ミルドタウン 銀色のリース
1
思い出せることと、思い出せないことがある。
俺の場合、思い出せないことは、どこかにしまったままなくしたリモコンのようなものではなく、粉々に粉砕されているから、それは取りつく島もなくて、二度と意識の上に浮かんでくることもない。
ビデオテープを知っているだろうか。ぺらぺらの磁気テープに音や映像を記録させることができる、大昔に使われていた記録媒体だ。
俺の頭の中の記憶は、たぶんそういう古臭くてどうしようもない、ただ映像や音を記録したり、写し出したりするだけのことに大仰で御大層な仕掛けを使わなくちゃならない、そんなものに保存されているのだと思う。
過去は断片的で、ときどき痛いくらいのメッセージを送ってくるのがわかっても、俺は壊れたビデオテープを手に呆然と立ち尽くすほかない。
そして、テープを再生するビデオデッキのほうが壊れてなくてよかったな、と思う。
たとえば、俺が正気のまま取り出すことのできる記憶のワンシーンがある。
そこは寄宿舎のある古めかしい田舎の学校で、半ズボンをはかされている。そして楡の木の下で友だちと話をしている。俺が、いつまでもこんなふうにしていられるんじゃないかな、と、そんな感じのことを言うと、友だちは笑って、笑いながら、誤りを静かに指摘する。そんなことはないよ、と。
そんなことはないよ、僕たちはもっと些細なタイミングで別れてしまうだろうし、決定的にすれ違って、時間が経てば経つほど離れてしまって、でもその先があるんだ。
この記憶の不思議な点は、そういうことを言っているそいつの顔が自分とそっくりだということだ。
俺はときどき、頭の中だけにあり、現実のどこにもないキッチンの緑の引き出しから、この記憶が入ったテープを取り出してデッキに入れ、やっぱりこのビデオテープも壊れているのかな、と残念に思って、また引き出しにしまう。それともデッキのほうかな、と考えて、少しだけ寂しくなる。そういう作業をする。
でもそのことを他人に話したりはしない。
誰も知らない方がいいんだ。
伝わらないから。
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