第15話
「サメちゃんはな、男の友情はカップリング上等! なフジョシなんだよ」
「ふーん」
「ふーんて、俺らもモデルにされてるぜ」
「だとしても、ボクの知ったことじゃないし。間違ってもアシスタントになんか行かないからね」
「えらく吹っ切れてるな。ま、それだけ距離置いてればこれ以上の被害にはあわないだろ」
ボクとタカノリがひそひそやってると、鮫島さんがチラチラこちらをうかがっているらしいのがわかった。
そうか、この時点で狙われていたのか、ボクの裸体は。ちょっとざわざわした。
講義が終わってからも、鮫島さんの視線を感じるので、嫌だったけれど、声をかけた。
「タカくんと仲いいよね?」
唐突に切り出された。
「うん、親友だからね」
「……それって、幼馴染?」
「高校時代からの仲」
「そ、そう……実はお願いがあるんだけど……」
切り出しにくそうだから、ズバリ言ってやった。
「タカを被写体にしようっていうなら、あきらめて」
「そそうじゃないのよ。お願い! 進藤君とタカくんの絡み、えと。ツーショットが欲しいの」
「どんな?」
警戒心たっぷりで切り返したら、案の定。
「壁ドンがほしい」
「だれがだれに!?」
ボクは声が裏返ってしまった。なにせ寝姿をばっちりとられたことがある。ここでうんと言ってしまっては悲惨なことになる。
「タカくんが、進藤君に」
「どういう資料だ!」
「お願い! どうしても体格差がこの目でみないと判断しづらくて!」
「お金もらっても嫌だ」
鮫島さんがどういう人かはわかってるんだ。おめおめと獲物にされてたまるものか。
それでも人との摩擦を避けたいボクは、即タイムリープして、鮫島さんから逃げ回ることになった。
「すごい、あきらめないよ、あの人」
教壇の下に隠れながら、思わずごちた。
その日は一日中視線を感じていた。ゼミのときも、食事の時も、ストーカーかっていうくらい。いいかげんにして欲しいな。
しかたがないので、ボクはタカノリを生贄にすることにした。
水曜の午後、ジムへ行ってタカがシャワー室へ入るところを確認すると、出てきたところでケータイでパシャリ。上半身、タンクトップ一枚の姿だ。さすがに下はスウェットだけど。
鮫島さんのメアドを知らないので、大学で直接見せて、これだろ、と言ってやった。
鮫島さんは、興奮して、メールで送ってくれとせがんできた。
「でも、こんな写真もってるなんて、進藤君もタカくんのことが……」
「全く違うから」
変な誤解を受けたくない。しかもボクもってなんだ? もって! さてはタカノリめ、ボクの写真を隠し撮りして鮫島さんに売ってないだろうな。
「ああ~~この上腕二頭筋がたまらない。予想よりマッチョ! 細いのにマッチョ! まさに理想的」
「送ってもいいけど、見返りがないとね」
「なに? 言っていって?」
「ボクを漫画資料およびモデルにしないこと」
「えー! 不可能!」
「じゃあタカのこれは削除ッと」
「ああ、待ってー」
「ボクはこれでも譲歩したんだからね」
親友を売っただけだけど。
「いくらで買う?」
さあ。鮫島さん?
ボクは友情を売り渡した男だ。けっこういいお金になった。なんかタカノリがいれば、ボクはお金に困ることがないんじゃないかってくらい。
そんでもって、実行に移したんだよね。
その頃には、もう夢とか希望とか、どうでもよくなっていて。勉学よりも金儲けのほうがおもしろくなっていた。
お好み焼きの生地をひっくり返すのも、ラーメンを配達するのも、ピザ屋のビラ配り、なんでもした。
おかげでお金はたまったのだけど……このまま行くと留年だなあ。父母が許してくれるか、それが問題だ。
テストはさんざんだったし、レポートを三本抱えてる。締め切りはとっくにすぎた。もう駄目だ。進級できない……。
そうだ、タイムリープしよう。ぽち。
状況が絶望的だったんだから仕方がない。なにも、嫌なことから逃げたいがためにタイムリープし続けているわけでもない。
自分探し、といったら笑われるだろうか? しかしボクにはこの人生一つきりしかないわけで、それが他者とどう違うかというと、もう答えがわかり切ってる人生で、踏みださねばならない未知の可能性など、どこにも用意されてはいないということだ。
人生はあたりまえに展開し、あたりまえに収束していく。なにも瑕疵のない人生というのは、なにごとも起こらない平たんな道であると認識している。ボクはそれを求めている。
もう、目の前で人が死ぬのを見たくない。大事なものを台無しにされたくない。友人に先を越されてばかりいたくない。落ちぶれたくない。それは人情というものだ。
他者がそうであるように、自尊心というものがボクにもある。あってあたりまえの感情も備わっている。
そうであるがゆえに、ボクの自尊心は傷つき、感情は痛めつけられている。タイムリープして、なかったことにしたとしても、その胸の中のトラウマは消えはしない。むしろ、増え続けている。
素晴らしい人生を。どこにあるかもわからない、完全なる人生を求めて、ボクは時を旅する。
ほんのときどきでいいんだ。ほんの少しでいいんだ。運命とやらの女神が微笑んでくれて、そうだとして、あのときの自分がなにか、運命に対しどうにかしおおせたとして、今のこの悲しみが、苦しみが止むのかというと、その答えはだれにもわからなくて。
ボクは独りぼっちでこの人生を終えるのだろうか。
他の誰とも共有するときがなく、許し合える仲間もなく(独りぼっちというのはそういうことだ)ボク自身が自分を赦せなくて、逃げの一手を打っているだけなのか。そうなのか。
ボクの臆病さはボクを守り、ボクの狭量さはボクの人生を狭くする。そんなことはわかってるし、そんなんじゃダメだとも思う。
これでいいと思えることが何一つない。それは、孤独で偏狭で、ボク自身いびつな人格を有しているといえないか?
そうであるならば、いや。
あのわけのわからない事態を、悲しみを、痛みを本物として受け入れたならば、ボクは今度こそ破滅してしまう。
わかりきっているじゃないか。
ボクはそれが怖いんだ。つらいんだ。耐えられないんだ。助けてくれる人など誰もいなくて、自分自身の立っている場所すらつかめないあやふやな人生を他にどう、生きたらいいんだ。
どんどん根性なしになってく気がするな……ボク。
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