振り返ればあの時ヤれたかも
れなれな(水木レナ)
第1話
「ああっ、やめて!」
うら若い乙女の声がする。
真昼間からどうしたんだろうなあ。
ここは狭い路地の多い裏通り。
だけれど、ボクは素通りする。
理由は、見知らぬはずのその女性の本性を、ボクは知っているからだ。
――助けてくれてありがとう。あなたは恩人。恩返しをさせてください。
そう言って家にまであがりこんできて、ボクの友人に迷惑をかけて死ぬはずだからだ。
だからボクは二度と彼女を助けない。とんだピエロを演じるのは一回で充分だ。
だいたい、女子ひとりでこんな薄暗い場所をひょこひょこ歩いているのが悪い。
そこらの性質の悪い輩に絡んでくれといっているようなものだし。それを止めに入るほどバカバカしい結果に終わることはない。
「おねがい。お金はもうありません。ゆるして」
どうでもいいけれど、このへんラブホが多いんだよな。彼女ほどの美貌なんなら、連れ込まれてどうにかされてしまう危険性がある。
だから、一度目は助けたんだけど……。
そう、この言いようからわかるように、ボクは一回は彼女を助けたことがある。
結果がひどかったんで、タイムリープしてきた。
タイムリープ。
現代ではSFやライトノベルのネタになってるあれ。
実はもう実用段階に来ていると知ったら、だれも面白がって視聴したりしないんじゃないだろうか。
ボクのは古い型のプロトタイプで、研究者である親父が押しつけてきたもの。実験だとさ。
ボクは何気なさを装って、Gショックの武骨な腕時計を見た。そう、一つ多いつまみがスイッチになってて、いつでも押せば押した分だけタイムリープできる。
ただ、あまりに多用した場合どうなるかわからない。なんで、被験体に親父の息子が選ばれたってわけ。
ここは二の三の……。
ん、間違いない。ボクはケータイをしまった。
今度こそ、イベントに間に合わせよう――。
「
彼女は寝ぐせを直すんで遅れたと両手を合わせた。
強く責めることはしない。だけど、待ち合わせ時間を決めたのは彼女だ。
軽めにでも一言いっておく。
「ごめえん。パフェおごるからあ」
ボクは苦笑した。
「それは萌木さんが食べたいものでしょ? 甘いの好きだもんな」
「バレたか」
そういって萌木さやかは桃色の舌をちょっと出す。ああ、かわいいな。
「それより、ヒーローショー始まるよ! とっとと急ごう」
ボクがショルダーバッグのベルトのねじれをなおすと、萌木さんはかわいい握りこぶしを天につきあげて、りょーかい! と華やいだ笑みを見せた。
ボクが萌木さんとデートするのは初めてだ。
というよりか、初めて会った時からデートにこぎつけるまでに、ボクはかなりの努力を重ねていた。
彼女――萌木さやかはカメラマンの助手をしていて、さらに下っ端のバイトとして入ったのがこのボク、
しかし、彼女。今日も露出が多くて目のやり場に困っちゃうよ。
今日はときたら、胸はホルターネックでばっちり谷間まで強調し、すらっとした足を過激なホットパンツからむき出している。
動きやすいかっこうなのはいつものことだけど、最近になって彼女は肩まであった髪をショートにしていた。
前さがりなのがスタイリッシュだ。肩のところで横髪をさらりと揺らす、そのたびにピンクの唇がこちらを見て笑みをつくるのが、この上なく色っぽいんだ。
護身術を習っているらしいので、うっかり投げ飛ばされないように、気を付けているが……そうだな。ボクも子供ではないのだし、もうちょっと男として意識してもらいたい。
彼女の趣味丸だしな野外のショーは、午後まで満員状態で、興奮しきって彼女は手に持っていたパンフレットをすでにスクラップにしてしまっていた。
そして……。
「本気で食べる気!?」
彼女の前に運ばれた、グラス一杯の巨大なパフェに仰天するボク。
まず、シリアルとシロップ漬けのスポンジ生地の上にあんみつとバナナ、大量のクリームが乗っており、さらにコーン付きの完熟マンゴーアイスが逆さにさしてある。
これは、胸焼けしそうだ。見かけは涼しげなんだけど、なんだか別の意味で全身が冷える。
「いまどき、インスタ映えは肝心かんじん。かなめきゅんも食べなよお。半分こ、ねっ」
急に不安になってきた。彼女の胃はどうなってるんだ!? そんなに食べたら一日中、お腹がゴロゴロいってしまう。
そんなの遠慮したい。そうしよう。
ボクは腕時計を見た。
つまみを押すと、視界がグレーに染まった。
彼女は満面の笑みで、パフェをボクの口に運ぶところだった。
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