コーヒーショップ
5 コーヒーショップ
緑色の座面に腰かけていると、なんだか懐かしい感じがした。
誰かが隣にいるような……。
そんな気分がする。
もちろん、隣には誰もいない。今日はほかの客の姿もなかった。
自動運転だから、運転手も必要ない。
街路は閑散としていて、すれ違うものはこの電車と同じく無人運転の、自動工場の配送車両が一台きりだった。
もしも電車が止まってしまったら、どうしよう。手動で運転できるのかな、というありもしない想像をしているうちに中央ブロックの停車場に到着した。
架線は街の中央にあるケントルム病院の前から伸びる道で途切れている。
周辺は、町役場など公の施設が集まる地区だ。
路面電車のステップをおりてから十分ほどの散歩をたっぷりと楽しんで、角の洋品店を目印に路地を曲がると「SEVENTH」の看板がみえた。
セブンスは、雑居ビルの一階にへばりつくようにして存在するコーヒーショップだ。
兎の寝床のような店内に、カウンターぎわの丸椅子が六つと、窓側にふたつテーブル席がある。
マスターは頭にバンダナを巻き、髭を生やした中年男性だ。硝子窓はいつも曇っていて、コーヒーカップの白いソーサの三つに二つは罅割れが走っている。
どんなにドアベルを派手にならして店に入ったとしても、ここのマスターは小さなテレビをみているか、それともラジオをきいているかのどちらかだった。
今日は、テレビの定期ニュースをながめていた。
《……昨夜未明、中央病院で火事があり死傷者が多数でた模様……市民に注意をうながしています……》
そのような原稿を、男性アナウンサーの合成音声が読みあげた。
「大事件だね」と声をかけると、マスターは重々しく頷いた。
店には先客がいた。
男がカウンター席についた白金の髪の少年と何ごとかを話している。どちらも常連客どうしだ。
話しているというか、口喧嘩に近い。
「注文は?」とマスター。
僕はポケットから、クリップでとめた交換券の束を取り出し、二枚、カウンターに置いた。
「コーヒーを。一枚は、ギーのぶん」
「あんな大ぼら吹きに奢ってやることないさ」
すると、それを聞きつけた客が、こちらをにらみつけた。少年のほうだ。
名前はギー。
僕は彼のことをよく知っている。
というか、ここに来た目的が、彼なのだ。
「誰が大ぼら吹きだって? よけいなことをいうな」
「だって、お前、そんな小さななりじゃあな……誰も信じやしないさ」
たしかに。ギーは手や足や体のつくりがほっそりとしていて、白金の髪はまるで絹糸のようだし、指先と横顔はモデルみたいだった。
絵葉書の表側に描かれていたとしても、びっくりしないだろう。
ああ、やっぱりね、と思うだけだ。
「ふざけるな。俺は、ここに来るまでは本当に軍属だったんだぞ」
ギーがそう言うと、テーブル席の客が苦笑いを浮かべた。
マスターはカウンターの内側でにやにや笑いを浮かべている。
ギーは一年前、この街にきた。新しい住人だ。
外の記録には許可がないかぎり触れられないから、確かめようがないのだが、彼はミルドタウンの外にいたときは軍人だったと主張している。
ものの本によれば、長びいた戦争は世界から一定の年齢層の人口を奪った。
その結果として少年兵は一般的なものとなっているらしいけれど、セブンスの客たちはそんなことは知ったこっちゃないし、暇つぶしを探しているので、ぱっと見には喧嘩の弱そうなギーはいつも標的になる。
「戦争には行ったことがないけど、ギーの話はほんとうだと思うよ」
そう言ったのは、ギーがかわいそうだったから……。
でもあわれみではなかった。
たぶん。おそらく。
「マイクロナノマシンや万能細胞の技術を応用した武器や防具が開発されて、前線の兵士の負担は僕たちが思うよりもずっと減ったんだ。兵士が大人の男性でなければいけない時代は終わったんだって、そう本に書いてあったよ」
店の客は僕をみて、あわれむような、それでいて妙な顔を浮かべた。
ギーがやってきてまだ何か言おうとした僕の口をふさいだ。
「もうやめろよ、ミモリ。変に思われるぜ」
「僕は自分のこと、誰にどう思われても構わないよ。友だちのこと以外はね、全然へいきなんだ」
ギーは「やれやれ、まったく」というような雰囲気の溜息を吐いた。
セブンスの客たちは僕らのことなんか、そこにいないかのようにふるまっている。テレビを見たり、わざとらしく新聞を広げたりして。
さっきの口喧嘩が、まるでうそだったみたいに。
それで……。
それまでは平気だったのに、とたんに恥ずかしくなった。
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