第16話

 ボクは腕に装着されたGショックを見つめる。

 陽は昇り、陽は沈む。ボクだけがそこから去った後、世界はどう巡るのだろうか。

 悲しみが尽きない限り、もうボクは永遠にそこへは戻らないというのに。

 たとえば、そこにボクがいなくても、地球は回り続けるのだろうか。

 戻らない輝きを置き去りにして、ボクだけが世界から遊離していく、そんな気がする。

 ……考え事をしていたら、無為に一日が経ってしまったので、タイムリープする。

 くだらないことをして無駄に過ごしている時間はないんだ。


 ゲーセンでガンシューティングをやっていると、ふと隣に誰か「いない」気がした。

「一緒にやろうぜ」

 そう言って握りしめた百円玉を台に乗せた、あの日はいつの頃か。

 あいつがいない。

 タカノリが。

 ミリタリーゾンビが向かってくる。画面を撃ちまくりながら、ボクの目じりからは冷たい雫が流れ落ちていた。

 何度かタイムリープして、極端なハイスコアを叩きだすと、目印のように自分の名前を打ち込んだ。

 KANAMEと。

 毎日のように通い詰めたが、スコアが更新されることはもはやなかった。

 タカノリがいないなら。

 ボクは唐突に思った。

 タカノリの存在がボクの人生から消えたなら、彼女は自殺することもなかったんじゃあないのか?

 そうだ。七月のあの日に、ケーサツを呼んで駆け寄ったならば、彼女ともう一度恋ができるんじゃないか?

 そうであるならば! 迷うことはない。まごうことなき、これはチャンスだ。

 ボクはX‐DAY前夜にかの地へと赴いた。裏路地で待っていれば、彼女に逢えると思ったのだ。

 しかし、彼女は来なかった。無意味に時は過ぎ、そしてあくる朝、TVでボクは彼女の運命を知った。彼女はすでに死んでいた。なぶり殺しにあって、水路に浮かんでいたのだった。

 こんなことってあるか! ボクはどうすればよかった? どうしたら、彼女を救えたんだ? わからない。

 タイムリープして、TVに映っていた水路まで走った。

 ああ、これは。これはなんなんだ!? 目の前にあるものが信じられない。

 彼女が浮いている! 下着もなにもつけないままで! いつから?

 何時何分何秒から、ここにいたんだよ!?

 ボクはあの路地へは行かず、タイムリープして、一日、水路周辺を回遊魚のように行き来していた。

 いつ、どこで誰といた?

 心で問いかけながら、ボクはどんどん消耗していった。

 そして、次の日の朝――。

『遺体が発見されました……』

 TVで流れてきたから、ボクは一瞬茫然となって、ついでに検死結果がでるまで自宅のTV前で固まっていた。

 何時何分? 凶器は? 死因は? どうして、こうなっちゃったんだよ。彼女はどうしてしまったんだ!? 遺体……遺体の顔を見ていない。あれは本当に彼女だったのか?

 タイム、リープ!

 がくりと路面に手をついた。雨が濡らす道路を、人はどうということもなしに歩いていくのだろう。ボクには無理だ。

 ――あれは、彼女だ。間違いない。けど、どうして?

 彼女はどこから来て、どこへ行くつもりだったんだ?

 なぜ、あのとき聞かなかった!? ボクは、彼女のことを何も知らない……。

 おかしい。十人に聞けば十人がおかしいと答えるだろう。

 彼女はボクにとって、都合がよかった。

 言い方を変えよう。何も知らないほうが、よかったんだ。彼女はなにも話さなかったから、ボクの中の幻想と予想と期待とを裏切らなかった。そういう存在だった。

 なんにしろ、ボクは彼女について一切の手がかりをもたなかった。

 どういっても同じだから言ってしまうが、どうにもならないことなら、なんにもしないほうがいい。あきらめた方がいい。

 三日三晩泣いて、タイムリープした。


 ボクはあがいていた。繰り返される時間の荒波に逆らうように。追いすがるように。

 タカノリが現れた。

 彼はさしまねき、こう言った。

「家出少女はオレが殺した」

 と……。

 ボクはなにかの間違いだと思って、タカノリの肩をつかもうとする。

 ふっと、それが避けられ退けられた。

「オレが、殺したんだ」

 それは、ボクの弱い心が彼にそう言わしめたのかもしれない。

 夢の、幻想の中のタカノリに。

 こわくない。落ち着け。声を出すんだ。

「違う、タカ。おまえは悪くないんだ」

 じゃあ、とタカノリは言った。

「どの、オレならおまえは納得する?」

 タカノリの顔が、肩が、身体がブレる。左右にいくつものタカノリが現れて、神妙な顔つきでこちらをみていた。

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