第27話

「それではこちらの気がすみませんから」

「へえ、じゃあ中身はいただきますから、お重はひきとってください」

「……」

「わあ! 中身は炊き込みご飯と煮物だ! うれしいなあ」

「こんガキャ!」

 旦那さんは上着からドスをとりだした。

「なんですか? ボクはお重を引き取ってくださいと言っただけなのに」

「根性すわっとるやないけ!」

「ボクを脅すのはいい手じゃありませんよ」

「おお、ようゆうた!」

「あなた、彼女のおとうさんじゃありませんね」

「口から出まかせを!」

「それが娘の恩人を訪ねた父親の顔じゃないって言ってんですよ!」

「それがどないしたあ!」

「下衆が!」

「なんやとう!?」

 彼は飛びかかってきてボクの胸ぐらをつかんだ。

 部屋の隅から拳銃を構えたケーカンが出てくる。とりあえず通報はしておいてよかった。

「銃刀法違反、恫喝、および殺人未遂で逮捕する!」

 ボクはケーカンに言った。

「彼、素人です。叩けば埃くらいは出るかもですが」

「挑発するようなことはしないと言ったでしょう」

「あ、はい。すみませんね」

 ボクは連行されていく二人を見た。あの人ドスを持つ手が震えてるもんな。さやから抜いてないし。抜いてたらボクも言い返したりはできなかったろうけれども。

 獲りものがあって、その夜は寝付けなかった。それがよかったんだろう。夜中にガソリンの臭いがするから窓を鍵開けてのぞいたら、得体の知れない人影が砂利を踏んで駆け去っていくのがわかった。通報したけど、気分良くないからタイムリープ。


 結局、事を荒立てずに解決するには。お重の底のGPSを破壊すればよかったんだ。ボクは中身を知っているお重を食べ、壊したGPSを窓から放った。弁当屋の味がしたけど、翌日何事もなくボクは休日を満喫した。これでよしと。

 と、思っていたら夜ケータイが鳴った。タカノリからだ。

「おう、タカか。最近呑んでないな。久しぶり」

 久しぶりもなにも、タイムリープ前は布団まで借りてたけどな。

「そんなことより、最近、おまえを訪ねてくるやつ、いなかったか?」

 ぎくっとした。

「……だれが来るって?」

「いや、なんでもない」

 なんでもないのかよ。

「おまえな。むさくるしい独り暮らしの大学セーのアパートに誰が好き好んでくんの? 面白いからきかせろよ」

「なんでもないって言ってるだろ」

 本当だろうな?

「タカ、その話はもういいから。お、そうだ。明日飲みにつきあえよ。与太なら尽きないほどあるだろ」

 タイムリープ前はそんな場合じゃなかったけどな。だから水を向けたんだけど、タカノリの返事は少し緊張していた。

「明日は駄目だ」

「ん? なんで駄目?」

 反射的に聞く。

「彼女と実家へ行く」

「彼女って?」

 え? 誰の事?

「谷園ゆかり。なんていうか、おまえのツテで出逢った」

 ああ! 彼女って彼女か。忘れてた。

「おお、御両親に紹介。そうかそうか。で、明日から実家戻って、こっち帰ってくんのいつ?」

「日曜。一応泊まり」

「そうかー。またなー」

「そのうち呑みに行こうな」

「うーい」

 そっか……そっか。あいつ彼女とちゃんと将来考えてんのか。谷園さんと、幸せになれよ。

「いいなあ。式には呼べよなー、なんつって……」

 ベッドにごろ寝しながら、独り言。えっと? ボク、なんか忘れてないか? え? えーと? 

 ボクは、はっととんでもないことに思いいたって、飛び起きた。

「ボク、彼女がいないじゃんかー!」

 隣の部屋のTVの音声が、どっと爆笑した。

 許せ。いや許せないよな。せっかくうまくいってんのに、タカノリ。

 でもさ、でもボクだって欲しいんだよ、彼女! 仲良く鈍行列車で実家へ遊びに行ったりしたい!

 どうか。

 部屋の窓から星を見上げてこう思う。どうか。

 ボクがタイムリープしたからって、この世界が終わらないといい。タカノリのしあわせが今日始まるように、いついつまでも続いてほしい。つづき……ますように。

 ボクはタカノリのしあわせを祈りつつ、自分のしあわせのために腕時計のつまみを押した。

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