモンを刺した。
理由は喋らないから、想像をめぐらすことしかできない。
事情を知っていそうなシモンは病院にうつされたが、到着する前に死亡したと病院職員が言っていた。
シモンが死ぬことを、たぶんギーはわかっていたはずだ。
僕が出ていかなければ彼はひとりぼっちで死ぬことはなかったかもしれない。
ヒスの取り調べがひと段落してから、バルガドは僕と自分のマグカップに味のうすい珈琲とミルクを注いでくれた。
「大変だったな、ミモリ。けががなくて済んでよかった」
「ヒスは、俺の娘、というようなことを言ってました」
バルは大げさに肩をすくめ、手のひらで包むようにマグカップを持って啜った。
「そんなわけないだろう。こう言っちゃなんだが、リドとおんなじだよ。いるわけない娘をいると思いこんでいる。この街はそういう奴らばかりだ」
「これからどうなるんですか?」
「そこのところはいつも通りだよ」
ミルドタウンでは重篤な犯罪をおかしたものは、文字通り闇に葬られる。
裁判がおこなわれるのか、おこなわれるとしたら、どんな法律で裁かれるのかも明らかではない。たしかなのは、街に戻ることは二度とないということだ。
「その前にシモンをどうして殺してしまったのか喋ってもらわなけりゃならないが、まあ、つまらない結末になりそうだな。解雇されたのを根に持ってるんだろう、きっとそんなことだ。ひとつ聞いてもいいかい」
「はい」
「ミモリ、ずいぶん危険な真似をしたな。犯人を追って行くなんてお前さんらしくもない」
「犯人を追って行ったわけじゃありません」
僕はマグカップの表面を見つめながら、あのとき起きたことを考えていた。そしてわけもなく怒りだしたいような気持ちをぐっと堪えた。
それはとても難しいことで、声が震えるのがわかった。
「今、工場はどうなっていますか」
「少なくとも明日の午後までは、すべての営業が停止しているよ。配達もすべてだ。誰も立ち入れない」
「再開したら、あるカーゴに近づく人物と荷物の行き先、その中身を調べ上げてください。それからシモンの自宅も」
バルガドはしばらくじっと黙っていた。
それから、溜息を吐いた。
バルは優しくて、思いやり深い保安官なんだ。
「いつ気がついた?」
「ギーが部屋に入っていったとき、窓が大きく開いていました。こんなに冷えているのに。逃げようとしたのかな、と思ったけど……。窓の下には通路があって、そしてカーゴが走ってた……。やけに小さい荷物がありました。もし、シモンが……何か急いで隠さなければいけないものを持っていたとしたら」
僕は血塗れの部屋を思い出して眉を顰める。
「荷物を箱にいれて、あらかじめ配送先を記入したICタグをつけ、カーゴに放り込めばすむ話ですから」
あとはカーゴから荷物が自動配送車に移されるか、それとも廃棄処分場にでも運ばれて、何もなかったことになる。
「うん……そうだな」
「それから。ヒスは冷静なはずですよ。薬をやっていたとしても、我を失うほどじゃない。そういうふりをしているだけだと思います」
「うん……うん。何故、そう思う?」
「いろいろあります。我を失っていたにしては簡単に倉庫の中に入ってこなかったし、銃を持っていたのにシモンをナイフで刺したんです」
殺したいのなら銃を使ったほうがはるかに速くて、確実だ。
返り血を浴びなくてもいい。
いくら人目があまりないと言ったって、服をあんなに汚す必要はなかったと思う。
「なるべく殺さずに痛めつけたい、苦しみを長引かせなければいけない理由があったんです。シモンとヒスは揉めていたんだと思う」
「小包の中身は、なんだと思う」
僕は少し考えた。
「密輸入に関わる何かでしょう。たとえば、裏帳簿とかかな。それってどんなものなのか、僕は知らないけど……。アモはミルドタウンでは禁制品に当たる書籍を大量に所持してた」
ないはずのものがある、ということは、誰かが海をこえて、ミルドタウンに運んできたということだ。
こっそりと、誰にも内緒で。
「自動工場の人たちなら、比較的そういうことがしやすいんじゃないでしょうか」
ミルドタウンの工場は、大量の生活用品や食料を生産する拠点だ。
この世界の外では、たくさんの人たちが飢えている。
品物を横流ししていたのだ。彼らは。そしてこの街では手に入らないものを代わりに手に入れていた……。
具体的にはどうやったのかは、外の世界のことを知らない僕には、あまり想像できないけれど。
「この件にお前を関わらせたくはなかったよ」
バルは申し訳なさそうに言った。
「保安官たちも気がついていたんですか」
「薄々な。退屈な街だから、酒やなんかを少しくすねることくらいは大目にみていたんだ。言う通り、シモンの部屋とカーゴの中身を調べよう」
「お願いします」
「他に何か質問は?」
バルガドがそういうと、ぶっきらぼうな声が投げかけられた。
「なあバル、リドにショックガンの出力が高すぎだって伝えてくれよ」
長椅子に、左胸に包帯を巻いたギーがだるそうに腰かけていた。
リドに撃たれたギーは、生きていた。
至近距離から着弾したせいで軽いやけどになったものの、電流を流して拘束するための武器だったから命に別状はない。
ただしリドが鉛の弾をこめていたら、死んでいただろう。
バルガドのちいさな瞳が、聞き分けのない子どもを見るような目つきでギーをにらみつけた。
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