ミルドタウン
実里晶
ハーブキャンディの夜
1 ハーブキャンディの夜
月光をきらきらと反射させるハーブキャンディの銀色の包み紙が、等間隔に、点々と落ちている。
ミルドタウン、南西部の倉庫街。
港から遠い奇数番の倉庫のほとんどは使用されていないか、使途不明の荷物が運び込まれたままになっている。
一万人弱の生活を支えるために必要な物資が少ないのか、それとも、誰かが使いみちを忘れてしまったのだろう。しまいこまれたままの荷物のほうだって自分の使いみちなど、思い出そうとしても思いだせないはずだ。
この街の住人たちと同じだ。
この街の人たちも、みんな、自分自身の使いみちというものを忘れている。
忘れたまま、太陽はのぼり、海のむこうに落ちて、潮風は凪いで、そして、また繰り返す。時間は続いて行く。
キャンディの道の端っこは僕の足もとに続いていた。
おかしいな、と思ってコートのポケットに手を突っこんだら。
「やあ、こんにちは」
底にあいた穴からみごとに指がでた。
ポケットの中で逆立ちをしている口のあいたキャンディの袋を正しい位置に戻す。
それから落としたキャンディをひとつずつ拾いあげる。
まるでお菓子に誘われたヘンゼルとグレーテルだ。
道しるべの白い小石よ、かわいそうなふたりを、あたたかいお家まで連れ帰っておくれってね……。
そのままにして帰るという選択肢に心ひかれたけれど、残念ながら倉庫街の掃除係とは顔見知りでもあるし、そもそもこんなまずいキャンディのために嗜好品用の交換券を差し出そう、というのは世界じゅう探しても僕だけだろうから、いずれ犯人がわかってしまう。
それはとても気まずいことだ。
保安官事務所に呼び出されてしょぼくれた自分を想像すると、凍った頬が笑みのかたちになった。
吐く息が白い。
ミルドタウンの冬はとても寒い。
それは緯度の高さが関係している。
あと、海の近さだ。
ようやく最後のキャンディを拾い終えた頃、僕は帰りの路面電車の心配をしていた。
時計回りの路線とちがい、反時計回りは気が短いんだ。
電車が僕を置いて出発してしまわないうちに、さあ、行こう。
その場に背をむけたとき、腰のあたりに何かが軽くぶつかった。
「ごめんなさい」
小さな女の子が北風みたいな声で謝った。
「大丈夫?」
彼女は僕の顔をみると、とても驚いたような表情をした。
つぶらな瞳よりも、ピンク色のセーターとサンダルという、ちぐはぐな格好が印象的だ。
「待って、お菓子をあげよう」と、咄嗟に声をかける。「驚かないで。ポケットに入ってるのはただのキャンディなんだから……ほら、ね?」
彼女の小さな手を握り、銀色の包みを手渡す。
その声かけがかえって不審がらせてしまったようだ。
彼女は僕を突き飛ばすように走り去って行ってしまった。
思ったよりもショックだった。
どうしてだろう?
どうして、僕から逃げたんだろう。
もしかして僕が、探偵だからだろうか。
街のほうにはまだ明かりがあった。
彼女はその明かりの先に消えた。
周囲をきちんと確かめたが、彼女の保護者となるような人の姿はどこにもないし、気配も感じられなかった。
追いかけるべきだと思った。
思ったけれど、やめておいた方がいい気もした。
こういうときは、勘にしたがう。
僕は探偵だが、名探偵ではない。
それに運動音痴だから、たぶん追いつかない。
彼女のことは保留にして、反時計回りの路面電車乗り場に急いだ。
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