第11話

「タカノリ! 谷園さんに近づいたら許さないぞ!」

「ん?」

 学食のうどんをかっこんでるタカノリにくぎを刺すと、タカノリは。

「なんだよ。おまえのもんかよ!」

 険悪な目をして席を立った。

 もう、ボクは頭を抱えるほかなかった。

 今がいつで、何が起こっているのか、ほとんどわからなくなってきた。

「う~~!」

 机に突っ伏して呻いていると、同じゼミの子……名前なんてったっけな。

「あたし? 志摩風香しまふうかよ」

「あそー」

 タイムリープして、気を取り直し。

「志摩さんか……なんのよう?」

「なんのようって、進藤くんがのめってるから、どうしたのかって思ったのよ」

「ふうん。このイベント、一度も起こらなかったパターンだ」

「は? あ、そうそう。進藤くん、バイトしてるのよね。あたし、ヴィトンのバッグが欲しくて~~」

「たかりかよ!」

「そんな言い方ないじゃない。プレゼントしてくれたら、つきあってあげてもいいかな~~って思ってるんだし」

「実際たかりだろ」

「もおう、そこまで言うならいいわよ! なぐさめてやんない!」

 ボクはちゃっかり志摩さんの手をとり、訊ねようとする。

「なぐさめるって、どういうふうに?」

「え? って、な、なあに? ヴィトンのバッグが先よ? 決まってるでしょ」

 志摩さんはするりと手をかわして、そのまま席を立った。本当になぐさめる気があったかなかったかはさだかでない。が、期待できそうにないのはわかった。

 そしてごく普通に思い至った。

 ボク、なんだか人の優しさに依存してない……? ほとんど初対面の女の子になにか期待するだなんて、どうかしている。うん、やっぱりタイムリープのしすぎだ。ボクの内面はぐちゃぐちゃにひっかきまわされてるのに、周りの反応の淡々としたこと。これはボクのまわりだけ桜が咲いたから大丈夫。って、全然、大丈夫じゃない。きょう気のさただ。どうしよう。 

 そういえば、食堂の中央から外れた場所にある柱の陰にタバコの自販機があるのだった。ボクはそれを目にしたとたん、モクモクとした煙をスパーっとやりたくてたまらなくなった。

 マルボロにしようか、メンソールにしようか迷ったが、中途半端に健康が心配なのでニコチンがライトなものにする。

 吸った。

「ぐえほ! がはっ」

 ボクは喫煙室で目玉が溶けそうになるくらい泣いて、煙から逃げた。だめだ。うえっ。死ぬ……。喉がやけつく痛みを訴えるので、こんなもん吸うくらいなら、購買部のレジ横の募金箱に寄付した方がなんぼかマシだ。タイム、リープ……。


「なんだよ。おまえのもんかよ!」

 タカノリが席を立つ。ボクはその腕をがっしとつかんで、肩で息をした。

「ごめん。ボク、今なんて言った……?」

「……谷園ゆかりに近づくなって」

「ああ、ごめん。今そこか。ごめん! ほんっとうにボクが悪かった」

「なにふらっふらしてんだよ。タバコ吸うか?」

 今、吸った事実をキャンセルしてきたところなのに、親友にすすめられてしまうはめになろうとは。

「いや、いい。そのタバコは、おまえのもんだから、大事に吸ってくれ。自己責任で」

「なんだよ。おまえなんだかおかしいぞ。今日午後ふける?」

「ボク、谷園さんのこと、あきらめるよ」

「はあ? 急に何言ってるんだ?」

 あきらかにふらつく足元を、くらくらする視界にとらえながら、歩き出そうと食器のトレイを持ち直す。

「おい、あぶねえって」

 こんどはタカノリに手首をわしづかみにされる。視界がグレーに染まった。

 ガシャーン!

 プラスチックでできたどんぶりと箸、あとおしんこの乗ってた小鉢が床にばらまかれた。

 え? 今、ボク、タイムリープ、したっけ?

「おい、大丈夫かよ」

「いや、あれ? 今、なにがどうなった?」

 大丈夫じゃない。かなり意識がもうろうとなって飛んだ。

「休んだ方がいい」

 タカノリに言われて、結局、医務室のお世話になった。

 タイムリープできても、精神面にはクるなあ。健全な肉体が欲しいなあ。

 はっ、そうだ! 

 ボクはジムに通い出したのを思い出した。体幹を鍛えたほうが長生きするからって、なにかでチラ聞きしたのだ。嘘かもしれないけれど。

 ジム、水曜、瀬名奈津子! これからならいける! タカノリが谷園ゆかりルートに入った今なら、ボクが瀬名さんにお付き合い申し込んでも許されるだろう。そっちにしよう!

 おお! タフにならなきゃな! めざすは男前だぜ!



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