20



 ヒスは銃を持っているからといって、暗くて荷物が満載された倉庫に安易に足を踏み入れることはなかった。

 倉庫の扉を開けると、シモンから奪ったタブレット端末を操作して、待機状態にあるカーゴへの命令プログラムを書き換えた。

 命令をうけたカーゴがひとつずつ搬出口に向かって出ていく。

 そのうちの一台が突然、大きく傾いて倒れた。

 もともと出口の近くにあったカーゴだ。ヒスは物音に驚いて、そちらに銃を向けて撃った。

 荷物をぶちまけながら倒れたカーゴは出口を塞ぎ、それでも命令にしたがおうとしたほかのカーゴが渋滞を起こしてしまっている。

 ヒスは仕方なく命令を書き換えて、ほかのカーゴは下がらせた。

 銃を構えたまま倒れたカーゴに慎重に近づいていく。

 車輪がひとつ、鋭利な刃物で切り取られているのが見えただろう。

 鋭利な刃物というのは、要するに薄い刃物のことだ。

 理論的には分子ひとつぶんの薄さが極限に薄い刃物ということになる。どうやってそこまで研ぐのかという問題は、ギーのキューブの場合はする必要がない。

 そうなれ、と命じるだけで、どんなに頑丈な金属でも一瞬で切り裂く刃物が誕生する。刃こぼれの心配もする必要はない。もとの形に戻れ、と念じればいいだけだからだ。

 ヒスは倒れた荷物をどうにかするのを諦めて、そっと倉庫に足を踏み入れた。

 障害物は半分くらいに減っているし、プログラムを書き換えれば自然と端に寄っていく。

 彼がどうしても命令に従わないカーゴがあることに気が付いたのはそのときだった。

 倉庫の奥に車輪を全て切り取られたカーゴが倒れ、バリケードのように積まれていた。

 ヒスはそのあたりに狙いを定めて引き金を引いた。


「おい、そっちは囮だぞ」


 いきなり背後から声をかけられたヒスは驚き、飛び上がらんばかりだ。

 そこにいたのはもちろんギーだった。

 ヒスが見当違いの方向を撃っているあいだに、カーゴの荷物によじのぼって、こっそりと回り込んでいたのだ。

 振り返って引き金を引いたが、もう弾は出てこない。

 そのことに頭にきたようすで、よせばいいのに殴りかかっていく。

 ギーは向けられた拳を片手で受け止めると、勢いを受け流してあざやかにさばいた。まるで魔法のように一瞬で銃を奪い取ってから、男の顎に肘を打ちこんだ。見てるだけでも強烈な一発だ。

 それから、おまけといわんばかりにボディにきつい一撃を見舞わせ、腕をねじり上げて、とうとうヒスは床に這いつくばるはめになった。

 ギーを小柄だと思ってあなどり、喧嘩を売って似たような末路をたどった人物を僕はほかに二、三人、記憶している。小柄でもかなりの力があるし、相手が刃物をもっていても、ギーがそれを恐れたことなどない。

 ギーはヒスの腕を結束バンドで縛り上げ、その場に座らせた。


「いいぞ」


 と、ギーが言う。

 僕は頷いた。


「ヒス。君が……ヒスかい?」

「俺の娘をどこにやった!」


 ヒスは突然、叫んだ。

 そして暴れようとして、ギーに力ずくで押さえつけられた。

 押さえつけられてもまだ、つばを飛ばして意味のわからないことを喚いている。

 ミルドタウンの公用語ではなかった。彼の母国語だろう……。北欧のアクセントだ。映画できいたことがある。

 ミルドタウンでも、言語の違いはしばしば問題になる。

 ただ、ギーは彼の言葉を理解することができるらしかった。


「通訳するか?」


 ヒスはアモがいかに無能で、ミサがどんなにひどい売女かについて、ありとあらゆる罵倒語を使って怒鳴りちらしているらしかった。

 僕はものの三十秒で辟易してしまい、バルたちが早く到着して彼を連れていってくれるよう祈った。

 だが、そうなる前に突然、ギーがヒスに向けて「それは本当のことか?」と言った。

 それからの彼は打って変わって乱暴になった。

 豹変といってもいいかもしれない。

 突然、ギーはヒスの顔を殴ったのだ。

 ヒスは呻き声を上げる。


「どうしたの? ギー、何をしてる?」


 そこから先の出来事は、まるでジェットコースターみたいに素早く進んだ。

 ギーはちらりと僕を見て、ヒスと同じ言葉で何かを言った。

 ヒスの表情が青くなる。

 ギーは背後からヒスの髪を掴んで持ち上げた。

 本当にいきなりのことで、僕はうろたえた。

 そして……ギーは迷わずヒスの喉笛にナイフの刃を当てたのだった。

 それで、僕は慌てて、ギーの腕をつかんだ。しがみついた、に近い。

 そうでなかったら、ヒスは死んでいた。

 今、死んでいないのも、ギーが僕に少しだけ、ほんの少しだけ配慮してくれているからにすぎない。


「ギー、いきなり何をするんだ。そんなことをしたら死んでしまう!」

「ミモリ、すぐにここから出て行け」

「理由を教えて」


 ギーは僕の知らない顔をしていた。

 感情のまったくない、まるで優しさのかけらもない他人のような顔だ。

 僕は突然、ひとりぼっちになってしまったような気がした。


「今からやることは俺が勝手にしたことだ。お前には関係無いし、何も知らないとバルガドに言え」

「だめだ、だめだよ。絶対にだめだ。説明して。お願いだから!」


 そのとき、工場側の出入り口が開き、べつの工員に先導されたバルガド保安官とリドが入って来た。


「武器を捨てて離れろ! 膝をつけ!」


 ショットガンを構えたリドをみて、ギーは僕を突き飛ばした。

 ギーはナイフを離さなかった。

 むしろ、握った手に力をこめた。

 切っ先がヒスの喉に食い込むのが、やけにスロウになってみえた。

 そしてヒスの喉仏が切りさかれるよりわずかにはやく、リドが引鉄を引いた。

 倉庫内に銃声が響く。

 ショットガンから煙が上がっている。

 僕は、状況が把握できずに呆然となった。


「ギー……?」


 ヒスは首から血を流しているが生きていた。

 しかし、吹き飛ばされたギーが、離れたところに仰向けに倒れていて動かない。

 いろんな感情が僕の体を駆け抜けていくのがわかった。

 困惑や怒り、そして悲しみ。

 自分の半身を失ったかのように、動けなかった。

 もう永遠に、ここに縛りつけられたまま動くことなどできっこない、そんな気がした。

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